恋の始め方間違えました。

森野きの子

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#21

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 月曜日は店休日で、火曜日は休みで、水曜日と木曜日、そして金曜日の出勤がラストというスケジュールになった。水曜日の時点で結愛ちゃんは私の凪いだ状態にすっかりご機嫌を直していた。
 そして、木曜日。またいつものアイツと一緒に私をからかって遊ぶ。ヒステリックなくらいに高らかに嗤う彼女はちょっと空恐ろしい。何故こうも私を目の敵にするのか。三十路女に親でも殺されたのかしら。
「すごいのぉ~。凛花さん。」
 甘ったるく語尾を上げながら、男の腕にすり寄る。
「シャンパン次々空けちゃってぇ。ボックス席で……ねえ?」
 意味深に一瞥され、カッと全身が熱くなった。失態だ。死角だと思って油断して、いくら酔っていたからとはいえ、あんなこと許した私の落ち度だ。
「えー。なになに」
 とやっぱり食いつかれた。最悪だ。
「やめて。結愛ちゃん」
「えー? なんでぇ~? 見せつけたかったんでしょ~。隠すことないじゃ~ん」
「お願い」
「なになに?」
「やめて」
 結愛ちゃんはたっぷりと出し惜しみしながら、そいつに耳打ちする。血の気が引いて、羞恥心のあまり、感情が昂って、情けなくて涙が出てきた。
「はあ~~~? マジでぇ~~~? ババアのくせにやべえ! ババアきっしょーー」
 高らかに嘲笑され、周りの視線が集まる。私は両手で顔を覆って項垂れるしかなかった。
「あっれーーーー? あれあれあれぇ?」
 結愛ちゃんの隣の男よりさらにテンションの高い声がして、顔をあげる。
「小早川建設の阪上さんじゃないスか~~? ちょちょちょ、なにしてんスか、こんなところで~~~! いや、奇遇。私、ここ初めて来たんですけど、まさか、こんな偶然? いやー、最近コンペでぜんっぜんお見かけしないからどーしてらっしゃるかと思ってたんスよ~~!」
 全員が呆気に取られていた。その男を案内していたユカリちゃんもポカンと隣を見上げている。
「あれ? 私のことお忘れ? 『貴方と街の、暮らしの基盤、藤和建設』益子佑典です~」
 最近流れているTVCMのキャッチフレーズと共に懐から名刺を出して、クロスカウンターみたいな握手をする。阪上を負かせた契約のプレゼンは益子もいた。
「あ、いや、え。いや、存じてます。」
 ぶんぶんと手を振られながら阪上(忘れてた)が応える。
「その節はどうも。なんスか、うちの元社員の織部がこんなところまでお世話になっちゃってるんすね。あ、ここいっすか?」
「は、え。ど、どうぞ」
 益子はユカリちゃんの肩をなめらかに引き寄せ、阪上と私の間に割って入る。
「再会を祝して、私にご馳走させてくださいよ。なに飲んでるんですか?」
「み、水割り……」
「あ、じゃあ、私も同じものを」
 ユカリちゃんが側にあった財布に優しい庶民的なブレンドウィスキーのボトルを手に伸ばすと、益子がそれを制す。
「あ、いやいやいや。ユカリちゃん。ダメダメ。せっかくの再会なんだから、こんな安いやつじゃなくて、もっといいのない?」
「ありますよ~」
「じゃそれ持ってきて」
 ユカリちゃんが席を立つと、益子はおしぼりを広げて手を拭き、阪上に向き直る。
「おかわりなく?」
「は、はあ、まあ……」
「でしょうね」
「はい?」
「見てすぐにわかりましたもん。ってゆーか、まさかほんと、こんなところでお会いするとは」
 益子はひゃっひゃっと笑うと、阪上と私の背中を叩いた。
「昔自分が仕事で負けた女がこんなところで落ちぶれてるの見て、さぞかし嬉しかったんでしょうね。わかります。わかりますよ、阪上さん。あんたの小物感、すっげぇ顔に出てますもん。三十越えたら顔に出るって言いますよね。あれ、四十代でしたっけ? まあ、どっちでもいっすけど、本当なんですね」
 ユカリちゃんがオールドパーを持って戻ってくる。水割りをセッティングしながら、場の空気の悪さを不思議そうに見ていた。阪上は顔を赤黒くさせてぶるぶる震えている。指が白くなるほど握りしめられた名刺には、『営業部長 益子佑典』と印字されている。
「ユカリちゃん。ここ、よろしく。このテーブルの分、俺につけて。じゃー、阪上さん。こいつはお邪魔でしょうから、私が連れていきます」
 と、私の肩を軽く叩いて促す。
「席案内してよ。俺の顔見えたら、阪上さん、酒がまずくなっちゃうから、遠めで」
 歩きながら益子が云う。
「違う男とまたエロいことするんですか~?」
 結愛ちゃんの皮肉たっぷりの甘ったるい甲高い声が追いかけてきた。益子が振り返る。
「若さもあって、おっぱい半分出してても安い酒しか入れてもらえないの、悔しいね? なんで安い酒しか入れて貰えないかわかる?」
「はあ? 黙れおっさん」
「おっさんとババアはほっといて自分のお仕事したら? 今夜はおじさんが奢ってあげるから好きなだけ飲みな?」
「キメェんだよ!」
 結愛さんの怒声を背中でかわして、益子は私に耳打ちする。
「語彙少なさすぎだろ。俺より少ないよ?」
「あんた、なにしてんのよ。どうすんの、超ぶちギレじゃない」
「なんかしてきたら終わるのはあっちだ。っつうか、あんた。うちの常務とエロいことしたんスか、織部さん」
「はぁぁあ? 訊く?」
「いや、遠慮させて頂きますけど。で、なにしてんスかね?」
 奥のソファ席、真壁さんの時とは違う場所に案内すると、先に腰を下ろした益子が見上げてくる。
「え。なにって?」
「え。じゃねーよ。ばーか。こんな店で四年以上もいるわりに、チーママにすらなれてないとかありえねえ。ただのヌシかよ。思考停止したまま化石になってんじゃないのか、お前。その上、まーだ真壁さんとぐだぐたしてんの?」
「そうね。最近やっと動き出したかな。真壁さんとも」
 終わったんだけど。とはなんとなく言いづらかった。
「遅すぎるわ」
「ごもっとも。なに飲む?」
「やっぱ一発目は生だな。織部は?」
「私も頂いていい?」
「いいよ。」
 ビールを取りにいくとなると、どうしてもあの席の前を通らなくちゃならない。緊張する。ほんと変わらない。なんなの、益子コイツ。口は悪いし、喧嘩っ早い。でも、正直、おかげでめちゃくちゃスッとした。さーて。気合い入れよ。
「凛花さん、なに持ってきますか?」
 桧山くんが愛想のない表情と声ながら私のところに来てくれた。
「あ、とりあえず生二つ。大ジョッキで」
「うぃっす」
 間延びした返事ながら、桧山くんの動きは機敏だった。すぐにビールが運ばれて、とりあえず益子と乾杯する。
「おつかれー。」
 と、ジョッキをぶつける。
「真壁さんから聞いて来たの?」
「真壁さんに言われて来たに決まってんだろ」
「いつの間に益子まで忠犬に?」
「そりゃ、お前。こんなこと頼めるのはお前しかいないって頭下げる前に懐からぶ厚い封筒だされちゃね。そらぁもう二つ返事よ」
「清々しいわ」
「いや、嘘。さすがに受け取れねーよ。俺もお前のこと気にしてたし。でも、俺が出る幕じゃなかっただろ。なんの助けにもなれなかったヤツが。つーか、真壁さんのメンタルくそやば。どーすんのアレ」
「どこまで知ってるの?」
「織部の居場所。あと、なに? 店内プレイだっけ。」
「し、して、ない、し」
「はいはい。つーか、おたくら何年費やすの? 来世に持ち越し? おめー次バッタだったらどーすんの? 次回も人間だと思うなよ。厚かましい」
「なに目線よ、うっさいな」
「もーマジで真壁さんいなくなってお前いなくなって俺がどんだけ苦労してきたか知らねーだろ。バチ当たれよもう。三人で仕事してたとき、俺、本気マジでめちゃくちゃ楽しかったんだぜ。なのにあんなんなってさー」
 深いため息をついて項垂れる。
「ま。もう過ぎたことだな。とりあえず織部が生きててよかった。」
 自分の前腿に肘をついてこちらを見る。
「ここ、辞めんの? さっき案内してくれた子が言ってたけど。」
「うん。明日」
「ギリギリだったな。てかさ」
 益子は声を潜めて耳打ちする。
「お前、さっきの子となんかあった?」
「あるわけないじゃん。結愛ちゃんはババアが気に入らないみたい」
「阪上がつまんねー事吹き込んだからか? にしてもすっげぇ嫌われてね? なんで?」
「知らないよ。真壁さんフィーバーのせいじゃない?」
「もっと根ぇ深そうな感じだけどな」
 益子とひとしきり飲んで、気づけば阪上は帰っていた。暇だから上がっていいと云われて、益子とラーメン屋に行くことにした。
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