後宮に恋愛する暇はありません!なのに皇帝がやたら近い件!

佐伯すみれ

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蒼煌帝国

蒼煌帝国

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この世界の事はぼんやり"琳"の記憶があるが、何となくなので、『聞くは一瞬の恥聞かぬは一生の恥』として、桃児や監督女官から聞くことにした。
どうやら、この世界は私が思っていたより、ずっと“できあがってる”らしい。
転生して右も左も分からなかった頃、私は洗濯場の隅で、桃児にひそひそと聞いた。

 
「ねえ、この国ってさ、どんな国なの?」

 
桃児は驚いた顔をして、

 
「阿琳、そんなのも転んでそんな事も忘れちゃったの?薬房に行った方がいいんじゃない? 蒼煌帝国だよ?」

 
と、訝しげに私を見ながら当たり前みたいに言った。

蒼煌帝国。
蒼い麒麟の血を引く皇帝が代々治める国。
“蒼麟帝”と呼ばれる皇帝は絶対の存在で、今は十二代目らしい。
 

「蒼い麒麟が初代皇帝を選んだんだって」

 
桃児は目をきらきらさせて言った。
建国神話みたいな話だ。でも監督女官は違う言い方をした。
「麒麟の血筋ってのはね、“正統性”の象徴さ。あれがあるから外廷の官僚も黙るんだよ」

……なるほど。

神話は権力の土台、ってわけか。

後宮もまた、ちゃんとした“構造物”だ。
一番上は皇后様。
後宮の頂点で、儀式も采配も取り仕切る存在。

 
「皇后様の言葉は、後宮では帝の次だよ」

 
監督女官はそう言った。
皇后の下にいるのが“四妃”。
青龍妃様。
朱雀妃様。
玄武妃様。
白虎妃様。
四神になぞらえた最高位の妃。
桃児によれば、それぞれ実家がすごいらしい。
青龍妃は武門の名家。
朱雀妃は文官の重鎮の娘。
玄武妃は財を握る一族。
白虎妃は地方豪族の出。

 
「だからね、妃様同士が争うと、家と家の争いになるの」

 
桃児は声を潜めた。
妃って、ただの愛人じゃない。
家の威信と、政治的影響力を背負ってる。
四妃の下には上級妃、中級妃、下級妃。
上級妃は高官や有力者の娘。
中級妃は功績や推薦。
下級妃は地方から選ばれたり、献上されたり。
妃だけでも相当な人数。
そこに仕える女官や下女を入れたら、後宮だけで千人規模になる。
そして私たちの世界――部署。

「あんたはよく分かって内容だけど……」


 監督女官は声を潜めて教えてくれた。
 おばさん…話好きだな…

 
 「洗濯場は一番下っ端だけど、一番全部を知ってる場所でもあるんだよ」

 
監督女官がぽつりと言ったことがある。
洗濯場には、皇后様から下女まで、全員の衣が集まる。
衣は階級ごとに洗い場が分かれている。
皇后専用。
四妃専用。
上級妃。
中級妃。
下級妃。
女官長。
一般女官と下女。
桶も違えば、使う薬剤も違う。

 
「間違えたら、首が飛ぶよ」

 
桃児は真顔で言った。
洗濯場のほかにも、
縫製房――衣の仕立て直し。
香料房――香や薫物の管理。
薬房――妃たちの体調管理。
厨房――食事全般。
文書房――記録や伝達。
礼式房――儀式や作法の指導。
まるで小さな国家機関だ。

 
「後宮はね、帝の私生活の場所だけど、それだけじゃないんだよ」
 

監督女官はそう言った。

 
「ここは力の均衡を保つ装置でもある」

 
四妃がいることで、有力家系の不満を抑える。
妃たちの実家が後宮を通じて帝と繋がる。
つまり――後宮は政治の延長。
私は桶の水面に映る自分を見る。
ただの下女、琳。
でも、巨大な構造の中にいる。

 
「阿琳、難しい顔してどうしたの?」

 
桃児がのぞき込む。

 
「考えてた」
 

「何を?」
 

「この国、よくできてるなって」
 

神話で正統性を固め、皇后で後宮を統べる。
四妃で有力家を繋ぎ止め、部署で秩序を保つ。
完璧に見える。

でも。

完璧な仕組みほど、小さな歪みが大きく響く。
桶のささくれみたいに。

 
「ねえ桃児」

 
「ん?」

 
「この国、ずっとこのままだと思う?」

 
桃児は首をかしげる。

 
「麒麟の血は続くでしょ?」

私は小さく笑う。
血は続いても、仕組みは変わる。
変えられる。
洗濯場の湯気の向こうに、青い空が見える。
――蒼煌帝国。
強くて、重くて、完成された国。
でも私は、もう知ってしまった。
完成された構造も――
中から見れば、ちゃんと“継ぎ目”があるってことを。
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