高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

天使か悪魔か 5

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***


 あ、そうだ、と杏香は思い立った。

(家にも電話しなきゃ)
 連絡なしで帰ったところで問題はないが、念のためかけてみる。

「もしもし。あ、お姉ちゃん?」
『ああ、杏香。ごめんねー、本当にありがとう。電話しようと思ってた』

 感謝されるにはまだ早い。手伝うとも言っていないのに。

「今からそっちに帰る。で、ありがとうって?」
『あ、ごめん。ちょっと手が離せないの。帰ったらゆっくり話しましょ』

「うん。わかった」
 なんだろうとは思ったが、帰ればわかる。それよりなにより、同窓会に胸を踊らせた。

 幹事のみっちゃんから情報は得てある。

『善生も来るよ? 杏香に会いたいって言ってた。善生は都内の弁護士事務所辞めて帰ってきたんだ』
『へえー、泉水くん結婚してないの?』
『してない。今は恋人もいないって言ってた』

 同窓会に行って泉水善生に頼むのだ。

 もし泉水が引き受けてくれた場合は、まず証拠写真を撮る。頬を寄せてくっついている写真で十分だろう。彼を怒らせすぎても厄介なので、ほどほどにしておかなければ。

 同窓会で焼けぼっくりに火が点いてしまったという、よくある話でいい。
 結婚の話が出たので田舎に帰って彼と結婚しますと宣言すれば、会社は辞められるし彼とも離れられる。しかも相手が弁護士なら、なにも言えないはず。

 我ながらいい考えだと満足した。

(上手くいったら本当に実家に帰ろうかなぁ)

 車窓を流れる美しい夕焼けを見ながら、ふとそう思った。東京を離れて実家の手伝いをするのも悪くないかもしれない。もともと旅館の手伝いは好きだった。

 そう考えると、とてもいいことのように思えた。
 所詮は田舎者、都会の男の人には敵わない。田舎者らしく狭い世界で生きていく方が自分には向いていると、ひとり納得しながら景色を見つめる。

 街並みから田園風景へと変わり、バスに乗り換えたときにはすでに日没。実家の旅館に着いた頃には、すっかり夜の帳が落ちていた。

 宿泊客の夕食の準備でバタバタと忙しい時間である。挨拶もそこそこに、同窓会に出かける旨を伝えようと姉に声をかけた。

「ごめんね、お姉ちゃん。これから中学の時の同窓会に行くの。もしかして、電話で言ってたありがとうって、手伝いに帰ったと思った?」

「違うわよ、高司さんよ。もうなんてお礼を言っていいか」

 耳を疑った。今、姉は〝タカツカサ〟と言ったのか。

「え? ちょっと待って、なんの話?」

「助けてもらったのよ。あー、ごめん今忙しいから、帰ってきたら詳しく話すわ。行ってらっしゃい」
「あっ、ちょ、ちょっと」

 姉はバタバタと急ぎ足で行ってしまった。

 高司さんとは、専務なのか? もしそうだとすれば、彼がなにかしたのか?

 杏香は時計を見た。六時半開始の同窓会は遅れても問題ない。場所も温泉街にある同級生の居酒屋なのだから九時や十時までは盛り上がっているはずだ。

 その前に一体なにがあったのか、とにかく話を聞き出さなければ。食事の準備がひと段落すれば、もう少し詳しく話が聞ける。

 同窓会には少し遅れると連絡をして、杏香は姉の手伝いをするべく調理場へ向かった。
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