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第10章 夢の中の現実

第10章 夢の中の現実 6~Aim

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第10章 夢の中の現実 6~Aim


●S-1:男爵領外縁/蛮族軍

 兵を後退させた伯爵は余裕の表情だった。
 そもそも計画的な行動なのだ。
 彼が今回の出兵に乗ったのには目的があった。

 人族の同士討ちをさせることだ。

 イストが何故この辺境の小さな量に攻め込む算段をするのかは全く判らない。
 だが、チャンスであった。
 呼応して戦うように見せて適当なところで後退し、苦戦してたように見せかけて人族同士を戦わせるのだ。
 自分たちは呼び水となって、頃合いを見て撤収すれば良い。

 そのために主力ではなく、どれほど失っても良いような使い捨てにできる下級蛮族ばかりを連れてきていた。
 正直ほとんどを失っても腹は痛まない。
 むしろ、後のためにも人族の軍勢を少しでも減らしておきたかった。
 
 同時に人族が抱えるエルフ戦力の確認もしたかった。
 イストはどれほどの者を連れてくるのだろうか。
 噂に聞くエルフの大魔法があるなら確認しておきたかったし、あわよくばどさくさにエルフを誅殺しておきたかった。

 
 きぃきぃと耳障りな鳴き声をたてて翼魔インプが飛んできて報告する。
 人族の軍勢本体の位置と規模を確認してきたのだ。
 蛮族軍の強みは空を飛ぶ魔物の存在だろう。
 人族には原則的に不可能(コストがかかりすぎるために)だからだ。

 飛行生物は偵察や連絡には圧倒的に有利だ。
 翼魔インプはそれほど高い高度を飛ぶことはできないが、むしろそれが偵察には打って付けだった。

 もしも伯爵がもう少しなら未来が見えていたの飛行魔獣による大規模な部隊を編成していたかもしれない。
 しかし、それはなかった。
 なぜならば、敵である人族が実質的に飛行戦力を持っていないからだった。

 現実世界でも戦闘機などが登場したのは飛行機が使われるようになってから少ししてからなのだ。
 敵の飛行機を妨害する手段として拳銃やライフルを持ち込んだ者が登場したからである。
 相手が武装すれば対抗手段としてこちらも武装する。
 つまり、原因があってその対策を講じて初めて成り立つものだった。

 軍の編成や戦術はその必要性がなければ進化しない。
 たとえ手の中にあっても使い方を思いつかないものなのだ。
 男爵軍で実用化されているマスケット銃も紗那たちの世界の歴史では戦術も用法もなかなか進化しなかった。
 発明から数百年も掛かって少しずつゆったり進化したのである。

 そもそも鉄砲や大砲自体は中国で13世紀には木製の大砲が作られていた。
 ただ、それを武器として使うまでにはかなりの時間がかかった。
 火薬を知ったモンゴル軍は手榴弾のようなものを使っていたが、鉄砲にはならなかった。
 
 本格的な進化をし始めるのは戦争の激しいヨーロッパで防衛用に便利と判断されてからだった。
 比較的に平和だった東アジアでは発明はしたものの武器としての発展はほとんどなく、ヨーロッパ人が植民地拡大のために持ち込んだのを見て初めて気づいたくらいである。

 この世界の飛行生物に関しても同様だった。
 人族側に対抗策も戦術もないのだから、蛮族側も進化しようがなかった。
 一方的に有利な偵察と連絡に使えるだけでも充分に有利だったからだ。
 もしも人間側も飛行戦力を有していたのなら、対抗手段を講じるために蛮族側の飛行戦力も進化したことだろう。


 翼魔インプの報告は人族の本隊の到着が近いことを知らせていた。

「思ったより大兵力だな。……ついでにこちらを纏めて潰す気なのかもしれないな」

 伯爵は笑った。
 男爵領を攻撃するには明らかに過剰な戦力だった。

「あるいは、この地にいるエルフの大魔法を恐れた故か」
 
 彼にとってはどちらでも良かった。
 人族同士戦わせられれば良いだけなのだから。
 
「彼らの手並みを見せてもらおうか」


 伯爵は、というよりも蛮族側の偵察はこの時、ミュアの率いる軍勢は見落としていた。
 規模の圧倒的なイストのいる本隊に意識が行きがちだったこともあるが、ミュアの率いる部隊は偵察の翼魔インプを撃墜していたからだった。
 ミュアが警戒していたというよりも偵察の仕方が不味いのだった。

 伯爵の放った翼魔インプは各個で動いていた。
 1体1体が離れて行動していたのだ。
 なるべく隠密裏に偵察したかったのもあるだろうが、それこそが飛行戦力を使う戦術が未熟であることの証明だった。

 最低でも2~3体ごとに纏まって動いていれば、1体落とされても他の個体が逃走して報告できる。
 偵察は隠れて行うものだけではない。
 場合によっては相手に存在を知らせることで行動を阻害することもできる。
 偵察を放たない軍勢など皆無なのだから、必要以上に隠匿することは却って問題だった。
 忍者のように偵察……というのは事と次第によるのだ。




●S-2:男爵邸中庭

「うむむ……これは……?」

 賢者セージが準備のためにいったん男爵邸に戻ったところ、屋敷の前は人が溢れていた。
 ほとんどが避難民であった。
 軍勢が迫っていることを把握した時点で真っ先にクローリーが行ったのが、領民たちへの避難指示であろう。

 避難と言ってもアレキサンダー男爵領は城塞都市ではない。
 対蛮族の最前線でもあるので幾つもの堡塁は作られてはいるが、籠城することは想定されていなかった。
 元々が蛮族側に深い森が広がっていて大軍を配置しにくいこと、攻め込まれていても一時的に敵を押しとどめておき、隣国のカストリア子爵などの援軍とともに敵を包囲殲滅することが軍事ドクトリンとなっていたので主に野戦を想定していたこと。
 更には海上戦力の終結する港の開発が優先されていたためだった。

 そのために避難するといっても隠れる場所があまりない。
 自然と集まるのが男爵邸周辺になってしまうのだった。
 そしてなにより、資金が少なすぎて城塞化が困難だったせいでもある。
 現在の経済状況なら不可能ではないのかもしれないが、今度は資金より時間と人手が足りなかった。

 
 邸内は全員を収容できるほどの広さはなく、なにより移民が多いため室内に入れることはできなかった。
 男爵家に仕える忠臣ならいざ知らず、一般領民を中に入れようものなら略奪の可能性もある。
 アレキサンダー男爵家にたいした宝物はないとはいえ、暴徒と化した民衆はありとあらゆるものを奪っていきかねない。
 性善説だけでは領地経営は難しい。

 止む無く中庭を開放しての炊き出しが行われていた。
 中心になって指揮を執っていたのはリシャルの傍仕えのメイドのリエラだった。
 男爵邸のメイドたち……というよりも使用人のほとんどが忙しく走り回っている。

「老人と子供ばかりでござるな……」

 いつもならメイド服に萌え萌えな賢者セージなのだが、目に入っているのは避難民たちだった。
 本当にに小さい子供たちと体が不自由な老人が多い。
 若い女性もいるがメイドたちと一緒に働いているようだった。
 健康な男子は軒並み兵士として駆り出されているのだろう。

 しかも、子供は10歳に満たないものばかりで、老人も元気そうな者は見えない。
 少し大きな子供と年を取っても体のまだ動く者はみんな武器を取っているのだ。
 兵士の数が足りなすぎるのだ。
 そこまでしないとならないほど切羽詰まっているのが男爵領だった。

 一時的に経済活況を迎えつつあるが余裕があるというほどではなく、人口はあまりにも少なかった。
 大きな村か小さな町といったところでしかない。
 短期間の成長では足りないものが多いのだった。


「城壁がないのも致命的でござるなあ……」

 腕を組んで考える。
 彼の好きだったアニメやゲームでの戦争は、奇抜な作戦と明晰な頭脳で華麗な野戦でもって勝利するのが当たり前だった。
 砦に籠るなどは下策なのだった。
 しかし、少ない兵力で戦うには籠城戦しかなかった。
 それなのに立て籠もるべき城壁はない。

「やはりここは戦術レベルではなく、高度な戦略をもって敵を打ち破るべきでござろう」

 そう嘯く賢者セージの目の前を担架が運ばれていく。
 負傷して動けなくなった兵士が後送されてきたのだ。
 ただ、運んでいるのも子供だった。 
 
「むむ?」

 まさに追い詰められた陣営のそれだった。
 女性や子供まで動員されている状況で勝ちはない。
 辛うじて何とか維持しているだけで、敗北は時間の問題だった。

「貴公は確か……」

 賢者セージは担架を運ぶ少年たちの中に見知った顔を見た。
 
「沙那が連れてきた童でござるな」

 それは以前の戦いで殺されかけた少年だった。
 家族をことごとく殺され、自分もまさに死を迎えようとしていたところを沙那が助け出し、そして引き取って男爵邸で養われた男の子だ。
 10歳になるかならないか。

 それにしても小さい。
 賢者セージたちが知る日本人は世界的に見ても少し小柄なのだが、それに比べても小さい。
 男爵領に限らずこの帝国世界の人々は体が大きくないのだ。
 日本でも小柄な部類の沙那がこの世界ではごく一般的な女性の、もしくはやや大きめに見えるほどなのは全体的に体格が小さめだからだ。

 栄養が悪いのだ。
 ただでさえ食糧が不足気味で他領から戦争で奪い合うほどに貧しい世界であるから、どうしても摂取カロリー自体が低すぎた。
 大人も子供もあまり大きくない。
 見た目は賢者セージにしてみれば西洋人なこの世界の人々は、数十年前のアジア人のように見えた。
 現在はクローリーたちの改革で急速に食糧事情が改善しているとはいえ、その効果が発揮されるのはまだ遥か先だろう。

「ヴァーニィです」

 少年は賢者セージに顔を向けて応えた。
 いたいけな瞳というのではない。
 何かの強い決意の色を見せる目だ。
 賢者セージにはそれが少し眩しく見えた。

「そうでござったな。任務ご苦労である」

 賢者セージは曖昧に言っただけだが、ヴァーニィは僅かに表情を曇らせた。

「僕はまだ子供だから……できれば前線で戦いたいです」

「負傷者を搬送するのも重要な仕事でござるよ」

「いえ。僕は……戦いたいです。沙那様を御護りするためにも」

「お、おう……」

 賢者セージは困った。
 今、ここに沙那はいないのだ。
 ここどころかこの世界にすらいない。
 もしかしたらとんでもない世界へ飛ばされてしまって生きてすらいないのかもしれない。

 ただ、それを目の前の少年、ヴァーニィに言うことはできなかった。

「天晴でござる。その意気で自らの任務を全うするでござるよ」

「……悔しい」
 ヴァーニィは呟いた。
「僕がもう少し大人だったら……戦えるのに」

「戦うだけではござらぬよ。後方を支援するもの立派な仕事でござる」
 そう言った賢者セージだったが、実のところあまり理解していない。
 良くあることだが戦場で指揮する指揮官は凄いが、後方で補給を担当する指揮官は数歩劣るイメージを持っていた。
 名将や名軍師は稀有な才能だが、兵站を担当するのは『まあ、誰かいれば良い』と考えているところがある。

 事実、歴史的もそうである。
 兵站や補給を重視していると嘯くものほど、理解はしていないことが多い。
 物資を集めることも大変だが輸送するのはさらに困難である。
 人でも必要であるし、馬車などの輸送手段を必要とする場合はその手間はとんでもないものだ。

 なにより、どれほど緻密な計画を立てようとも、物資はつねにキチンと届かない。 
 順調に進んでも送り出した分の半分が届けば良い方で、何故か輸送中に多くが失われてしまう。
 腐敗がどうこう、管理がどうこうではない。
 どれほど近代化してもそうなのだ。
 
 優秀な将ほど補給の確保に頭を悩ませるものだった。
 ところがどの時代でも兵站は二線級の人員で行うことが多い。
 面倒なことは人に丸投げするのだ。
 物資は届いて当たり前という感覚から抜け出ないことが普通なのだ。
 賢者セージもどちらかというとそうだった。
 
 だからこそ、ヴァーニィのような少年が後方任務を押し付けられていた。
 もっとも男爵領の場合は純粋に人員が足りていないだけではあったが。
 
「エルフさん。お願いです!僕にも戦わせてください!」

「今、やってる仕事も重要なのでござるよ」

「でも……戦わせてください」
 
 ヴァーニィの鋭い視線が賢者セージを貫く。
 思わずたじたじとなってしまう。


日本人ジャポニー
 
 賢者セージは背後から声をかけられた。
 低く落ち着いた男の声だ。
 砂の国アルサの人々のように焼けた肌のラベルだった。
 ラベルは賢者セージの想像する中東系よりも欧州の白人に近い顔立ちだ。

「あんたには無理かもしれないが、俺にはあの子供の気持ちが判る」

「むむ……?」

「何もかも失った人間にとって、それが一つでも守るべきものや信じるものがあれば生きる糧になる。それが尊敬する何かや神などでも」

 ヴァーニィはラベルを不思議そうに見る。
 滅多に領民の前に姿を現さないエルフ……異世界召喚者ワタリだ。
 口を開いていることも珍しい。

「だが、お前は戦うには腕力が足りない。大人と殴り合うほどの力はまだない」
 ラベルはヴァーニィに語り掛ける。
 子供を諭すような感じではない。
 対等な相手に話をするような感じだ。

「とはいえ、戦いたい気持ちは判る。ならば、俺を手伝え。凄いものを見ることができるだろう」

「……手伝う?」
 ヴァーニィは少し不満そうな顔をした。
 手伝うという言葉が役立たずに聞こえるのだ。

「そんな顔をするな。銃弾を込める仕事だ。とにかく人手が要るからな。女にはできないから頼んでいるのだ」

「……?」
 ヴァーニィは眉を顰めた。

「こいつだ。持ってみろ」
 ラベルは大きな塊をヴァーニィに投げるように渡した。
 ずしりと重い。それに大きい。
 鉄の塊だった。
 正直、子供には持つことも大変だろう。
「そいつは弾倉マガジンだ。その穴一個一個に一発づつ弾を込めろ。お前たちが手にしたことのあるマスケット銃と基本は同じだ」

「……」
 ヴァーニィは手にしたものを見詰める。
 大きな蓮根のようだった。
 縦に3つ、横に3つ、合計9個の穴が空いたものだ。
 長さは30センチに少し満たないくらいか。
「こんなものは初めて見ます」
 
「それはそうだ」
 ラベルは頷く。
「俺だって初めてだ。こいつは連射できる大型の銃に使うものだ。一度に最大で36発発射する」

「うむ。童よ、エルフの魔法を見せるでござるよ。だから頼むでござる」

「……魔法?」

「大魔法でござるよ。エルフ・イリュージョン!でござる。一緒に来て、それを目に焼き付けるのでござる」

「分かりました。戦場に行けるなら」
 ヴァーニィは頷いた。
 何かは判らないが、目の前の太ったエルフは何かを見せてくれると言っている。

「ブツはさっき言われた場所に運んでおいた。問題は弾だな。数が足りない」
 ラベルは賢者セージに少し渋い顔をした。
「1基あたり600~700ってところだ。5分くらいで撃ち尽くすと思う」

「ふぅむ……なら、実害以上の何かを与えねばならないでござるな」

「1万発くらいあれば良いんだが。そもそも弾薬の生産量が足りなすぎる」

「硝石が足りないのでござるか?」

「違う。黒色火薬はそこそこの量が確保できてる。弾丸も足りない。鍛冶工房レベルでは生産量が限られてるんだ。所詮は手作業だからな」

「ということは……規模のある工廠が必要でござるなあ」

「それに大型のプレス機も欲しい。どれほど腕が良くても手作業の鍛冶屋ではどうにも……いや。話している暇はないな」
 ラベルが前線に視線を向ける。
「別の連中が来てるようだ。今度は化け物じゃなくて人間みたいだが」

「ふむぅ」
 賢者セージも目を向ける。
 が、良く見えない。
 近眼なのだ。
「それは都合が良いでござるな。人間相手の方が予想しやすいでござる」

「そう上手くいくかな?」

「いかせるでござるよ。士気を挫くのでござる。人を制するには心を攻めるものでござる」



 









「ふむぅ。個人崇拝は独裁や腐敗の温床になるのでござるよ。あまり良いことではござらん」
 賢者セージはそう教えられてきていた。
 現代日本から来た賢者セージにとってはファシズムや軍国主義に繋がるイメージしかない。

日本人ジャポニー、あんたは豊かで平和で進んだ国から来たから分からない。俺には理由が判らないが、この男爵領は何故か敵ばかりだ。周囲が全て敵と言って良い状況だ」

「確かにやたらと攻め込まれる状況ではござるな。だが、それが?」

「周囲は何故か敵。理由も判らず攻め込まれ、一度ならず撃退してもまた攻め込まれる。家族や仲間は次々と死に絶望的な状況なわけだ。そこ敵を毎回打ち倒す常勝将軍が現れたらどうなる?期待したい。信じたい。頼りたい。明日の希望になってくれるんだ」
 
 
 








「注文のものは想像しているものとはだいぶ違うとは思うが、2つ組上がった」

「お……おお!ガトリング砲でござるな!」
 賢者セージは喜んだ。
 以前から拠点防御用にと注文していた品である。
 大きく、重く、馬車で曳いて何とか移動できるようなシロモノだったが強力な兵器になりえる。

「……あんたが思っているものとはだいぶ違うと思うがな」
 ラベルは少し口籠る。
「金属薬莢がないからガトリングのような給弾システムはない。回転ハンドルを付けるつもりだったが、そもそもドワーフたちは回転カムを理解できていないから回転銃身も何も作れなかった」

「それがなんでござるか?」

雷管プライマーも実用化できていないから着火もマスケットと同じようなものだ。  
 






 

 
 

 











 賢者セージの新兵器が4頭引きの大きな馬車によって曳かれてきた。
 形だけ見れば19世紀のガトリング銃のようだった。
 その構造はだいぶ違う。

 強いて言えばミトラィユーズ機関銃に近いだろうか。
 蓮根のように幾つもの銃身を束ねたものである。
 ガトリング銃のように回転はしない。
 銃身は完全に固定されていた。
 複雑な構造を極力避けるためだった。

 弾丸はやはり蓮根のような切り分けられたシリンダーの中にある。
 金属の薬莢が未だになく、黒色火薬を紙で包んだものを使っているため装弾速度がマスケット銃とそう変わらない。
 そのために蓮根状のシリンダーに事前に弾と炸薬を込めておき、射撃終わったらシリンダーごと入れ替えてまた発射するものだ。
 リボルバー式の銃の、シリンダーが回転しないバージョンとでも言えばよいのだろうか。

 近現代のような効率的な雷管プライマーがないために着火も不安定だった。
 魔法を応用した雷管の研究もしてはいるが未完成である。
 火のついた針状のものを取り付けた板状の着火装置で順次発射するというシロモノだった。
 それでも1基で多数の弾丸を撃ち出せるのは魅力があるのかもしれない。

 銃身は縦5本、横5本で25銃身。
 人手の少ない男爵軍では25発一斉発射は頼もしいのかもしれない。

「ここで良いのか?」
 
 ラベルは賢者セージに指示された場所に馬車を止めた。
 発射時の反動がかなり大きなものと想定されていたので、鉄と木材を組み合わせた重く大きな台座を置かねばならない。

「うむ。できれば見下ろせる納屋の屋根の上が良いのでござるが……重くて屋根が抜けそうでござるな」

「そうだな。石で組んである場所の上くらいならなんとか行けそうだが」

「少しでも高さが取れるならば、それで構わないでござるよ」

 賢者セージは頷く。
 数日でも時間があれば別だが、今は急がなくてはならない。
 少しでも条件が良ければそれで我慢すべきだった。

「もう一つは……そう、あのブドウの木の辺りが良さそうでござるな。棚があるところでござる」

「あそこに?」
 ラベルはやや疑問を感じた。
「2基並べて迎え撃つ方が良くないか?」

「現代的な機関銃ならそれも良いのでござるが。機関銃の威力は第一次世界大戦になるまで全く認識されていなかったことはご存知ござるか?」

「どういうことだ?」

「初期の機関銃は19世紀半ばにはすでに発明されていたのでござるよ。しかしながら、戦争で全く役に立たなかったのでござる」
 賢者セージは咳払いをした。
「ただ敵に向かって撃っても効果は少なかったのでござる。フランスに至っては使えないといって一時廃止したほどでござる」

「妙なことを知っているんだな」

「機関銃は最初は防御戦闘で最も効果を発揮したのでござるが、それは様々な事情で偶然起きたのでござるよ」
 賢者セージは諭すように言った。
 戦闘はラベルの方がはるかに経験も多い。
 だが、文系Fラン大卒の賢者セージは専門でもなく趣味の世界で戦史には少し詳したかった。
 一言でいえば『オタク』。

 ただ、戦史といってもいかにも軍事大好き中年が書いた記事とかではない。
 ある女性記者が書いたルポルタージュだった。
 
「最も効果的な使い方は十字砲火クロスファイアでござる」

「ああ……」
 ラベルは頷いた。
「そういうことか」

 砲火は横に並べて放つよりも、碁盤の目のような格子状に相手を囲む方が効果が高い。
 とぴっても同士討ちを避けるために少し角度をつけねばならない。
 賢者セージが指示した大体の位置はそれだった。

「ただ、装填済みの弾は1基あたり7~800発ってところだ。あとは撃ちながら手が空いたやつが弾込めしていくしかない」

「どこまで戦えるかでござるな」

 ラベルは目の間にいる豚のような太った男を少し見直した。
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