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二章
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(あれ、今思えば……タリアさんに逆化してもらって乗せてってもらえば、すぐに帰れるんじゃないか?
あの人、確か元は竜だったよな)
ホワイトと戯れながら、ふと思い立った。
ここ最近自分の部屋に来ないのはなぜなんだろうと、そんな疑問も晴らすために国王の部屋へと向かう。
「タリアさんが消えた?」
「うむ。雪山に行ったっきり、帰ってこなくなってのう」
そこで告げられた事実に、彼は戸惑った。
(タリアさんが……消えた? なんで?)
「その、何で消えたとかはわからないんですか?」
たまらず重ねて質問するクロノア。
国王はカップに置変えた紅茶を啜った後で、口を開いた。
「まったくわからぬ。あぁ見えても一応雇っているからここに置いているのだがね、二日前に行ったっきり、何の連絡もないのだ」
「……そんな」
顔を下ろす。信じられないような目をして、何の意味もなく床を見つめた。
「だからな、今日からはデグネスが国専属の冒険者と言う訳なのだ」
啜った紅茶をカップに戻す。瞼を下ろして、報告するように言った。
「……わかりました」
俺はソファーから腰を離し、客室から逃げるように出ていった。
「デグネス。少しの間出て行ってくれるかの」
「承知しました」
頭を下げると、流れるように扉が開き、閉まる。
フォラアは席を立ち、開けた窓の前に、背面で手を組んで立った。
「大事な駒を失ったか……テスコレットに対する対抗策を得るためとはいえ、安直だったかのう」
「しかしまぁ、過ぎたことは仕方がないことだ。
ワシにやれることは過去を振り返る事ではなく、今をどうするかだけなのじゃから。そのために――――」
悲しみというよりは、後悔を込めた溜息である。
「あのホワイトとかいう小娘を早急に育成しなくてはならんな」
野望か民を想う故……或いは、己の目的のための策だ。
♢♢♢♢
タリアが消えた――――。あまりに唐突すぎる報告に、彼の頭は潤滑油を欲するほどに、思考が高速化していた。
行方が分からない。
この世界にGPSがあるかはわからないが、見つからないと言うことは無いと言うことを暗示しているのだろう。
理由は何だろうと、クロノアは思考を張り巡らせてみる。
逃げた。これが一番安直な選択肢であるが、整合性はない。今の立ち位置をそれなりに気に入り、その上ホワイトという所謂゛推し゛ができたのだ。恐らく選択肢の中で最も整合性のないものだと断言できるだろう。
次に……ただ単に帰宅していないだけ。何かしらの興味がそそられるような出来事が起きて、時間を取られている。これは逆に最も整合性のある選択肢だ。
そして、もう一つ考えられる可能性として。
――――殺された、あるいは気絶してどこかで倒れている。
整合性はないが、可能性としては一番高い選択肢。
タリアが負けるはずはないが、流れ的には一番説明がつく。
考えれば考えるほど、結論は遠のいてしまう。一つ結論を出したとしても、整合性や可能性の観点を加味すると没になる。
考えるだけ無駄なのか――――。膝に置いた右手に視線を落として、肩を落とした。
「ねぇ、タリアおねぇちゃんは何で帰ってこないの」
「……ちょっとした用事があるらしいんだ。ちゃんと帰ってくるから安心して」
表情に変化はないが、確実に言語は習得していた。
半月だ。僅か半月で、ホワイトは正確なコミュニケーションを取れるようになった。恐るべき学習能力と知能である。
しかし、
『きいいいいいいん、こん、きんきん』
というように、時々意味の分からない質問を投げかけたりするが、時間が経過するにつれてその傾向は減り、今ではほとんどない。
「なら良かった」
親指以外を内に畳み、グッドサインを表したホワイト。
(そういうユーモアも身に着けたのか――――ほんと恐ろしいな、この子は)
クロノアは彼女の要素を暖かく見守りながら、
隅で影を薄くしていた荷物たちを運び始めた。
(大体必要なものは揃ったかな)
部屋の中心で、先日購入したバッグを置く。先日購入したものである。
その周りには懐中電灯、地図計三枚、携帯食料十日分、予備の武器、魔道具、寝袋、厚手の服などが置かれている。バッグと同様この滞在期間中にちまちまと買い集めたものだ。
「ホワイト、あんま触んないでくれ。後で遊んであげるからちと待って」
「……わかった」
クロノアはその中に荷物を綺麗に入れ、整理していく。
時間が経つにつれて、床から消えていく荷物。
全て、大きいバッグの中に吸収されていった。
「こんなもんかな」
ふぅー、と一仕事終えた親父のように息をつくと、目を向けたのは机の上にあるベルト型ポーチと武器二つ。
ベルトは言わずもがな武器を腰に吊るす為の物、ポーチは彗星盤や残金などの小物などを収納する為の物。二つの役割を兼ね備えた優れものであり、グリエマから拝借したものをそのまま使用している。つまりは形見だ。
武器はリードから貰ったグラディウス。何回も刃こぼれしているはずなのに、状態はかなり良好であった。なにかしらの修復魔法が付与されていると考えられる。
そして、グリエマの形見と呼べる長剣。
「……エマさん。
この剣だけは絶対に失くしませんから」
頭の中に死ぬ寸前の彼女の顔が投影された。
瞳を細く、呟きながらパンパンに詰まった荷物の横に、ロープで縛って括りつける。
絶対に落ちないよう、何重にも何重にも巻いて。
「良し、これで終わりだな」
ベルトを巻き付け、その間にグラディウスが入った剣を挟む。
そうして立ち上がった彼が映した視線の先と、白い角を生やした彼女の視線の先は、完全に合致していた。
「じゃあ行くか」
「うん」
ホワイトは目の奥で、笑っているように見えた。
あの人、確か元は竜だったよな)
ホワイトと戯れながら、ふと思い立った。
ここ最近自分の部屋に来ないのはなぜなんだろうと、そんな疑問も晴らすために国王の部屋へと向かう。
「タリアさんが消えた?」
「うむ。雪山に行ったっきり、帰ってこなくなってのう」
そこで告げられた事実に、彼は戸惑った。
(タリアさんが……消えた? なんで?)
「その、何で消えたとかはわからないんですか?」
たまらず重ねて質問するクロノア。
国王はカップに置変えた紅茶を啜った後で、口を開いた。
「まったくわからぬ。あぁ見えても一応雇っているからここに置いているのだがね、二日前に行ったっきり、何の連絡もないのだ」
「……そんな」
顔を下ろす。信じられないような目をして、何の意味もなく床を見つめた。
「だからな、今日からはデグネスが国専属の冒険者と言う訳なのだ」
啜った紅茶をカップに戻す。瞼を下ろして、報告するように言った。
「……わかりました」
俺はソファーから腰を離し、客室から逃げるように出ていった。
「デグネス。少しの間出て行ってくれるかの」
「承知しました」
頭を下げると、流れるように扉が開き、閉まる。
フォラアは席を立ち、開けた窓の前に、背面で手を組んで立った。
「大事な駒を失ったか……テスコレットに対する対抗策を得るためとはいえ、安直だったかのう」
「しかしまぁ、過ぎたことは仕方がないことだ。
ワシにやれることは過去を振り返る事ではなく、今をどうするかだけなのじゃから。そのために――――」
悲しみというよりは、後悔を込めた溜息である。
「あのホワイトとかいう小娘を早急に育成しなくてはならんな」
野望か民を想う故……或いは、己の目的のための策だ。
♢♢♢♢
タリアが消えた――――。あまりに唐突すぎる報告に、彼の頭は潤滑油を欲するほどに、思考が高速化していた。
行方が分からない。
この世界にGPSがあるかはわからないが、見つからないと言うことは無いと言うことを暗示しているのだろう。
理由は何だろうと、クロノアは思考を張り巡らせてみる。
逃げた。これが一番安直な選択肢であるが、整合性はない。今の立ち位置をそれなりに気に入り、その上ホワイトという所謂゛推し゛ができたのだ。恐らく選択肢の中で最も整合性のないものだと断言できるだろう。
次に……ただ単に帰宅していないだけ。何かしらの興味がそそられるような出来事が起きて、時間を取られている。これは逆に最も整合性のある選択肢だ。
そして、もう一つ考えられる可能性として。
――――殺された、あるいは気絶してどこかで倒れている。
整合性はないが、可能性としては一番高い選択肢。
タリアが負けるはずはないが、流れ的には一番説明がつく。
考えれば考えるほど、結論は遠のいてしまう。一つ結論を出したとしても、整合性や可能性の観点を加味すると没になる。
考えるだけ無駄なのか――――。膝に置いた右手に視線を落として、肩を落とした。
「ねぇ、タリアおねぇちゃんは何で帰ってこないの」
「……ちょっとした用事があるらしいんだ。ちゃんと帰ってくるから安心して」
表情に変化はないが、確実に言語は習得していた。
半月だ。僅か半月で、ホワイトは正確なコミュニケーションを取れるようになった。恐るべき学習能力と知能である。
しかし、
『きいいいいいいん、こん、きんきん』
というように、時々意味の分からない質問を投げかけたりするが、時間が経過するにつれてその傾向は減り、今ではほとんどない。
「なら良かった」
親指以外を内に畳み、グッドサインを表したホワイト。
(そういうユーモアも身に着けたのか――――ほんと恐ろしいな、この子は)
クロノアは彼女の要素を暖かく見守りながら、
隅で影を薄くしていた荷物たちを運び始めた。
(大体必要なものは揃ったかな)
部屋の中心で、先日購入したバッグを置く。先日購入したものである。
その周りには懐中電灯、地図計三枚、携帯食料十日分、予備の武器、魔道具、寝袋、厚手の服などが置かれている。バッグと同様この滞在期間中にちまちまと買い集めたものだ。
「ホワイト、あんま触んないでくれ。後で遊んであげるからちと待って」
「……わかった」
クロノアはその中に荷物を綺麗に入れ、整理していく。
時間が経つにつれて、床から消えていく荷物。
全て、大きいバッグの中に吸収されていった。
「こんなもんかな」
ふぅー、と一仕事終えた親父のように息をつくと、目を向けたのは机の上にあるベルト型ポーチと武器二つ。
ベルトは言わずもがな武器を腰に吊るす為の物、ポーチは彗星盤や残金などの小物などを収納する為の物。二つの役割を兼ね備えた優れものであり、グリエマから拝借したものをそのまま使用している。つまりは形見だ。
武器はリードから貰ったグラディウス。何回も刃こぼれしているはずなのに、状態はかなり良好であった。なにかしらの修復魔法が付与されていると考えられる。
そして、グリエマの形見と呼べる長剣。
「……エマさん。
この剣だけは絶対に失くしませんから」
頭の中に死ぬ寸前の彼女の顔が投影された。
瞳を細く、呟きながらパンパンに詰まった荷物の横に、ロープで縛って括りつける。
絶対に落ちないよう、何重にも何重にも巻いて。
「良し、これで終わりだな」
ベルトを巻き付け、その間にグラディウスが入った剣を挟む。
そうして立ち上がった彼が映した視線の先と、白い角を生やした彼女の視線の先は、完全に合致していた。
「じゃあ行くか」
「うん」
ホワイトは目の奥で、笑っているように見えた。
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