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二章

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ウォールズに建てられた城にある、デグネスの自室。
良くも悪くもシンプルであり、娯楽と呼べるようなものは何一つない。
あるとしてもコーヒー豆や茶葉、それに関連する道具などしか置かれていない。
もし彼に彼女ができたなら、少なくとも悪い印象は与えることは無いだろう。無難、悪く言えば無個性。そういった部屋のデザインとなっている。

(……今日は休みでしたか)

モノトーン調なベッドの上で目が覚めた彼は、壁にかけられた時計のほぼ真下に向いた短針を見て、心のなかで呟いた。

一通り朝の身支度を済ませると、棚から出した豆を抽出しコーヒーを作る。
コーヒーが入ったカップの取っ手をつまみ、テラスに備わった椅子に深く腰を下ろして新聞を読みながら啜る。

「……ふむ。スラッシュ・アルゼリア一行が魔獣を仕留めた、ですか。中々強そうな青年ではありますが……実際に戦り合わないことには始まりませんね」

呟くと、コーヒーをまた一度啜る。
コーヒーは熱かった。猫舌であれば何かしらの反応をするだろうが、彼は違っていた。

空に雲というカーテンがかかり、陽光を遮っている。
風はあまり強くなく、吹いて来たとしてもそよかぜ程度。新聞が宙に舞う心配は不要だ。天気は快調とは言えないが、その点に関しては安心できる。

コーヒーを啜りながら国内新聞を読む。そしてその記事に対して自分の考えを張り巡らせ、思考力が衰えないようにする。それが彼の休日における日課だった。

(……あの少年の出発は今日でしたか)

(クロノア・ディアムルス。あの魔力にあの贈与《ギフテッド》……いつか一戦交えることになりそうですね。成熟した頃にでも……戦りあえるといいですが)

白い輪っかに囲まれた黒い瞳で、海の景色を一望した。

カップの中を、持ち手を摘みながら口角を上げる。
中を覗くと茶色が殆ど無くなっているのが見えた。
いや、茶色というより、茶黒いという言い方が適っているだろうか。

新聞もほぼ同時に読み終わったことで日課が終了した。
後は今日どうするかを考えて、それを実行に移すだけ。

(コロシアムにもでも行きましょうか。体も鈍《なま》ってきていることですし)

そんなことを考えながらテラスを出ると、魔道具の鳴らした音が来客を示した。
感圧式音発機《インターホン》。一般的な家庭になら大抵は備わっているメジャー級の魔道具である。

「どなたでしょ――――」

扉を開けていたのは、小さい女の子。
クロノアが三十日間面倒を見てくれた小さい女の子である。

「……ホワイト様。どうかなさいましたか?」

作り・・笑顔で応対すると、ホワイトは上を見る。そこには丁度デグネスの顔があった。

「話があるの」

「……中へどうぞ」

デグネスは訳がありそうなホワイトの意思を汲み取り、誰にも聞かれないようにと自室へと招き入れた。

そこで二人が何を話したのかは誰にも分らない。
当事者のみが知り得るのである。


♢♢♢♢


バスタオルで髪の水分を拭き取りながら廊下を歩く。
足取りは普通。いや、久方ぶりの温泉で心なしか軽いようにも思える。

「お、やっと来た! ほら、おいでおいで!」

「……はい」

扉を開けると四人全員が集まっていた。

雪山の近くというだけあって、室内もかなり寒い。
そのせいか皆厚木をしているように思える。空気を温める魔導具こそついているがそれでも寒いようだ。

そしてそれはクロノアも同じで、上下それぞれ三枚重ね着をしており、あまり寒さは感じられない。
荷物は重くなるがどうやら正解だったようだ。

「ルートはさっき言ったとおりで、出発は朝の八時だ。朝食は七時からだから……大体食後三十分くらいで出ることになるね。それでいいかな?」

全員がこくりと頷くと、ストレトは続ける。

「よし、なら問題ないね」

「……十時半。まぁそうだな、ちょうどいい時間だ。
クロ坊も早く寝たいだろうからな」

「私もそうしたいです。正直今日一日歩いてて、疲れてるっていうか。もうヘトヘトですので、早めに寝たいです」

「はっ。相変わらず体力ねぇな、ファフ。今日を機に体力づくりでもしてみたらどうだよ?」

「そ、そうしましょうかね……」

楽しそうに会話をする女性陣。厚着であるにも拘わらず体のラインはくっきりと見えていた。
特に胸部だ。服があってもなくても変わらないんじゃないかというくらいに、出っ張っている。ちなみにその強度としてはファフのほうが上だ。少なくとも見かけ上では。

「で、どうかなクロノア君……って、どこ見てるんだぃ?」

クロノアの変な方向に向けられた目線に、思わずそう指摘した。

「え……あ、何でもないです!大丈夫です、それで!」

クロノアは慌てて目線を逸らす。
バツの悪そうな顔で笑うと、ストレトは少し困惑したような表情を見せた。

「……そっか。じゃあもう寝ようか。皆、今日は寒くなるから布団かけて寝るようにね!」

「流石にそんな馬鹿いないでしょ」

「俺もそう思うな。あ、クロノアの面倒はしっかり見ておくから安心しろ」

「……面倒?」

名前を呼ばれたこと。更に、いまいち具体性のなかった『面倒』という行為が頭に引っかかって、間の抜けたような返事をしてしまう。

「おう。クロ坊が寝るまで俺が横にいてやるんだ」

「……なるほど」

返事をする際に顔の形が変わりそうになった。それはもう、悪い方向に。『拒否』という感情が十分に伝わるであろう、表情に。

(一人で寝させてくださいよぉ……)

口に出して言えるわけもなく、クロノアは心の中だけで留めておいた。

そんな彼を見定めるように見るのは、ガウナ。
細く鋭い瞳で、彼を射抜いている。

「怪しいな」

「ガウナちゃん、なにか言いましたか?」

「……いいや」

彼女の呟き気付いたのは隣に座るファフのみ。
頭をかしげるファフをみたクロノアは、どうしたのだろうと不思議に思った。

そして――――翌朝。隣にいたガードの子守りによってうまく寝付けず、眠い目を擦っているとガウナから招集がかかった。
流されるままに部屋に行くと、ファフアルが顔を真っ赤にしながらベッドに横たわっているのが見えた。

「風邪を引いた……?」

「あぁ。いつの間にか部屋の暖房が止まっててな。
私は体が強いから大丈夫だったがファフはこの有様だ」

ベッドに横たわる彼女の咳が、宙を舞った。
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