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終章 ゼンマイ

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「どうしたオーデン!」

そんな様子を見つめていると、後方から声がかかる。
フェニスは『溜め』を解除して、たたたと走ってきていた。

「様子がおかしい。龍がいなくなって人間が現れた」

「……どうゆうことだ?」

「だから、龍が消えて人間が現れたんだよ。ほら見ろ、あれだ」

二人は横一列に並びながら、その人間の様子を観察する。

摩訶不思議な模様がある透明な目で、体は細い。慎重は比較的高いほう。髪はそれなりに長い。女だ。眼が特殊という点を除けば、普通の人間にしか見えなかった。服も普通に着ていたこともあって、そう見えるのも無理はなかった。
彼は頭の中で考える。自らの掌を棒っと眺める人間を見据えながら。

(さっきの龍が変化した? それともたんに人間が化けていただけか?)

そのどちらかであることは確実。後者は贈与ギフティッドによるものだとかでまだ可能性があるが、前者は前例のない完全なる未知。魔物が人間に化けるという事象は今までに起きなかった。
クロノスが気付いたように、知能を持つ魔物は何体かいた。数こそ少ないものの、その存在は確認されていた。

しかし、知能という目に見えない何かではなく。

人間そっくりになる・・・・・・・・・のは、やはり見たことがなかった。

「い、一旦……イザナキ様のところに」

そう思って空振った槍を手元に戻ってくるよう念じる。
此方へやってくる槍はすさまじいスピードだ。新幹線と同等の速度はあるだろうか。それを掴むなど、大抵の人間には不可能である。

その人間の頭上を通り過ぎる、その一瞬。
槍が静止した。

「……なんで?」

槍は掴まれていた。特殊な目を持った人間の細い腕で。

怪力過ぎるだろう……。引き寄せる力を強めても戻って来ないことがわかった彼は、怒りや驚きが混じった感情を心の内で抱えた。

「なぁオーデン、なにしてん――――」

傍目で見る彼の視界に……自身の槍で肩を貫かれるオーデンの姿が映る。顔をしかめていた。相当痛いだろうといことが理解できた。

そんなことがあったからだろうか――目の前の敵を倒せと言われなくとも、フェニスは一切の迷いなく動き始めた。彼は自動人形オートマタから、手動人形《マニュアルドール》へと昇格したのだ。

火で地面を溶かす。
摩擦力が低下した地面から加速。
落下している人間の着地狩りを行おうとした。

しかし彼女の目……その中にある模様が急速に動き始めると、フェニスの視界から姿を消した。

背後。

血濡れる手。

脇腹に穴が空いた。
血が空いた穴から飛び散った。

「フェニス‼」

オーデンは肩から槍を引き抜き叫んだ。肩の傷は再生を始めているが、完治するにはまだ数分はかかる。

目の前に対する認識を、オーデンは改める。同時に警戒心も数段階引き上げる。

「がっ……」

フェニスは今にも落ちそうな目の開き方をしていた。

「まだ……まだぁ‼」

しかし即復帰。体をのけ反らせた後、両手の拳に火を纏わせると、背後に体の正面を向けて走る。

その方向にいる人間は、またもや掌をぼうっと見つめて呟く。

「まだ、まだ」

それが……彼女が発した初めての言葉だった。
赤子が言葉を覚えていくような感じと酷似している。

そして、再び両目の秒針と短針が回り始める。

体の向きを反対にし、こちらへ向かってくるフェニスへ視線を送る。

次……動いた。

体内の時間を操り――――世界を置き去りにする。

時空神ルヴニール

瞬間移動といってもいいほどの速度がある彼女の拳。

は、空を突いて不発に終わる。
動き出す直前、彼女の肩をやりが射抜いたのだ。

オーデンは左手首にマントをぐるぐる巻いて、解けないよう握って固定する。
振り返る彼女を見た後、オーデンはその向こうで走るフェニスへ声を送った。


「お前はここで倒させてもらう。だから……やれ!! フェニス‼」

そんな彼の宣言を具体化するかのように。

「任せろ……オーデン!!」

フェニスは、全身をふんだんに用いた打撃を、彼女の背中に食らわせていた。

脇腹を削り取られているとは思えないほどの威力だ。

体勢そのままで吹き飛ぶ彼女。
その方向にオーデンが待ち構えていることは至極当然の事であった。

余裕の笑みを浮かべながら、勢いを殺すために腹部に一発。
唾を吐かれたが気にせず、肩口に刺さった槍を握った。

右足を踏み込み、腰を入れる。

「イザナキ様の為……いや!俺の為に死ね!!」

直後、ノータイムで左足による中段蹴りが炸裂。

命中箇所の横腹はメキメキと音を立てた。何本か骨が持ってかれたことだろう。

そうして……巻き込まれるようにして吹き飛ぶ。その後そこに残ったのは、彼が握っていた槍だけだった。

オーデンは彼女から離れた槍を手首を返してくるくると回し、刃先を上に向けて地面の上に置く。ぶっ飛んだ彼女は、水切りでもするみたいに地表を転がる。やがて勢いが無くなると、かすかに積もった雪の中に顔をうずくめていた。
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