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それ以来、私は、彼の歌を聞きに行くのが楽しみになった。
仕事と時間の都合があえば、彼にライブスケジュールを教えてもらって聞きに行った。
いつの間にか、他愛なくLINEで会話することも増えた。
それは、 7月終わりのある夜だった。
私は高校時代の友人アキと、市内のカフェレストランにいた。
最近はこうやって夜に集合して食事ができる友達も、すっかり減ってきた。
みんな結婚して、子供が生まれて家庭からでれなくなって、それがいたって普通のことなのかもしれない。
自由の利く私は、逆に幸せな方なのかな?なんて、ちょっと思っていたりもする。
「珍しい!りーこがネイルしてるなんて!
しかも赤!私、初めて見たかも」
アキにそう言われて、私は笑った。
「この色綺麗でしょ?なんか気に入っちゃって」
「なんて言うか『女!』って感じの色だよね?」
そう言われて、私は内心ドキッとした。
『女』
なんだか、毎日変わり映えしなかったから、自分が『女』なの忘れてたのかも…
アキは、ネイルを見つめてふと黙り込んだ私に、ちょっと遠慮がちに聞いてきた。
「ねぇねぇ?もしかして、例のゲームばっかりやってる彼氏と別れた?
新しい彼氏でもできたんじゃない?」
「そんな訳ないよ!
信ちゃんとは、まだ普通に付き合ってるよ」
「え?なんだ…そうなんだぁ」
何か腑に落ちない様子で、アキはまじまじと私を見る。
「地味な口紅ばっかだったのに、今日なんか赤い口紅だし、男が変わったのかと思ったよ」
「え?なにそれ!」
私がそう聞き返した瞬間、スマホが鳴った。
着信を知らせる音だった。
ディスプレイを見ると、信ちゃんだった。
「はい」
『里佳子…転勤キターーーーーーーー!』
「そう言えば、転勤くるかもって言ってたもんね、で、どこ行くの?」
『T県のA市!』
それを聞いて、私は大して驚きもしなかった。
以前信ちゃんが、県外初の店舗がそこにできるから、多分、若手組の誰かが行かされるかもって言ってたし、既婚者はなかなか県外なんか行きたがらないだろうから、独身の信ちゃんに白羽の矢が立つのは当然…
「遠いね~」
『しかも、急でさ、二週間後に行けとかクソだろ!とりあえず、引っ越し業者に連絡して予約しといて!』
「え?!あたしが!?」
『だって俺、忙しいもん!じゃっ!』
「あっ…」
一方的に電話を切られた。
なんかイラっとするけど、これは大体いつものこと…
「私はお母さんじゃないんだから…っ!」
「どしたの?」
ムッとしてる私を、不思議そうに覗きこんで、アキが言う。
「え?
信ちゃん…急な転勤で、T県のA市いくから、引っ越し業者手配しとけってさっ!
そんな電話、自分ですればいいのに!」
あたしがそう言うと、アキはなんだかますます不思議そうな顔をする。
「あ、あの…もしもし?
さらっと言ったけど、T県のA市とか地味に遠いよね?
高速使っても二時間ぐらいかかるよね?
寂しいとかはないの?
一緒に住んでるのに?」
「うーん…まぁ、ちょっとは寂しいかもだけど…
信ちゃん帰ってくると、ご飯食べてすぐ寝ちゃうし、休みの日はゲームしかしないし、寂しいって言うか…うーん?」
「それ、りーこんとこのカップルもう終わってるわ…
それで平気なの?りーこ?」
「うーん…今さら始まった事じゃないし…
諦めてる」
「……うわぁ、熟年夫婦みたいな冷めっぷり!結婚の予定は?」
「ないよそんなの」
「え…?待って、ほんと、りーこそれでいいの??
初めて付き合って、そのままずっと一緒とか、はたからみるとなんか良くみえるけど、そんなんでいいの?」
「……まぁ、正直言うと…これでいいのかな?こんな生活でいいのかな?とは、最近思ってる…」
「だよね…」
アキが呆れたような顔をして、サラダをつついた時、今度はLINEが鳴った。
ディスプレイを見て、私は、ちょっと笑ってしまう。
「菅谷くんだ」
『店長、T県に転勤確定みたいすよ~
寂しくなるんじゃないすか?
これ、ライブのスケジュールです
とりあえず、送っておきます』
この文面の後ろに可愛い猫のスタンプが付く。
私は思わずふふって変な笑いかたをしてしまう。
「彼氏が転勤決まった後なのに、なんで嬉しそうに笑ってるの??」
「嬉しいとかじゃないけど、ちょっと、なんか男の子なのにこんなスタンプ付けてくるとか、可愛いな~と思って」
「え?なにそれ?やっぱり他に男がいるんじゃない!」
アキがそんなことを言うから、私は、思わず声を上げて笑ってしまった。
「違うよ!そんな関係じゃないよ!
信ちゃんとこのバイトの子で、この間、酔っ払った信ちゃんを部屋まで送ってくれたんだ。
音楽やってる子でさ、なんか面白い子なの。
まだ23歳だし、あたしみたいなおばさんとカップル認定にされたら、むしろ気の毒だよ!」
「え~怪しいなぁ!彼氏の電話受けた時の顔と違うよだって?
今のりーこ、『女』の顔してる」
「え?」
アキにそう言われて、またドキッとしてしまった。
なんでドキッとしたんだろう…
なんか、自分でもわからないや…
だけど、言われてみれば、菅谷くんと話すのが楽しかったり、なんとなく連絡くるのが嬉しかったり…
色々そんな思いはしてるかもしれない…
赤いネイルに赤い口紅。
これも、なんとなく彼を意識したからだし…
「それは…アキの気のせい!」
私は、ついそう言ってごまかした。
アキの疑いの眼差しが私に刺さる。
でも、とりあえず、否定しておかないと、私の中の隠れた私が、何かに気づいてしまいそうだった。
気のせいだよ
気のせい
相手は七歳も下の男の子だよ?
あたしなんか、相手にしてるはずないよ…
気づいたら、自分に必死にそう言い聞かせる自分自身がいた…
仕事と時間の都合があえば、彼にライブスケジュールを教えてもらって聞きに行った。
いつの間にか、他愛なくLINEで会話することも増えた。
それは、 7月終わりのある夜だった。
私は高校時代の友人アキと、市内のカフェレストランにいた。
最近はこうやって夜に集合して食事ができる友達も、すっかり減ってきた。
みんな結婚して、子供が生まれて家庭からでれなくなって、それがいたって普通のことなのかもしれない。
自由の利く私は、逆に幸せな方なのかな?なんて、ちょっと思っていたりもする。
「珍しい!りーこがネイルしてるなんて!
しかも赤!私、初めて見たかも」
アキにそう言われて、私は笑った。
「この色綺麗でしょ?なんか気に入っちゃって」
「なんて言うか『女!』って感じの色だよね?」
そう言われて、私は内心ドキッとした。
『女』
なんだか、毎日変わり映えしなかったから、自分が『女』なの忘れてたのかも…
アキは、ネイルを見つめてふと黙り込んだ私に、ちょっと遠慮がちに聞いてきた。
「ねぇねぇ?もしかして、例のゲームばっかりやってる彼氏と別れた?
新しい彼氏でもできたんじゃない?」
「そんな訳ないよ!
信ちゃんとは、まだ普通に付き合ってるよ」
「え?なんだ…そうなんだぁ」
何か腑に落ちない様子で、アキはまじまじと私を見る。
「地味な口紅ばっかだったのに、今日なんか赤い口紅だし、男が変わったのかと思ったよ」
「え?なにそれ!」
私がそう聞き返した瞬間、スマホが鳴った。
着信を知らせる音だった。
ディスプレイを見ると、信ちゃんだった。
「はい」
『里佳子…転勤キターーーーーーーー!』
「そう言えば、転勤くるかもって言ってたもんね、で、どこ行くの?」
『T県のA市!』
それを聞いて、私は大して驚きもしなかった。
以前信ちゃんが、県外初の店舗がそこにできるから、多分、若手組の誰かが行かされるかもって言ってたし、既婚者はなかなか県外なんか行きたがらないだろうから、独身の信ちゃんに白羽の矢が立つのは当然…
「遠いね~」
『しかも、急でさ、二週間後に行けとかクソだろ!とりあえず、引っ越し業者に連絡して予約しといて!』
「え?!あたしが!?」
『だって俺、忙しいもん!じゃっ!』
「あっ…」
一方的に電話を切られた。
なんかイラっとするけど、これは大体いつものこと…
「私はお母さんじゃないんだから…っ!」
「どしたの?」
ムッとしてる私を、不思議そうに覗きこんで、アキが言う。
「え?
信ちゃん…急な転勤で、T県のA市いくから、引っ越し業者手配しとけってさっ!
そんな電話、自分ですればいいのに!」
あたしがそう言うと、アキはなんだかますます不思議そうな顔をする。
「あ、あの…もしもし?
さらっと言ったけど、T県のA市とか地味に遠いよね?
高速使っても二時間ぐらいかかるよね?
寂しいとかはないの?
一緒に住んでるのに?」
「うーん…まぁ、ちょっとは寂しいかもだけど…
信ちゃん帰ってくると、ご飯食べてすぐ寝ちゃうし、休みの日はゲームしかしないし、寂しいって言うか…うーん?」
「それ、りーこんとこのカップルもう終わってるわ…
それで平気なの?りーこ?」
「うーん…今さら始まった事じゃないし…
諦めてる」
「……うわぁ、熟年夫婦みたいな冷めっぷり!結婚の予定は?」
「ないよそんなの」
「え…?待って、ほんと、りーこそれでいいの??
初めて付き合って、そのままずっと一緒とか、はたからみるとなんか良くみえるけど、そんなんでいいの?」
「……まぁ、正直言うと…これでいいのかな?こんな生活でいいのかな?とは、最近思ってる…」
「だよね…」
アキが呆れたような顔をして、サラダをつついた時、今度はLINEが鳴った。
ディスプレイを見て、私は、ちょっと笑ってしまう。
「菅谷くんだ」
『店長、T県に転勤確定みたいすよ~
寂しくなるんじゃないすか?
これ、ライブのスケジュールです
とりあえず、送っておきます』
この文面の後ろに可愛い猫のスタンプが付く。
私は思わずふふって変な笑いかたをしてしまう。
「彼氏が転勤決まった後なのに、なんで嬉しそうに笑ってるの??」
「嬉しいとかじゃないけど、ちょっと、なんか男の子なのにこんなスタンプ付けてくるとか、可愛いな~と思って」
「え?なにそれ?やっぱり他に男がいるんじゃない!」
アキがそんなことを言うから、私は、思わず声を上げて笑ってしまった。
「違うよ!そんな関係じゃないよ!
信ちゃんとこのバイトの子で、この間、酔っ払った信ちゃんを部屋まで送ってくれたんだ。
音楽やってる子でさ、なんか面白い子なの。
まだ23歳だし、あたしみたいなおばさんとカップル認定にされたら、むしろ気の毒だよ!」
「え~怪しいなぁ!彼氏の電話受けた時の顔と違うよだって?
今のりーこ、『女』の顔してる」
「え?」
アキにそう言われて、またドキッとしてしまった。
なんでドキッとしたんだろう…
なんか、自分でもわからないや…
だけど、言われてみれば、菅谷くんと話すのが楽しかったり、なんとなく連絡くるのが嬉しかったり…
色々そんな思いはしてるかもしれない…
赤いネイルに赤い口紅。
これも、なんとなく彼を意識したからだし…
「それは…アキの気のせい!」
私は、ついそう言ってごまかした。
アキの疑いの眼差しが私に刺さる。
でも、とりあえず、否定しておかないと、私の中の隠れた私が、何かに気づいてしまいそうだった。
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相手は七歳も下の男の子だよ?
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