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【14、偏愛】

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  その夜以来、私と彼の関係は更に深くなった。  
 思いも関係も深くなるにつれ、私の中の罪悪感も重く深くなっていく。
 だけど、休みの日には二人で出掛けたり、仕事帰り待ち合わせてご飯食べたり、うちに遊びにきて泊まっていったり…

 皮肉なことに、今まで、信ちゃんとは経験できなかった、恋人らしい恋人の関係を、樹くんが私に経験させてくれていた。

  基本的に、信ちゃんは、休日に転勤先から帰ってくるなんてあり得なかった。
 連絡も、1ヶ月に一度あればいいほう。

 こんなんで、ほんとに付き合ってるって言えるんだろうか…?
 それよりなにより、信ちゃんにとって私は一体どんな存在なんだろう?

 付き合ってるというなら、むしろそれは、樹くんの方がそれっぽい。

 だけど、私は…

 10年という月日を一緒に過ごした信ちゃんと、この歳になって別れるという、その選択肢をなかなか選ぶことができなかった。
 別れを切り出す、勇気もなかった。

 このまま、自然消滅もありそうだけどさ…

 10月も半ばになって、少し肌寒くなってきた頃。
 私はぼんやりとそんなことを考えながら、電気を消したリビングの出窓から、秋の綺麗な満月を見てた。

 その時、玄関が開く音がした。
 私は、はっとして、小走りで玄関に向かった。
 誰が来たかは、もうわかってる。

 「おかえり~!バイトお疲れさま!」

 赤い髪の若い男の子が、玄関の内側に立って後ろ手にドアを閉めた。
 樹くんだ。
 いい歳して、ちょっと浮かれたなと、自分で反省しつつ、本人を目の前にしたらなんだかニヤニヤが止まらない。
 
「た、ただいま…な、なに浮かれた顔してんの??」

 スニーカーを脱ぎながら、怪訝そうな表情で彼は、私の顔をまじまじと見た。
 
「しかも…なんで電気消してんの??
一瞬、俺、変なこと考えちゃったよ」

 樹くんはそんな事を言って、可笑しそうに笑った。

 「えー?なによ、変な事って?」

 「えー?来た早々に、里佳子さんに襲われんのかなって?」

 「はぁ?!何言っての?もぉ、ばかっ!」

 よくわからないけど、私はなんか照れてばしっと彼の腕を叩いた。
 彼は、電気をつけながら可笑しそうに笑っていた。
  
 リビングのソファーに座りながら、彼がそんな事を言う。

 「里佳子さん、腹減った~」

「まかないは?忙しかったの?」

「そそ、忙しくてまかない食う時間なかった」

「なんかあったかなぁ?」

 私は、キッチンに行って冷蔵庫を見ながら、何が作れるか考えてみる。

 「使いかけのスパゲッティと~
トマト、玉ねぎ~ツナ缶~」

 流しの脇に食材を並べて考えこんだ私。
 そんな私の背中を、ふわっと大きな腕が抱き締める。

 「っ?! 」

 「ツナのトマトソースパスタ?」

 樹くんが、私を抱えるようにして、肩越しに私の手元を覗きこんでる。

 私は、彼とこういう関係になって、初めてわかった事がある。

 なんとなく人に無関心で、どこか冷めたような所がある彼は、心を許すとこうやって、意外とストレートに愛情表現をしてくれる。
  
 ストレート過ぎて、たまに照れてしまうこともあるけど、なんだかそれが、新鮮だったし嬉しくもあった。

 私は、そんな彼に寄りかかるようにして、つい彼の顔を見上げてしまう。

 「もぉ…こうされてたんじゃ、お料理できないよ?」

「手伝うよ」

 「ほんと?」

 「うん」

 彼は器用な人だった。
 たまにお料理を作ってくれたりするんだけど、私なんかより上手に作る。
 情緒的には、不器用な部分もあるけど、彼にはなんだか沢山の引き出しがあった。
 そういうのに、いつも感心したりする。
 彼の顔を見つめたままでいた私、でも、なんだかちょっと照れて目を逸らした。
 そんな私を彼が呼ぶ。

「里佳子さん」

「んっ?」

 「今さら恥ずかしいの?」

「えっ?」

 彼はいたずらっぽく笑って、指の先で私の顎をちょっと持ち上げる。

 もぉ…
 ばか…
 樹くんのばか…
 私は、もっとばか…

 優しくキスされて、 私は、なんの抵抗もできないまま、ふわふわとしたこの感覚に漂うだけだった。
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