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初夏編:初夏のポントワーブ

【332話】いちばんこわいもの

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カミーユたちを見送ったあと、魔女がシャナに声をかけた。

「で?あんたたち今からどこへいくんだい?」

「マハトン山の山頂です」

「マハトン山だって?!」

「ええ。そこでフーワと待ち合わせているから」

マハトン山と聞き魔女が大きくのけぞった。眉をひそめ、慌ててシャナの肩を抱いて耳元で囁く。

「あんた!マハトン山にこの子らを連れて行くんじゃないだろうね?!」

「連れて行きます」

「な…っ。正気かい?あそこにはミジェルダが…。…あんたまさかミジェルダの力を借りるつもりじゃないだろうね?!」

「その通りです。でも安心してくださいな。ミジェルダとフーワは旧知の仲。そして契約を結んでおります。ミジェルダはフーワに、フーワはミジェルダに力を貸すと。なのであの子たちも心配ありません。取って食われたりはしませんよ」

「ミジェルダと契約…?!あははは!!なるほど悪名高いフーワならやりそうだねぇ!それに…魔女としても契約を結ぶに充分な相手だ」

魔女とシャナのコソコソ話に聞き耳を立てていたアーサーは思わず「え?!」と大声をあげてしまった。その反応に魔女がジトッとした目でシャナを見る。

「シャナまさかあんた…。この子たちにも言ってなかったのかい?」

「あはは、え、ええ…。その…じっくり話す時間がなくて…」

「えっ?なになにアーサー、シャナとおばあちゃんどんなお話してたのー?」

「な、なんかね、今から行くところにも魔女がいるみたい…」

「え"っ…。で、でもおばあちゃんみたいに優しい魔女なんだよね…?」

魔女にトラウマがある二人はぷるぷる震えながらシャナを見た。シャナは彼らから目を逸らしながら小さく首を振った。

「い、いいえ…。ミジェルダは本物の魔女よ…。人間だった頃の記憶なんてないし、魔女としておおいに楽しんでいるわ…」

「そ、それってまさか、人を食べたりとか、人の能力とったりとか、してるってことじゃないよね…?」

「……」

「……」

「……」

シャナは答えない。冷や汗を垂らしながら、もじもじと居心地が悪そうに立っているだけだった。しばらくの沈黙のあと、アーサーが掠れた声で呟いた。

「モニカ、逃げよう」

「うん」

「あっ!!!」

「ヒヒヒヒ!!!まーた楽しいことが始まった!!」

アーサーとモニカは一目散に逃げだした。アーサーはモニカを抱えて全力疾走し、モニカは襲ってくるA級魔物を次々と灰にしていく。遠くからシャナの「待ちなさーーーい!!」という声が聞こえてきたが、双子は脚を止めずに首をブンブンと横に振った。

「待つわけない!!待つわけないよぉ!!」

「やだやだやだ魔女やだぁぁっ!!」

「魔女以外にして!!魔女だけはやだぁ!!」

「魔女こわいよぉぉぉびぇぇぇん!!!」

「アーサー!モニカ!待って!!本当に大丈夫だからぁぁっ!!」

シャナは双子を追いかけようとしたが、アーサーの人並外れた脚力に追いつけずに息を切らせながら立ち止まった。おっとりしている双子しか見たことがなかった彼女は、アーサーの脚力とモニカの激しい魔法に驚きを隠せなかった。

「あの子たち…!分かってはいたけどなんて能力値が高いの…?!モニカの強力な魔法は想像できてたけど…アーサーの脚力…とんでもないわ…っ!もっ…おいつけなっ…」

「おやおや情けないねえ。あんな子どもたちに足で負けるとは。しかもアーサーはモニカを抱えて走ってるんだよぉ?ヒヒヒ!!あんたほんと鈍っちまったねえ!!」

面白そうに傍観している魔女がケタケタ笑いながらシャナの肩を叩く。シャナは汗を拭いながらゼーゼーと呻いた。

「だってあの子…!普通のこどもじゃないわ…!なんて子たちなの全くもうっ…。あなたがあんな話をするからアーサーとモニカ逃げちゃったじゃないのぉっ…!」

「それはあんたが前もって話してなかったのが悪いよぉ。ヒヒヒ!!それに、あんたなら魔法でなんとかできるだろうさぁ」

魔女はそう言い終えるとシャナの前から一瞬にして姿を消した。そしてあっという間に双子に追いつき、追い越して彼らの前に立ちはだかる。瞬間移動する魔女にトラウマが蘇り、アーサーとモニカは「ひぃぃぃぃんっ!!」と叫びながら踵を返した。

「おやおや失礼な子たちだねぇ!あたしの顔を見てそんな声あげるんじゃないよ」

「そうだったおばあちゃんもすごく強い魔女だったぁぁぁっ!!」

「ひぃぃぃんっ!こわいよアーサー!魔女こーわーいー!!!」

泣き喚くモニカは感情を抑えられず、山の木に特大雷を数本落とした。それを見て魔女が思わず「…いや!あんたの方がよっぽどタチが悪いよ?!」とツッコんだ。

「まったく!モニカ!あんたは前と違って聖魔法使えんだろう?!」

「はっ!」

「魔女なんて聖魔法使えば一発さぁ!怖がる必要ないよぉ」

「そ、そうだった!」

「まあでも、反魔法を先にかけられちゃあおしまいだけどねえ!ヒヒヒ!!!」

「ひぃぃぃんっ!!!」

モニカは兄にしがみついて泣き喚き、アーサーもギャーギャー騒ぎながら走り続けた。彼らの走ったあとには魔物の丸焦げになった死体が積み重なり、雷によってところどころ木々が倒れ挙句の果てに大雨が降りだした。

完全に面白がっている魔女は、アーサーのうしろにぴったりと張り付いてあとを追い、耳元でずっと魔女の怖いところを囁き続けた。アーサーとモニカの悲鳴が山に響き渡る。だが、山を下りきる前に何か見えないものにぶつかり後ろへ吹っ飛ばされた。

「むぎぅっ!!」

「ひぎゃっ!!!」

「はぁ、やっとかい」

尻もちをついた双子が慌てて起き上がり逃げようとしたが、やはり見えない何かに阻まれて前へ進めない。それどころか、右も左もそれに囲まれており身動きができなくなってしまった。

「なにこれ!!どこにもいけない!!なにかあるの?!」

「助けてぇぇぇ!!助けておばあちゃん助けてぇぇっ!!」

「おやおや。あたしの顔見て逃げたかと思えば今度は助けてだってぇ?都合のいい子たちだねえ!…ま、しばらくそこで頭を冷やしとくんだね。キレたエルフが迎えに来てくれるからさ!ヒーッヒヒヒ!!楽しいねえ!!」

魔女はニヤニヤ笑いながら囚われた双子を舐めまわすように見て、楽し気にその場をあとにした。

「おばあちゃあああん!!待って行かないでぇぇっ!」

「助けてよぉ!!さっきのこと謝るからぁぁっ!!おばあちゃあああん!!」

見えない壁を叩きながら助けを求めていた双子の耳に草を踏む足音が聞こえてきた。魔女が助けに来てくれたと思った二人は、パッと顔を輝かせて足音の主に目を向ける。しかし、そこにいたのは死んだ目で笑っている美しいエルフだった。

「ひっ…?!」

「逃げないって約束してくれるかしら?」

「シャ…シャナ…、これ、シャナの魔法…?」

「逃げないって約束してくれるかしら?」

「シャナ…!僕たちをここから出して…!」

「逃げないって約束してくれるかしら?」

「だめだ同じことしか言ってくれないよぉ!!」

「シャナぁぁぁっ!でも私たちほんとに魔女こわいのぉぉっ!シャナも知ってるでしょ?!」

「知っているわ。でもそれ以外にブナの意思を取り戻す方法がないの。ミジェルダは恐ろしい魔女だけれど、フーワとの契約は絶対よ。そしてフーワがあなたに手を出させると思う?」

「…思わない」

「アーサー、あなたはモニカの大切な人。それはフーワもよく分かってるわ。モニカの一番大切な人に何かさせるわけないでしょう?」

「た、たしかに…」

「ミジェルダは喜びの魔女。残酷で残忍で、人を生きたまま煮込むのが大好きな、とっても頭のおかしい魔女よ」

「ひぇぇぇぇぇっ!!!」

「びぇぁぁぁん!!!」

「でも、いえだからこそ、ミジェルダはとても特殊能力に優れているの。彼女の力を借りれば、ほぼ間違いなくブナは戻ってくる。怖いだろうけど、お願い。ついてきてちょうだい」

「……」

「……」

シャナの話を最後まで聞いた双子は不安げに目を見合わせた。魔女はこわい。しかもその魔女はかなり"魔女らしい"魔女だ。リアーナの祖母とはまったく違う。だが、そんな魔女に会わなければブナに再び会うことはできない。

アーサーの目は、魔女に襲われた日のことを昨日のことのように鮮明に覚えている。考えただけで心臓が縮こまり体が震える。それでも…。

「モニカ。行こう…」

「アーサー…」

「僕たちにはシャナとフーワさんがいる。…フーワさんはきっとモニカを守ってくれる。だから大丈夫…」

「……」

「僕、ブナに早く会いたいよ」

「…わたしも」

「こわいけど、行こう。大丈夫だよ。シャナがいてくれる。それにモニカは聖魔法を使えるんだもん。大丈夫」

アーサーはニコっと笑いモニカに手を差し出した。アーサーの笑顔を見て少し冷静になったモニカも、ぎこちなく口角を上げて兄の手を掴んだ。アーサーの手はカタカタと震えている。きっと、本当はとても怖いのだろう。おそらく、鮮明に覚えている分モニカよりも恐怖を覚えているはずだ。

それでもブナのために行こうと言ってくれている。そんな優しい兄にモニカはじぃんとした。握った手を引っ張りアーサーをぎゅぅっと抱きしめる。

「わっ」

「大丈夫よアーサー!!私は聖魔法を使えるんだもん!なにもこわいことはないわ!!なにかあったって、私がアーサーを守るからね!!」

「…あはは。こわがってるのバレちゃったかな。頼りないお兄ちゃんでごめんね」

「そんなことないもん!!アーサーはすっごく頼りになる、わたしの自慢のお兄ちゃんだもん!かっこよくて強くて、世界一優しいアーサーが私はだいすきなんだから!」

「ちょっと、シャナの前で大声でそんなこと言わないでよぉ。照れるよ」

「あら、まったくもっていつもと変わらない展開よ。気にせず続けてちょうだい。満足したら行きましょう」

涼しい顔で双子がじゃれ合うところを眺め、シャナは木陰に腰を下ろした。アーサーとモニカを閉じ込めていた魔法もいつの間にかなくなっている。二人はお互いにしがみつき怖い気持ちを共有したあと、シャナに飛びつき「やっぱりこわいよぉぉぉっ!!」としばらく泣いた。そんな彼らの首根っこを掴み、シャナはそそくさと山を下り馬車に乗りこんだ。

リアーナの祖母はいつの間にか姿を消していたが、きっと今も山頂から馬車を眺め、一人でケタケタ笑っているのだろう。
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