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魂魄編:ピュトア泉
お墓
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アーサーとモニカは小屋を出て、泉の淵に腰かけて二人きりで話をした。ペンダントを失くしたあの日から今日までの経緯を聞けば聞くほど、アーサーの肩が落ちていく。
カフェのお兄さんが裏S級冒険者であり、ポントワーブ町へ来たのは双子を殺すためだったこと。
ヴァラリアの仲間に、ジルにそっくりな槍使いがいたこと。
アサギリとウスユキ、キヨハルが双子を守ってくれたこと。
ポントワーブ町の家が荒らされて、もしかしたら今も裏S級が見張っているかもしれないこと。
アーサーの体にロイが憑依して、タールと連携して闇オークションへ参加したこと。
参加費としてモニカの髪を、ペンダントを競り落とすために白金貨10万枚を失ったことと、タールが白金貨3万枚を与えてくれたこと。
アーサーを浄化するため、ピュトァ泉に来たこと……。
途中からアーサーは泣いていた。
双子はほとんど全てのものを失った。家も、お金も、6年前、やっと手に入れたふるさとも。
アーサーはそれが、自分のせいだと思わずにはいられなかった。
ペンダントを失くさなければ、あの時カフェに行かなければ、カフェのお兄さんに出されたジュースを飲まなければ――。
もしかしたら、何も失わなかったかもしれない。モニカに髪を切らせることも、辛い思いをさせることもなかったかもしれない。そう考えると涙が止まらなかった。
一方モニカは冷静だった。
「謝らないでねアーサー。すべてわたしが選んだことなの。今回失ったもので、アーサー以上に大切なものなんてなにもないの」
モニカはそう言って兄の肩を抱いた。アーサーは何も言えなかった。後悔だけが、ぐるぐると頭の中を巡っている。だが、それを口に出すほどアーサーは弱くなかった。彼はキュッと口をつぐみ、小さく頷いただけだった。
「血のことは心配しないでね。わたしがいくらでもあげるから」
「うん……」
「吸血欲以外で、他に今までと変わったことはない?」
「ない、かな……。まだ分からないけど」
「そっか。良かった」
それから、二人は再会した吸血鬼のことを話し合った。
ロイがモニカと一緒に寝たり、最後に告白をしたと聞いてアーサーは複雑な顔をしていたし、セルジュとアーサーが互いに好き合っていると聞いて明らかにモニカの機嫌が悪くなったが、それでも双子は吸血鬼にこれ以上ない感謝の気持ちでいっぱいになった。
アーサーはペンダントを取り出して蓋を開けた。そこにはミモレスの髪束が入っている。それを撫でながらぼそりと呟く。
「もうここに先生もロイもいないけど……。なにか、お礼がしたいな」
「うん! したい! アーサーがこうして無事に戻ってこられたのは、他の誰でもない、先生とロイのおかげだもん」
しばらく考えて、モニカが良いことを思いついた。
「そうだ! ここに二人のお墓を作ってあげようよ!」
「わ! それいいね! ピュトァ泉は先生とミモレスの思い出の場所だし。ぴったりだ!」
「ロイは先生と同じ場所だったらどこでも嬉しいと思うの! ねえ、そうしようよ!」
「そうしよう! 早速シチュリアに相談に行こう!」
アーサーとモニカは小屋へ戻り、編み物をしていたシチュリアに、墓を建てたいと相談した。聖地に魔物の墓なんて、と嫌がられるかと思ったが、意外にも彼女はあっさり承諾した。
「かまいませんよ。お好きなところへどうぞ」
「えっ? いいの?」
「ええ。守りたいもののために自ら泉へ入った吸血鬼に、私は敬意を示したいです」
モニカが思わず彼女に抱きついた。この一週間でモニカの激しいスキンシップには慣れたのか、シチュリアは何の反応も示さずに編み物を続けている。
「シチュリアってすごいね。話していると、心がきれいになる気がする」
モニカの呟きに、シチュリアは淡々と返す。
「聖女はある種感情が欠落している存在です。人はそんな私たちのことを、綺麗な心を持っている存在だと言いますね。私にはよく分かりませんが」
「シチュリアって、いつも難しい言葉を使うから、わたしよく分からないのよ」
「私も、モニカとは語彙力の違いを痛感します。話が通じなくて苛立つことが多いですね」
「うっ……」
モニカとシチュリアのやり取りを、アーサーは興味深げに聞いていた。
(シチュリア……。ミモレスとは全然ちがうなあ)
ミモレスやミアーナは表情豊かで天真爛漫だったが、シチュリアは表情が分かりづらい。その上、どこか冷たさを感じた。アーサーは、聖女はみんなミモレスやミアーナのような温かみのある人ばかりだと思っていたので少し驚いた。
じろじろと見ていたのが悪かったのか、彼の視線に気付いたシチュリアが眉を寄せる。
「なんですか、アーサー」
「な、なんでもない!」
「そうですか。ではどうぞお好きなところへお墓を建ててください。土や石、花は好きに使ってくれていいですよ」
「ありがとう、シチュリア!」
それからアーサーとモニカは、ピュトァ泉の周囲をぐるっと一周した。ミモレスの記憶を何度も遡ったことがあるアーサーにとっては、どこも懐かしさを感じる場所だった。
結局、セルジュとロイの墓は、泉から少し離れた目立たない場所に建てることにした。
崩れ落ちた小屋のレンガや石を使って、かろうじて墓だと分かる程度の出来栄えに仕上がった。
何も埋まっていない、ただ落ちていた物を寄せ集めただけの墓。アーサーとモニカはそこに野花を添えて、祈りを捧げた。
アーサーが静かに歌を口ずさむ。
「なんの歌? はじめて聞いたわ。きれいな歌」
「これはね、ミモレスが死んだ人を弔うときに、手向けとして歌ってた歌」
「そうなの? わたしも歌いたい」
「うん。一緒に歌おう」
アーサーの歌声に合わせて、少し遅れてモニカが歌う。
その歌声は風に乗り、シチュリアの耳に届いた。
「ヴァルタニア家に伝わる弔いの歌だわ。お母様に教えてもらったのかしら」
カフェのお兄さんが裏S級冒険者であり、ポントワーブ町へ来たのは双子を殺すためだったこと。
ヴァラリアの仲間に、ジルにそっくりな槍使いがいたこと。
アサギリとウスユキ、キヨハルが双子を守ってくれたこと。
ポントワーブ町の家が荒らされて、もしかしたら今も裏S級が見張っているかもしれないこと。
アーサーの体にロイが憑依して、タールと連携して闇オークションへ参加したこと。
参加費としてモニカの髪を、ペンダントを競り落とすために白金貨10万枚を失ったことと、タールが白金貨3万枚を与えてくれたこと。
アーサーを浄化するため、ピュトァ泉に来たこと……。
途中からアーサーは泣いていた。
双子はほとんど全てのものを失った。家も、お金も、6年前、やっと手に入れたふるさとも。
アーサーはそれが、自分のせいだと思わずにはいられなかった。
ペンダントを失くさなければ、あの時カフェに行かなければ、カフェのお兄さんに出されたジュースを飲まなければ――。
もしかしたら、何も失わなかったかもしれない。モニカに髪を切らせることも、辛い思いをさせることもなかったかもしれない。そう考えると涙が止まらなかった。
一方モニカは冷静だった。
「謝らないでねアーサー。すべてわたしが選んだことなの。今回失ったもので、アーサー以上に大切なものなんてなにもないの」
モニカはそう言って兄の肩を抱いた。アーサーは何も言えなかった。後悔だけが、ぐるぐると頭の中を巡っている。だが、それを口に出すほどアーサーは弱くなかった。彼はキュッと口をつぐみ、小さく頷いただけだった。
「血のことは心配しないでね。わたしがいくらでもあげるから」
「うん……」
「吸血欲以外で、他に今までと変わったことはない?」
「ない、かな……。まだ分からないけど」
「そっか。良かった」
それから、二人は再会した吸血鬼のことを話し合った。
ロイがモニカと一緒に寝たり、最後に告白をしたと聞いてアーサーは複雑な顔をしていたし、セルジュとアーサーが互いに好き合っていると聞いて明らかにモニカの機嫌が悪くなったが、それでも双子は吸血鬼にこれ以上ない感謝の気持ちでいっぱいになった。
アーサーはペンダントを取り出して蓋を開けた。そこにはミモレスの髪束が入っている。それを撫でながらぼそりと呟く。
「もうここに先生もロイもいないけど……。なにか、お礼がしたいな」
「うん! したい! アーサーがこうして無事に戻ってこられたのは、他の誰でもない、先生とロイのおかげだもん」
しばらく考えて、モニカが良いことを思いついた。
「そうだ! ここに二人のお墓を作ってあげようよ!」
「わ! それいいね! ピュトァ泉は先生とミモレスの思い出の場所だし。ぴったりだ!」
「ロイは先生と同じ場所だったらどこでも嬉しいと思うの! ねえ、そうしようよ!」
「そうしよう! 早速シチュリアに相談に行こう!」
アーサーとモニカは小屋へ戻り、編み物をしていたシチュリアに、墓を建てたいと相談した。聖地に魔物の墓なんて、と嫌がられるかと思ったが、意外にも彼女はあっさり承諾した。
「かまいませんよ。お好きなところへどうぞ」
「えっ? いいの?」
「ええ。守りたいもののために自ら泉へ入った吸血鬼に、私は敬意を示したいです」
モニカが思わず彼女に抱きついた。この一週間でモニカの激しいスキンシップには慣れたのか、シチュリアは何の反応も示さずに編み物を続けている。
「シチュリアってすごいね。話していると、心がきれいになる気がする」
モニカの呟きに、シチュリアは淡々と返す。
「聖女はある種感情が欠落している存在です。人はそんな私たちのことを、綺麗な心を持っている存在だと言いますね。私にはよく分かりませんが」
「シチュリアって、いつも難しい言葉を使うから、わたしよく分からないのよ」
「私も、モニカとは語彙力の違いを痛感します。話が通じなくて苛立つことが多いですね」
「うっ……」
モニカとシチュリアのやり取りを、アーサーは興味深げに聞いていた。
(シチュリア……。ミモレスとは全然ちがうなあ)
ミモレスやミアーナは表情豊かで天真爛漫だったが、シチュリアは表情が分かりづらい。その上、どこか冷たさを感じた。アーサーは、聖女はみんなミモレスやミアーナのような温かみのある人ばかりだと思っていたので少し驚いた。
じろじろと見ていたのが悪かったのか、彼の視線に気付いたシチュリアが眉を寄せる。
「なんですか、アーサー」
「な、なんでもない!」
「そうですか。ではどうぞお好きなところへお墓を建ててください。土や石、花は好きに使ってくれていいですよ」
「ありがとう、シチュリア!」
それからアーサーとモニカは、ピュトァ泉の周囲をぐるっと一周した。ミモレスの記憶を何度も遡ったことがあるアーサーにとっては、どこも懐かしさを感じる場所だった。
結局、セルジュとロイの墓は、泉から少し離れた目立たない場所に建てることにした。
崩れ落ちた小屋のレンガや石を使って、かろうじて墓だと分かる程度の出来栄えに仕上がった。
何も埋まっていない、ただ落ちていた物を寄せ集めただけの墓。アーサーとモニカはそこに野花を添えて、祈りを捧げた。
アーサーが静かに歌を口ずさむ。
「なんの歌? はじめて聞いたわ。きれいな歌」
「これはね、ミモレスが死んだ人を弔うときに、手向けとして歌ってた歌」
「そうなの? わたしも歌いたい」
「うん。一緒に歌おう」
アーサーの歌声に合わせて、少し遅れてモニカが歌う。
その歌声は風に乗り、シチュリアの耳に届いた。
「ヴァルタニア家に伝わる弔いの歌だわ。お母様に教えてもらったのかしら」
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