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魂魄編:ピュトア泉
ふたりでひとつ
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驚いているアーサーとモニカに、シチュリアが話を続ける。
「はい。というのも、呪文と杖の動きにはちゃんと意味があるからです。一般的な人は、杖がないと魔法を使えませんよね? それは、人だけの力では魔力を魔法に変換することが非常に難しいのと、杖に魔力を補ってもらわないとすぐに魔力が枯渇してしまうからです」
(えー!? 杖使わずに魔法使うことってそんなすごいことだったの!? モニカってもしかしてとんでもない魔法使いなんじゃ……!)
(そ、そうなのぉ!? トロワの子たちでもできてたのに!?)
「杖を持ったとしても、杖に正しく使いたい魔法を伝えるためには、濁りのないイメージを持った上でシンプルな命令を出さなければなりません。そこで人が考えついたのが、呪文と杖の振り方です」
アーサーはそもそも魔法については全く知識がなく、モニカも基礎的なことすぎて学院でも教えてもらったことがなかった。双子は口をぽかんと開けて彼女の話を聞いていた。
「呪文と杖の振り方を魔法ごとに決めておくことで、放ちたい魔法のイメージを明確化して、必要な魔力量を最適な速度で杖に流し込み、杖にもそのイメージが伝わりやすくなり、主人のイメージ通りの魔法を放つことができるのです」
「ほえぇー……」
「モニカのような魔法使いは、そのようなことをすっ飛ばしてでも魔法が使えるのでしょう。それに彼女の杖も相当優秀ですよ。モニカは逆に魔力が多すぎますので、おそらく魔力を適正な量に絞ってくれているのではありませんか?」
「うん、そうらしいよ!」
「その上あの無茶苦茶な魔法の使い方でしょう? とんでもない主人ですね」
シチュリアは哀れみのこもった表情で藍を撫でた。
《ふんっ。その通りだ。主の魔法は質が良く素晴らしいが、なかなかに身勝手な魔法使いである。モニカは我でなければダメなのだ。我がいてやらんとな》
「うん! 藍じゃなきゃいやー! だからこれからもよろしくね、藍!」
《仕方がない。仕方がないからこの身朽ちるまで主の傍でいてやろう。全く仕方がない》
仲の良さを見せつけるモニカと杖を眺めていたアーサーは、どうして藍もアサギリも、大好きな人相手になるとツンツンするんだろうとぼんやり考えていた。
「というわけで、結論を申し上げますとモニカは教える側には向いていません」
シチュリアがぴしゃりと言ってのけた言葉が納得できなかったらしく、モニカは頬を膨らませて手を上げた。
「で、でも! わたしは学院で生徒に魔法を教えてたし、みんなわたしが教え方が上手だと言ってくれたわ!」
「学院とはオヴェルニー学院のことでしょうか? もしそうであれば、生徒たちはすでに魔法の基礎は出来上がっているはずです。あなたがしたことは、主に魔法のイメージを明確化するお手伝いだったのではありませんか?」
「う……」
「あなたは感覚的なものが優れています。呪文に頼らずに魔法が放てるとはそういうこと。初心者の魔法使いが躓くのはそこですので、イメージの明確化をサポートしてもらえることは確かにありがたいですね」
モニカとシチュリアの会話を聞いていたアーサーが納得した様子で頷く。
「そういうことかー! トロワの子たちに魔法を教えられたのも、教会で働いてる子が多かったし、魔法を使い慣れてる子たちだったもんね」
「そんなことないもん! 魔法が全然使えない子もいたもん!!」
「そもそもあの子たちは杖なしで魔法を使ってるよね? シチュリア、杖なしで魔法を使うのは難しいって言ってたけど、モニカに教えてもらった子たちは杖も呪文もなしに魔法を使ってたよ」
「……嘘ですよね?」
「ほんと!」
かくかくしかじか、双子はトロワの子どもたちが、モニカの教えの元で杖と呪文なしで魔法を使えるようになったことを説明した。
説明を聞き終えたシチュリアは、ジトッとした目でモニカを見ている。
「なるほど分かりました。時魔法と回復魔法という難易度の高い魔法を、杖も呪文もなしに使えるよう普通の子どもたちに教えたと」
「うん!」
「とんでもないことをしますね」
「えっ」
感心してもらえると思っていたのに、シチュリアは非難に近い視線を彼女に送っていた。
「モニカ。あなたは好意で教えたでしょうし、子どもたちもあなたの人柄が好きで一生懸命練習したのでしょう。普通の魔法使いが杖も呪文も用いずに高度魔法を操ることができるなんて、よっぽど彼らは苦労したと思いますよ」
「……たしかに、とっても大変そうだったけど……」
「杖があれば消費魔力も抑えられます。そうすれば魔法を使用できる時間も長くなる。当時は一文無しの子でしたでしょうが、今はある程度の収入はあるのでしょう? モニカ、その子どもたちを杖屋に連れて行ってあげてください。そして、呪文を教えてあげてください。今よりずっと、子どもたちの負担が軽減されますよ」
今までしてきたことを否定されたように感じて、モニカは泣きそうな顔で俯いた。
落ち込ませてしまったことに気付き、シチュリアは少し狼狽える。
「あ……。いけない、またやってしまったわ。思っていることをそのまま言うのではなくて、優しい言葉で包んであげなさいってフィックに言われていたのに……」
「ううん……。シチュリアの言う通りだわ。学院の魔力が高い子たちでさえ、歌で魔法を使えなかったのに。わたしはわたししか教える人がいないことをいいことに、子どもたちに無理をさせちゃってたのね……」
「……それでも、あなたが魔法を教えたおかげで、今の子どもたちがあるのです。確かに子どもたちにとって、あなたの指導は厳しい道のりでしたでしょう。ですがそれを乗り越えられるほどの強さがあった。生きようとする強さが」
さきほどと比べてしどろもどろではあったが、シチュリアはモニカに励ましの言葉をかけた。
アーサーも、妹の手を握ってニッコリ笑う。
「モニカ! 今回のことがひと段落したら、トロワの子たちをシャナの杖屋に連れて行こうよ! それでシャナにぴったりの杖を選んでもらおう! 大丈夫、今じゃみんな金貨20枚以上の貯金があるよ。杖がいらない子は無理に連れて行かなくていいし、欲しい子だけ連れて行ったらいいでしょ?」
「うん……」
「たしかにシチュリアの言ってることは正しいのかもしれないけど。それでも、モニカのおかげでさ、トロワの子たちは杖がなくたって魔法が使えるようになったんだよ! 杖が奪われたって魔法が使えるのは強みになってるはず!」
アーサーの言葉に、シチュリアが大きく頷く。
「それは間違いないですね。杖を握りながらでしか魔法を使ったことがない人は、まず杖なしでは魔法を発動できません。そのため魔法使いは杖を奪われたら死も同然なのですが、その子たちは違います。杖を与えられる前にそれを教わることができたのは、ある意味幸運だったのかも」
「ありがとう、アーサー、シチュリア……。でも、わたし、呪文知らないもん……。ちゃんとした魔法の使い方なんて、分からないから教えられないよ……」
「そこは僕に任せて! 呪文と杖の振り方だけなら僕が覚えるよ! それ以外のところはモニカが教えて!」
「でもそんなのかっこわるいよ。わたし、魔法使いなのに」
「なに言ってるのさ!」
アーサーが妹の背中をべしんと叩いた。珍しく強めに叩いたので、モニカはびっくりして兄の顔を見た。アーサーはムッとした表情で唇を尖らせている。
「かっこわるくないよ。自分と違うやり方なんだから仕方ないじゃないか。それに、血を飲ませてもらわないとしんどくなっちゃう僕の方がかっこわるいよ」
「かっこわるくない!」
今度はモニカが頬を膨らませた。それを見て、アーサーは体の力を抜いて柔らかい表情に戻る。
「モニカと僕は今まで、お互いに補い合って生きてきたでしょ。それはなにも恥ずかしいことでも、かっこわるいことでもないよ。だって僕たちはふたりでひとつなんだもん」
「……うん」
「血が必要な僕に血を飲ませてくれるモニカ。呪文や杖の振り方が分からないモニカの代わりに教える僕。僕たちふたりで完結することに、遠慮はしないでおこう。モニカもその方がいいでしょ?」
兄の言葉に、モニカは口元を緩めてコクコク頷いた。
「じゃあ、そうしてもらおっかな」
「うん」
「アーサー、ありがと!」
「モニカもありがとうね」
「えへへ、だいすきー」
「僕もだいすきー!」
モニカの機嫌が直り、またわちゃわちゃし始めた双子。そんな彼らを虚無の顔で眺めている少女が一人。
(いつになったらアーサーの魔法を調べられるのかしら……)
「はい。というのも、呪文と杖の動きにはちゃんと意味があるからです。一般的な人は、杖がないと魔法を使えませんよね? それは、人だけの力では魔力を魔法に変換することが非常に難しいのと、杖に魔力を補ってもらわないとすぐに魔力が枯渇してしまうからです」
(えー!? 杖使わずに魔法使うことってそんなすごいことだったの!? モニカってもしかしてとんでもない魔法使いなんじゃ……!)
(そ、そうなのぉ!? トロワの子たちでもできてたのに!?)
「杖を持ったとしても、杖に正しく使いたい魔法を伝えるためには、濁りのないイメージを持った上でシンプルな命令を出さなければなりません。そこで人が考えついたのが、呪文と杖の振り方です」
アーサーはそもそも魔法については全く知識がなく、モニカも基礎的なことすぎて学院でも教えてもらったことがなかった。双子は口をぽかんと開けて彼女の話を聞いていた。
「呪文と杖の振り方を魔法ごとに決めておくことで、放ちたい魔法のイメージを明確化して、必要な魔力量を最適な速度で杖に流し込み、杖にもそのイメージが伝わりやすくなり、主人のイメージ通りの魔法を放つことができるのです」
「ほえぇー……」
「モニカのような魔法使いは、そのようなことをすっ飛ばしてでも魔法が使えるのでしょう。それに彼女の杖も相当優秀ですよ。モニカは逆に魔力が多すぎますので、おそらく魔力を適正な量に絞ってくれているのではありませんか?」
「うん、そうらしいよ!」
「その上あの無茶苦茶な魔法の使い方でしょう? とんでもない主人ですね」
シチュリアは哀れみのこもった表情で藍を撫でた。
《ふんっ。その通りだ。主の魔法は質が良く素晴らしいが、なかなかに身勝手な魔法使いである。モニカは我でなければダメなのだ。我がいてやらんとな》
「うん! 藍じゃなきゃいやー! だからこれからもよろしくね、藍!」
《仕方がない。仕方がないからこの身朽ちるまで主の傍でいてやろう。全く仕方がない》
仲の良さを見せつけるモニカと杖を眺めていたアーサーは、どうして藍もアサギリも、大好きな人相手になるとツンツンするんだろうとぼんやり考えていた。
「というわけで、結論を申し上げますとモニカは教える側には向いていません」
シチュリアがぴしゃりと言ってのけた言葉が納得できなかったらしく、モニカは頬を膨らませて手を上げた。
「で、でも! わたしは学院で生徒に魔法を教えてたし、みんなわたしが教え方が上手だと言ってくれたわ!」
「学院とはオヴェルニー学院のことでしょうか? もしそうであれば、生徒たちはすでに魔法の基礎は出来上がっているはずです。あなたがしたことは、主に魔法のイメージを明確化するお手伝いだったのではありませんか?」
「う……」
「あなたは感覚的なものが優れています。呪文に頼らずに魔法が放てるとはそういうこと。初心者の魔法使いが躓くのはそこですので、イメージの明確化をサポートしてもらえることは確かにありがたいですね」
モニカとシチュリアの会話を聞いていたアーサーが納得した様子で頷く。
「そういうことかー! トロワの子たちに魔法を教えられたのも、教会で働いてる子が多かったし、魔法を使い慣れてる子たちだったもんね」
「そんなことないもん! 魔法が全然使えない子もいたもん!!」
「そもそもあの子たちは杖なしで魔法を使ってるよね? シチュリア、杖なしで魔法を使うのは難しいって言ってたけど、モニカに教えてもらった子たちは杖も呪文もなしに魔法を使ってたよ」
「……嘘ですよね?」
「ほんと!」
かくかくしかじか、双子はトロワの子どもたちが、モニカの教えの元で杖と呪文なしで魔法を使えるようになったことを説明した。
説明を聞き終えたシチュリアは、ジトッとした目でモニカを見ている。
「なるほど分かりました。時魔法と回復魔法という難易度の高い魔法を、杖も呪文もなしに使えるよう普通の子どもたちに教えたと」
「うん!」
「とんでもないことをしますね」
「えっ」
感心してもらえると思っていたのに、シチュリアは非難に近い視線を彼女に送っていた。
「モニカ。あなたは好意で教えたでしょうし、子どもたちもあなたの人柄が好きで一生懸命練習したのでしょう。普通の魔法使いが杖も呪文も用いずに高度魔法を操ることができるなんて、よっぽど彼らは苦労したと思いますよ」
「……たしかに、とっても大変そうだったけど……」
「杖があれば消費魔力も抑えられます。そうすれば魔法を使用できる時間も長くなる。当時は一文無しの子でしたでしょうが、今はある程度の収入はあるのでしょう? モニカ、その子どもたちを杖屋に連れて行ってあげてください。そして、呪文を教えてあげてください。今よりずっと、子どもたちの負担が軽減されますよ」
今までしてきたことを否定されたように感じて、モニカは泣きそうな顔で俯いた。
落ち込ませてしまったことに気付き、シチュリアは少し狼狽える。
「あ……。いけない、またやってしまったわ。思っていることをそのまま言うのではなくて、優しい言葉で包んであげなさいってフィックに言われていたのに……」
「ううん……。シチュリアの言う通りだわ。学院の魔力が高い子たちでさえ、歌で魔法を使えなかったのに。わたしはわたししか教える人がいないことをいいことに、子どもたちに無理をさせちゃってたのね……」
「……それでも、あなたが魔法を教えたおかげで、今の子どもたちがあるのです。確かに子どもたちにとって、あなたの指導は厳しい道のりでしたでしょう。ですがそれを乗り越えられるほどの強さがあった。生きようとする強さが」
さきほどと比べてしどろもどろではあったが、シチュリアはモニカに励ましの言葉をかけた。
アーサーも、妹の手を握ってニッコリ笑う。
「モニカ! 今回のことがひと段落したら、トロワの子たちをシャナの杖屋に連れて行こうよ! それでシャナにぴったりの杖を選んでもらおう! 大丈夫、今じゃみんな金貨20枚以上の貯金があるよ。杖がいらない子は無理に連れて行かなくていいし、欲しい子だけ連れて行ったらいいでしょ?」
「うん……」
「たしかにシチュリアの言ってることは正しいのかもしれないけど。それでも、モニカのおかげでさ、トロワの子たちは杖がなくたって魔法が使えるようになったんだよ! 杖が奪われたって魔法が使えるのは強みになってるはず!」
アーサーの言葉に、シチュリアが大きく頷く。
「それは間違いないですね。杖を握りながらでしか魔法を使ったことがない人は、まず杖なしでは魔法を発動できません。そのため魔法使いは杖を奪われたら死も同然なのですが、その子たちは違います。杖を与えられる前にそれを教わることができたのは、ある意味幸運だったのかも」
「ありがとう、アーサー、シチュリア……。でも、わたし、呪文知らないもん……。ちゃんとした魔法の使い方なんて、分からないから教えられないよ……」
「そこは僕に任せて! 呪文と杖の振り方だけなら僕が覚えるよ! それ以外のところはモニカが教えて!」
「でもそんなのかっこわるいよ。わたし、魔法使いなのに」
「なに言ってるのさ!」
アーサーが妹の背中をべしんと叩いた。珍しく強めに叩いたので、モニカはびっくりして兄の顔を見た。アーサーはムッとした表情で唇を尖らせている。
「かっこわるくないよ。自分と違うやり方なんだから仕方ないじゃないか。それに、血を飲ませてもらわないとしんどくなっちゃう僕の方がかっこわるいよ」
「かっこわるくない!」
今度はモニカが頬を膨らませた。それを見て、アーサーは体の力を抜いて柔らかい表情に戻る。
「モニカと僕は今まで、お互いに補い合って生きてきたでしょ。それはなにも恥ずかしいことでも、かっこわるいことでもないよ。だって僕たちはふたりでひとつなんだもん」
「……うん」
「血が必要な僕に血を飲ませてくれるモニカ。呪文や杖の振り方が分からないモニカの代わりに教える僕。僕たちふたりで完結することに、遠慮はしないでおこう。モニカもその方がいいでしょ?」
兄の言葉に、モニカは口元を緩めてコクコク頷いた。
「じゃあ、そうしてもらおっかな」
「うん」
「アーサー、ありがと!」
「モニカもありがとうね」
「えへへ、だいすきー」
「僕もだいすきー!」
モニカの機嫌が直り、またわちゃわちゃし始めた双子。そんな彼らを虚無の顔で眺めている少女が一人。
(いつになったらアーサーの魔法を調べられるのかしら……)
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