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決戦編:裏S級との戦い

人を殺す回復魔法

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 彼らの話が耳に届いたようで、マルムは「ああ、あれか」と呟いた。

「〝マーファー〟のトップを暗殺したことは覚えてる。君、その娘?」
「そうだ。テメェを探すためだけに、血反吐吐きながらS級冒険者まで這いあがったんだ。簡単には死ぬなよ、え?」

 ミントは太ももに挿していた短剣を取り出し、クルクル回して弄んだ。そしてスーッとマルムの服を裂き、肌に刃先を軽く載せて走らせる。薄くついた傷から血が滴り落ちた。

「……なにしてんの」
「皮を剥ぐ」
「……悪趣味。僕でもそんなことしない」
「それから管をつないだまま肺を取り出してやるよ」

 ミントの恐ろしい発言の連続に、S級全員が止めに入った。

「ストーーーーップ!! ミント落ち着け!? な!? これじゃあどっちが悪者か分かんねえだろうが!!」
「そいつ一応ジルのアニキなんだからな!? ジルの前で、そんな殺し方だけはしてやるな!! ……こいつ今気失ってるが……!」
「いつものミントに戻ってくれええええ!! 頼む~!!」

 大騒ぎする仲間の声に、ミントはハッと我に返った。

「……ご、ごめ~ん。ちょっと興奮しちゃったみたい~」
「どこが〝ちょっと〟だぁぁぁ……! 俺、もうお前のことこわい!!」

 ヒィィィン……と呻き、両手で顔を覆うクルド。ミントは苦笑いをして、短剣を太ももに戻した。

「ク、クルド、もう大丈夫だから~! ちゃんと魔法でぶっ殺……倒すから、ね?」
「ヒィンヒイン!」

 ミントの力が緩んだので、マルムが彼女の手を振り払う。

「……君たち緊張感なさすぎない? さっきからなんでそんなコミカルなの」
「どこがコミカルなんだよ!! お前さっきまで皮剥がれて肺を取り出されようといてたんだぞ!?」
「敵に心配される筋合いはない」
「へえ、そうなの?」

 ミントが顎に指を添え、キョトンとした顔で首を傾げた。今ではその仕草全てがわざとらしく見えて恐ろしい(と、クルドは思った)。

「もう死んでるのに?」
「え?」

 何を言っているんだと、マルムがミントを見た。しかし彼女の目に嘘をついている様子はない。
 ふと違和感を抱き、マルムは自身の胸に手を置いた。

「……」

 心臓が止まっている。

「……え」

 ミントはにっこり笑い、説明した。

「私はとっても優秀な回復魔法使い。回復魔法は臓器などの生物の体を構成しているもの――骨は難しいけど――を修復したり治癒スピードを上げるもの。言い換えれば、自他問わず身体を杖一本で操る魔法。使い方によっては――臓器の働きを止めることもできるの~。あはは! これのどこが回復魔法なのよね~」
「……」

 マルムの顔面が蒼白になる。慌てて心臓を動かそうと胸を何度も強く押すが、再び動き出す気配はない。

「もう一度言うね~。あなた、ジルに感謝しなさいよ? そうじゃなかったら、こんなあっさり死なせてもらえなかったんだから。あ、でもやっぱりあなたの血は見たいから、首は撥ねさせてね~」

 ミントがカミーユに合図をした。カミーユはため息を吐き、マルムの首を撥ねた。
 血が天井高くまで噴き上がるのを見て、ミントはキャッキャとはしゃぐ。

 茫然としているS級冒険者。その中でクルドは一人、おんおんと泣いていた。

「こえぇよぉ~!! こんなこえぇ回復魔法使い、俺知らねえよぉ~!!」
「だ、大丈夫だよ~! 普通の回復魔法使いはこんなことできないから~! 私の卓越したセンスとコントロールによってはじめてできることだから~!」

 ミント曰く、回復魔法のこうした使い方は特殊なため、簡単には使えない上に魔力をごっそり持っていかれるそうだ。ミントはこの方法をマルムに使おうと予め決めていたので、そのために魔力をギリギリまで温存していたらしい。

「お前っ、まじっ、今までの信頼感がなかったら……まじ、俺、逃げてた……!」
「あはは~! こんなこと、マルム以外にはしないよ~。でもこのせいで魔力すっからかんになっちゃった~」
「あああ……お前の貴重な魔力がぁぁぁっ……! バカやろう~……!」
「仕方ないじゃない~。序盤にちょっとかかった反魔法液のせいで、余計に無理して魔法使ってたんだから~」

 そんなやりとりをしている間に、気を失っていたジルが目を覚ました。
 首がなくなった兄を見て、「死んだんだね」と呟く。

「ジル、ごめんね……。あなたが気絶してる間に倒しちゃった~……」
「いいよ。ミントはすっきりした?」
「うん……。すっきりした」
「よかった」

 ジルは起き上がり、マルムの頭に触れる。

「生き残った、たった一人の僕の兄弟。君も死に、とうとう僕ひとりになっちゃったね。僕は幼い頃、君のことが大好きだった。ひどいことをされても君のことが好きだった」

 体から離れたマルムの頭は、ジルの言葉を聞いても虚ろな方向に目を開いているだけだ。

「でも……このダンジョンに行くと決めた時、僕は君を殺すと決めた。家族への憎しみから解放された今では、勇気のいる決断だったよ。君がサンプソンを傷つけたときは殺したいとすら思ったけどね」

 フッと口元を緩め、ジルは小さくため息を吐く。

「ミントに殺されたのは自業自得。暗殺業をしていたら、復讐されても少しもおかしくない。君もそのつもりでやってただろうから、文句は言いっこなしだよ」

 ジルはそっとマルムの頭に手を載せ、瞼を閉じさせた。

「でも……やっぱり死んでる君を見ると、どこか悲しいね」

 天を仰いだジルの頬には、涙の跡が一筋残されていた。

「さようなら、兄さん」
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