35 / 46
第五章
4.視線の主
しおりを挟む
坂上くんのお祖母さんが書斎へと案内して下さったのでぞろぞろと皆で後ろをついて歩いた。
それにしても坂上くんは始終ほんわかにこにこしていて、小さなお祖母ちゃんの後をついて歩く大きな姿がなんとも言えずかわいい。
とても綺麗なお家だ。こじんまり造られているけど、和風と洋風な所がうまく合わさっていて、夫婦のお二人が趣味で飾られているであろう古くて華美でない美術品や、活けてある野草の様なお花なども趣味がいい。どこもしっとりと落ち着いた雰囲気だった。なんとなく例の人にも居心地が良いのだろうと思われる。
書斎のソファーは三人掛け一台と一人掛け二台がローテーブルを挟んで対面に置いてあり、三人掛けの方に尾根山くんと私と百家くんが座り、反対側の一人掛けが二つ並んでいる方におじいさんと坂上くんが座った。
書棚には多くの本と少しの古美術が置かれ、ここもゆったりとした素敵な場所だ。アレさえいなければもっと。
つまり、部屋の中には私達以外に、さっきの視線の主が居た。
百家くんと私にはそれが視える。その人はお祖父さんの左肩の辺りに頭をくっつけるようにして後ろに立っている感じだった。でも部屋の中に私達が入っていくと、ヒイヒイと小さな叫び声をあげて部屋の一番暗い隅の陰に隠れるように佇んだ。他の三人には何も聞こえていないし気配も分からなかった様だ。
実は、この家に入る前に庭を周った時、百家くんが二人に気づかれない様に四か所に何かを埋めていたのを知っている。今から行うお祓いの前準備なのだろう。
書斎に入ってお互いの挨拶が済んだ。なるほど、坂上くんの体格と同じようにおじいさんはがっしりとしていた。こちらからの遺伝らしい。おばあさんはお茶を用意してくると部屋を後にした。
「今日は来てくれてありがとう。なんだかとても気分が良くなってきたよ。百家くんは神社のお子さんだと聞いたけど、お祓いとかを君もするの?」
おじいさんは優しくて丁寧な口調で話しをする人だ。こういう所も坂上くんと似ている。
「はい、家は成り立ちが特殊な神社らしいので色々と作法が違いますが、小さいころからそれらを母に叩きこまれて育ちました」
それは私も初めて聞く話だなと思った。彼のお母さんの話はまだ本人から聞いた事がなかった。
「成程、そうなんだね。君達が来てくれてから家の空気が変わった気がする。私も古物を扱う事から色々な話を聞いてはいて、それについては半信半疑ではあったけれども、いざ自分が体験すると信じる気持ちが強くなりました。見ていただきたいのは此方です」
お祖父さんは小箱にしまわれた今回の問題の品物を見せてくれた。箱の蓋を開けると万年筆には黒い瘴気が纏わりついているのが見える。たぶん一番お気に入りの万年筆に憑いているのだろう。なんだっけ、間違えて息子の名前になったミスもののペン。
「私がこれを手にする事によって、もしかすると物が壊れてしまうかも知れませんが良いですか?」
百家くんはおじいさんにそう聞いた。
「どんな形であれ、憑いている物からその人が解放されたら良いと願います。物自体を焼却しなければ駄目ならそれも仕方ないと思っています。もし君の家の神社に持って帰ることが必要ならお願いしたい。そうだな、私は確かに趣味で万年筆を集めるのは好きだけど、形がある物は壊れて失われる事が当たり前だと理解しているし、集める事を楽しむのは好きだけれど、それほど物自体には執着しないんだ。大切だと思える事の方を大事にしたいと思うよ」
それを聞いた百家くんはフッと笑った。
すると、きょわ~ん、きゅい~ん、きょわきゅい~ん・・・。聞きなれた白狐の鳴き声がして、白い風が一陣吹き抜ける。静かにソファーから立ち上がった百家くんは部屋の隅に向かって歩いて行くと、何かの法則に基づいて左右の手で片方ずつ不思議なリズムで空を切り、その後、パン!パン!パン!パン!と大きな音で開手を打った。
彼の足元に五芒星の光が浮かび上がる。光の中から白狐が現れると宙で一回転して口に咥えている神具の鈴を鳴らした。
シャン、シャン、シャンと音が聞こえると。男の口から「あぁあぁぁぁぁぁ・・・」というような苦しそうな声が響き、部屋の隅にいた身体はまるで掃除機に吸い取られるように一本の万年筆に吸い込まれていった。
それはまるでゴースト映画のワンシーンのようだった。
百家くんはきちんと箱を閉じて、自分の持ち物から取り出した麻紐の様な物で十字にきっちりと結び、その上に朱色で描かれた護符を貼り付けた。
その無駄のない流麗な動きはかなり慣れたものに見える。
「この万年筆はこのまま神社に持ち帰ります」
「・・・お願いします」
坂上くんのお祖父さんは、百家くんに向かって静かに頭を下げた。
帰りは駅まで送るという坂上くんの申し出を断った。念のために彼のお祖父さんについていてあげて欲しかったのだ。憑き物はとれたけれど、心の負担もあるだろう。彼がついていてくれたら安心だ。
また後日、改めて神社の方にはおじいさんが連絡をするとの事だったので、連絡先を交換して帰る事になった。
私が見た百家くんのお祓いは、他の人には同じようには見えていないようだ。どの程度視えるかどうかで変わるののかもしれない。こういうのは人によって様々だし、視える人でも体調などで突然視えなくなることもあるらしいのだ。百家くんのように仕事として請け負うならば安定した力を持っていないといけないだろう。それはそれでキツイことだなと他人事の様に思ったけど、後でそれは考え違いだと彼に正されることになる。
今日の出来事は尾根山くんには驚きの連続だったらしい。男の声が聞こえて恐ろしかったと言っていた。
コンデトライカフェで三人でお茶をしている時に聞いたのだ。幽霊だとか、狐だとかはどうやら見えなかった様だ。
カフェのショーケースの中には様々なケーキが並んでいてどれにしようかと迷って三つにした。
男子二人はケーキは大人っぽくザッハトルテにして、コーヒーを頼んでいた。
「コーヒー苦くない?」
「ミルクも砂糖も入れたからね。塙宝さん、ケーキ三つで足りる?」
「うん。結局、モンブランとザッハトルテとジュレにした」
まずは、かっちりとした形のザッハトルテをフォークで切り分けて口に運ぶ。ねっとりと重厚なチョコのほろ苦さと甘さを堪能し、そのくちどけを楽しんだ。
「あ、そうそう、確か万年筆のブランド名、モンブラン社だった」
尾根山くんがスッキリした顔でそう言った。
「おまえなぁ、今さらそこかよ」
プッと百家くんが笑い。私も一緒に笑った。
それにしても坂上くんは始終ほんわかにこにこしていて、小さなお祖母ちゃんの後をついて歩く大きな姿がなんとも言えずかわいい。
とても綺麗なお家だ。こじんまり造られているけど、和風と洋風な所がうまく合わさっていて、夫婦のお二人が趣味で飾られているであろう古くて華美でない美術品や、活けてある野草の様なお花なども趣味がいい。どこもしっとりと落ち着いた雰囲気だった。なんとなく例の人にも居心地が良いのだろうと思われる。
書斎のソファーは三人掛け一台と一人掛け二台がローテーブルを挟んで対面に置いてあり、三人掛けの方に尾根山くんと私と百家くんが座り、反対側の一人掛けが二つ並んでいる方におじいさんと坂上くんが座った。
書棚には多くの本と少しの古美術が置かれ、ここもゆったりとした素敵な場所だ。アレさえいなければもっと。
つまり、部屋の中には私達以外に、さっきの視線の主が居た。
百家くんと私にはそれが視える。その人はお祖父さんの左肩の辺りに頭をくっつけるようにして後ろに立っている感じだった。でも部屋の中に私達が入っていくと、ヒイヒイと小さな叫び声をあげて部屋の一番暗い隅の陰に隠れるように佇んだ。他の三人には何も聞こえていないし気配も分からなかった様だ。
実は、この家に入る前に庭を周った時、百家くんが二人に気づかれない様に四か所に何かを埋めていたのを知っている。今から行うお祓いの前準備なのだろう。
書斎に入ってお互いの挨拶が済んだ。なるほど、坂上くんの体格と同じようにおじいさんはがっしりとしていた。こちらからの遺伝らしい。おばあさんはお茶を用意してくると部屋を後にした。
「今日は来てくれてありがとう。なんだかとても気分が良くなってきたよ。百家くんは神社のお子さんだと聞いたけど、お祓いとかを君もするの?」
おじいさんは優しくて丁寧な口調で話しをする人だ。こういう所も坂上くんと似ている。
「はい、家は成り立ちが特殊な神社らしいので色々と作法が違いますが、小さいころからそれらを母に叩きこまれて育ちました」
それは私も初めて聞く話だなと思った。彼のお母さんの話はまだ本人から聞いた事がなかった。
「成程、そうなんだね。君達が来てくれてから家の空気が変わった気がする。私も古物を扱う事から色々な話を聞いてはいて、それについては半信半疑ではあったけれども、いざ自分が体験すると信じる気持ちが強くなりました。見ていただきたいのは此方です」
お祖父さんは小箱にしまわれた今回の問題の品物を見せてくれた。箱の蓋を開けると万年筆には黒い瘴気が纏わりついているのが見える。たぶん一番お気に入りの万年筆に憑いているのだろう。なんだっけ、間違えて息子の名前になったミスもののペン。
「私がこれを手にする事によって、もしかすると物が壊れてしまうかも知れませんが良いですか?」
百家くんはおじいさんにそう聞いた。
「どんな形であれ、憑いている物からその人が解放されたら良いと願います。物自体を焼却しなければ駄目ならそれも仕方ないと思っています。もし君の家の神社に持って帰ることが必要ならお願いしたい。そうだな、私は確かに趣味で万年筆を集めるのは好きだけど、形がある物は壊れて失われる事が当たり前だと理解しているし、集める事を楽しむのは好きだけれど、それほど物自体には執着しないんだ。大切だと思える事の方を大事にしたいと思うよ」
それを聞いた百家くんはフッと笑った。
すると、きょわ~ん、きゅい~ん、きょわきゅい~ん・・・。聞きなれた白狐の鳴き声がして、白い風が一陣吹き抜ける。静かにソファーから立ち上がった百家くんは部屋の隅に向かって歩いて行くと、何かの法則に基づいて左右の手で片方ずつ不思議なリズムで空を切り、その後、パン!パン!パン!パン!と大きな音で開手を打った。
彼の足元に五芒星の光が浮かび上がる。光の中から白狐が現れると宙で一回転して口に咥えている神具の鈴を鳴らした。
シャン、シャン、シャンと音が聞こえると。男の口から「あぁあぁぁぁぁぁ・・・」というような苦しそうな声が響き、部屋の隅にいた身体はまるで掃除機に吸い取られるように一本の万年筆に吸い込まれていった。
それはまるでゴースト映画のワンシーンのようだった。
百家くんはきちんと箱を閉じて、自分の持ち物から取り出した麻紐の様な物で十字にきっちりと結び、その上に朱色で描かれた護符を貼り付けた。
その無駄のない流麗な動きはかなり慣れたものに見える。
「この万年筆はこのまま神社に持ち帰ります」
「・・・お願いします」
坂上くんのお祖父さんは、百家くんに向かって静かに頭を下げた。
帰りは駅まで送るという坂上くんの申し出を断った。念のために彼のお祖父さんについていてあげて欲しかったのだ。憑き物はとれたけれど、心の負担もあるだろう。彼がついていてくれたら安心だ。
また後日、改めて神社の方にはおじいさんが連絡をするとの事だったので、連絡先を交換して帰る事になった。
私が見た百家くんのお祓いは、他の人には同じようには見えていないようだ。どの程度視えるかどうかで変わるののかもしれない。こういうのは人によって様々だし、視える人でも体調などで突然視えなくなることもあるらしいのだ。百家くんのように仕事として請け負うならば安定した力を持っていないといけないだろう。それはそれでキツイことだなと他人事の様に思ったけど、後でそれは考え違いだと彼に正されることになる。
今日の出来事は尾根山くんには驚きの連続だったらしい。男の声が聞こえて恐ろしかったと言っていた。
コンデトライカフェで三人でお茶をしている時に聞いたのだ。幽霊だとか、狐だとかはどうやら見えなかった様だ。
カフェのショーケースの中には様々なケーキが並んでいてどれにしようかと迷って三つにした。
男子二人はケーキは大人っぽくザッハトルテにして、コーヒーを頼んでいた。
「コーヒー苦くない?」
「ミルクも砂糖も入れたからね。塙宝さん、ケーキ三つで足りる?」
「うん。結局、モンブランとザッハトルテとジュレにした」
まずは、かっちりとした形のザッハトルテをフォークで切り分けて口に運ぶ。ねっとりと重厚なチョコのほろ苦さと甘さを堪能し、そのくちどけを楽しんだ。
「あ、そうそう、確か万年筆のブランド名、モンブラン社だった」
尾根山くんがスッキリした顔でそう言った。
「おまえなぁ、今さらそこかよ」
プッと百家くんが笑い。私も一緒に笑った。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる