友だちは君の声だけ

山河 枝

文字の大きさ
3 / 47

3 お母さんに嘘をつく

しおりを挟む
 音の出どころは、お母さんのズボンのポケットだった。

「お母さん。電話、出ないの?」

 ホッとしながら、食卓の向こうへ声をかける。お尻のポケットに突っこまれた、お母さんのケータイを指さして。
 お母さんは包丁を持つ手を止めて、チラッと私を振り返った。

「いいのよ。これ、知らない番号からかかってきた時の音だから。すぐ切れるわ……ほら」
「でも、登録してないだけで、友だちとかかもしれないでしょ?」

 私だってそう思ったから、ユウマくんの電話に出たのに。

「だとしても、大事な用ならまたかけてくるわよ」
「え。それじゃ、知らない番号からかかってきたら、一旦無視した方がいいの?」
「とりあえず、お母さんはそうしてるけど……」

 お母さんは、持っていた包丁をまな板に置いて、タオルで手をふいた。そして、ゆっくりと私に向き直った。
 少し眉をひそめて、私を──私の握るケータイを見つめている。

「芽衣。ひょっとして、知らない人からの電話に出た?」

 私は、飛び上がりそうになるのを一生懸命こらえた。

「う、ううん!」
「でも、さっき2階でしゃべってなかった?」

 しまった、聞こえてたんだ!

「あー……美咲が、ちょっと」
「美咲ちゃん? 何の用事?」
「えっと、えっとね。なんとなくかけてみただけ……って、言ってたかな?」

 アハハと頭をかくと、お母さんは、私の顔をジッと見つめてきた。肩まである茶髪を、ゆっくり耳にかける。
 表情は厳しい。テレビドラマに出てきた、犯人のうそを暴こうとする警察の人みたいだ。

「……ちょっとくらいなら、まあいいけど」

 私から目をそらして、お母さんはため息をついた。

「美咲ちゃん、強引なところがあるから……そのうち、夜中にまでかけてくるんじゃないかしら。今はお家が複雑だから、気晴らししたいのはわかるけどね」

 お家が複雑、というのは、最近になって美咲のお母さんが再婚したことを言ってるんだろう。

 私のお母さんは、時々、美咲のことを別世界の人間みたいに言う。「美咲ちゃんは芽衣とは違う、特殊な子なのよ」とでも言いたげに。
 そのたび、なぜか吐き気に似た感覚が、私のお腹に溜まっていく。

 お母さんは手を包丁に伸ばしかけ、けれどまた私の方を見た。

「あのね、芽衣。美咲ちゃんの事情とうちのルールは、関係ないんだからね。次、またあの子から電話がかかってきたら、『用事がない時は電話できない』ってちゃんと言いなさい。あんたの悪いところは押しが弱いことよ。もっとしっかりして。もう4年生なんだから」
「で、でも、ちょっと電話するくらいならいいんでしょ?」
「そりゃあ、ちょっとで済めばいいけど。どんどんエスカレートして、夜遅くまで起きてたり勉強しなくなったりしたら、ケータイ解約するわよ」
「わ、わかってる」

 私はコクコクとうなずいた。お母さんは、ようやく目つきをやわらげて、台所の方を向いた。

 よかった、この場はやり過ごせた。だけど明日はどうしよう。

(ユウマくんと約束しちゃった……明日、絶対に電話に出るって)

 かかってきても無視しようか。でも、あんなに必死で「またかけさせて」ってお願いしてきたのに。無視したら、ユウマくんはどんなに傷つくだろう。昔、お父さんも「約束を破ったら、相手を悲しませるんだよ」って言ってた。

 だけど、知らない子としゃべっているなんてばれたら、お母さんにものすごく怒られる。きっとケータイも取り上げられちゃう。

(でも、『ちょっとならいい』って言われたし……15分くらいなら大丈夫かな? それで、私があんまり声を出さないようにしたら、美咲と電話してるってごまかせるかも)

 なんとかなるかもしれない。私は「よし」とつぶやいて、ケータイを握りしめた。
 親指の下で、カチッと音量ボタンが小さく鳴って、

「あっ、音の消し方!」

 と、思い出した。

 ✳︎

「……っていうことがあったの。だから私、大きな声は出せないんだ」
『そっか……ごめんね、わがまま聞いてもらって』

 次の日の、夕方5時。自分の部屋で宿題をしていると、約束通りユウマくんから電話がかかってきた。
 通話ボタンを押してすぐ、私は事情を説明した。窓の向こうの、夕焼けを背にして鳴いているカラスたちより、うんと小さい声で。

『じゃ、メイさんはあんまりしゃべらないほうがいいかな?』

 ユウマくんが、ヒソヒソと小さく言った。

「うん。でも、ユウマくんはふつうにしゃべっていいんだよ」
『あ、そっか。メイさんにつられちゃった』

 えへへ、と照れくさそうな笑い声がした。その中に、うれしいという気持ちがたくさん詰まっている。

 声だけなのに「うれしい」が伝わってくるなんて。誰かとの電話を、本当に本当に、心待ちにしていたんだろうな。
 つられて私まで、胸の奥がくすぐったくなった。

『今日は……何を話そうかなあ。給食のことにしようかな。階段のとこで見た、虫の話にしようかな』

 ユウマくんはうれしそうな声のまま、ひとりごとを言い始めた。その中の「虫」という言葉で、私の口がひとりでに引きつった。

「……私、虫、苦手」

 宇宙人みたいな口調で、ボソッとつぶやく。

『そうなの? それじゃ、うちのアパートには住めないね』
「え……けっこう虫が出る家なの?」
『うん。クモとか、蚊とか。ゴキブリなんか、1日に1匹は見るよ』

 私ののどから、「げっ」と濁った音が漏れた。

「うええ……なんでそんなにいるの?」
『うーん。壁のひびから入ってくるのかも』
「壁のひび……? ひびってどういうこと?」
『窓際の壁にね。指が3本入るくらいの、大きいひびがあるんだ』

 それはひびじゃなくて、穴だと思う。

「もしかして……ユウマくんのアパート、めちゃくちゃ古い?」

 ユウマくんは、困ったように笑った。

『古いし、ボロボロだよ』

 どうボロボロなのかというと、畳の一部が腐ってブヨブヨしていたり、壁のひびから風が入ってきて、冬は外と同じくらい寒かったり……。

「す、すごい家だね。それじゃ、エアコンつけても意味ないんじゃない?」
『えあこんって何? 野菜?』
「……ユウマくんの家、電気ないの?」
『あるよ。なかったら、ケータイが充電できないよ』

 それもそうだ。だけどエアコンがついていないのか。珍しい。

(しかも、家の中なのに畳が腐ってたり、壁に穴が空いてるんだったら、外はドロドロに汚れてるのかな)

 そう聞くと、ユウマくんは「んー」とうなりながらちょっと考えて、答えた。

『わかんない。アパートの色、真っ黒だから』
「真っ黒? なんか怖いね」
『そう? ぼくは何とも思わない、けど……』

 と、言ったユウマくんの声が、ふいに途切れた。
 踏み切りの音と、駅のアナウンスが、電話の向こうから聞こえてくる。
 場違いに楽しげな、「テッテレン、レレン」という発着音も。

 5秒、10秒と待ってみても、ユウマくんは何も言わない。私は不安になって、声をかけた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。   (also @ なろう)

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

トウシューズにはキャラメルひとつぶ

白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。 小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。 あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。 隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。 莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。 バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

お月様とオオカミのぼく

いもり〜ぬ(いもいもぶーにゃん)
絵本
ある日の雲一つない澄みわたった夜空にぽっかり浮かぶ大きな満月。その下に広がる草原に一匹の…まだ子供の真っ黒なオオカミがちょこんと座っていた。 「今日は、すごい大きくて、すごい丸くて、立派なお月様…こんなお月様の夜は、人間になれるって森の図書室の本で読んだけど…ええっと…えーっと…どうするんやっけ…?」 と、うーんと考え込む子供のオオカミ。 「えーっと、まずは、立つんやったっけ?」 うーん…と言いながら、その場で立ち上がってみた。 「えーっと、次は、確か…えーっと…お月様を見上げる?…」 もしよろしければ、続きは本文へ…🌝🐺

ゼロになるレイナ

崎田毅駿
児童書・童話
お向かいの空き家に母娘二人が越してきた。僕・ジョエルはその女の子に一目惚れした。彼女の名はレイナといって、同じ小学校に転校してきて、同じクラスになった。近所のよしみもあって男子と女子の割には親しい友達になれた。けれども約一年後、レイナは消えてしまう。僕はそのとき、彼女の家にいたというのに。

処理中です...