友だちは君の声だけ

山河千枝

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5 姿勢を正して聞く話

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「うーん……塾に行ったから、疲れてるのかも」

 本当のことをごまかすために笑うと、ユウマくんは「ふうん」と言った。

『塾って大変だね。よくわからないけど、たくさん勉強するところなんでしょ? やっぱりきつい?』
「きついってほどじゃないけど……楽しくはないかな。学校で勉強して、それからまた勉強だもん」
『そうなんだ。それじゃ、ぼくは絶対に無理だな……』

 ユウマくんの声が、急に弱々しくなった。

「どうしたの? ユウマくんこそ、元気ないじゃん」
『え、そう?』
「うん。大丈夫?」

 ユウマくんは、なぜか「ふふっ」と照れくさそうに笑った。

『大丈夫だよ、ありがとう。ちょっと……いろいろ考えちゃって』
「いろいろ?」
『勉強って、なんであんなに疲れるんだろうとか。学校に行ったら、ぼく、休み時間のたびにぐったりしちゃうんだ』
「あー、わかる。給食のあとなんか、特に辛いよね。眠くてしょうがない」

 苦笑いしながらうなずくと、

『ぼくは、ぜんぶ辛いかも』

 と、返ってきた。
 つくっているのがすぐわかるくらい、かたい笑い声だった。ほんの少し、震えているようにも聞こえた。

 この話は、寝転がって聞くものじゃない。そんな気がして、起き上がってひざを抱えた。

「ユウマくんは、好きな授業ないの?」
『うん……先生が何言ってるか、全然わからないんだもん』
「先生の説明がわかりにくいってこと?」

 お姉ちゃんがよく言ってる。「英語の先生、説明がわかりにくいんだよ。何を言ってるのかさっぱり」って。
 お母さんは「どうせ居眠りしてて聞いてないだけでしょ」って顔をしかめてるけど。
 
『どうなんだろ。ぼく以外の子はちゃんと宿題できてるみたいだから、先生のせいじゃないと思うけど……』
「うーん、そっか……勉強を教えてくれる親戚とか、いたらいいのにね」
『シンセキって何?』
「……え?」

 3秒くらいの間、私が言葉を間違えたのかと考えこんでしまった。

 ユウマくんには親戚がいないんだろうか。そんなはずはない。1人くらい、いるだろう。

「えっと……親戚っていうのはね。おじいちゃんとか、おばあちゃんとか。ユウマくんにもいるでしょ?」
「うーん、いるのかなあ。会ったことないから、わからないや」

 びっくりして、とっさに言葉が出てこなかった。

(もう死んじゃったのかな? ユウマくんのおじいちゃんとおばあちゃん)

 それなら、深く尋ねるのはよくない気がする。

 だけど、おじいちゃんたちを知らないなら、おじさんやおばさん、いとこもいないかもしれない。ユウマくんには、頼れる親戚が1人もいないんだ。

「じゃあ、宿題でわからないことがあったら、お母さんに教えてもらうしかないのかあ。1ヶ月に1回、帰ってきた日にしか聞けないなら、宿題する時困っちゃうよね……」

 気遣うようにつぶやいてみたけれど、ユウマくんの返事はない。

「もしもし? ユウマくん?」

 そっと声をかける。でも、やっぱり返事がない。

「もしもし……?」

 ユウマくんは黙っている。夜の静けさが大きくなる。窓の外には街灯があるのに、闇が濃くなったように思えた。
 電話口から聞こえてくる、駅のアナウンスだけがうるさい。

 どうしよう、困ったな。一旦、切ろうか。

「ユウマくん。一旦、切っていい? 電話」
『あ……ま、待って』

 湿った声のあとに、グスグスと鼻をすする音がした。

(あれ? もしかして泣いてる……?)

 びっくりして、今度は私が口をつぐんでしまった。

『メ、メイさん。まだ切らないで。あとちょっとだけ』
「あ、うん……」

 ユウマくんは何度か鼻をすすって、また話し始めた。
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