6 / 47
6 声だけが友だち
しおりを挟む
『わからないことがあっても、お母さんには聞けないんだ。家に帰ってきても、お金を置いてすぐに出て行っちゃうから』
「えっ、本当? そんなに忙しいの?」
『たぶん……だから、勉強のこととか、学校のこととか、弟のことも、最近は話を聞いてもらえない』
「それじゃあ……あ、電話してみたら? お仕事がお休みの日なら出られるんじゃない?」
少しの間、息を詰めるような音が続いた。そのあとに、どことなく苦しそうなユウマくんの声が聞こえた。
『かけても出てくれないよ。3年生の時は、こんなんじゃなかったのに……』
ユウマくんのお母さんの外泊は、去年の4月から、月に1回くらいの頻度で始まったのだそうだ。その頃は、家に帰ってこなくても、ちゃんと電話に出てくれたらしい。
でも、ユウマくんとタクマくんは寂しさに耐えられなかった。2人は学校にいる時以外、朝や夕方や寝る前に、何度もお母さんに電話をかけた。そうしていたら、ある日、
──仕事中なのよ! 用もないのにかけてこないで!──
と、声が割れるほどの勢いで怒鳴りつけられたという。それからは、滅多に電話が繋がらなくなってしまった……らしい。
聞いているうちに、私も一緒に怒鳴られたような気持ちになって、思わずぎゅうっとひざを抱いた。パンパンのお腹が苦しかったけれど、きつくうずくまると、胸を刺されたような痛みがやわらぐ気がした。
電話の向こうで、また鼻をすする音がした。ユウマくんはかすれた声で言った。
『だから、いやなことがあっても誰にも言えない……本当は、学校、行きたくない』
「勉強がわからないから?」
『うん……友だちもいないし。でも弟が、お腹が空くから行こうって……』
つまりユウマくんと弟くんは、給食だけを目的に学校へ行っているんだろう。そして、そのほかは苦痛でしかない。授業中も、休み時間も。
そういう毎日を送ることが、どのくらい辛いのか、いくら考えてもわからなくて、「そっか」と返すしかなかった。
『だからって、家にいても休めない……洗濯して、掃除して、弟の相手もしないといけないもん』
「そっか……」
『宿題もあるし。やっても、どうせ間違いだらけだけどさ』
「そっかあ……」
そっか、しか知らないロボットみたいに、私は相づちをくり返した。
それに合わせたように、窓の外で、街灯が頼りなげに点滅している。
鼻をすする音は、止まる気配がない。ユウマくんはずっと泣いている。
励ましてあげたい。だけど運動会の応援みたいに「がんばれ、がんばれ」って叫ぶのは、違うと思った。
(こういう時、どう言ってあげたらいいのかな)
算数のテストで、60点以上を取ったことのない私の頭。ユウマくんが今すぐ元気になる魔法の言葉なんて、思いつくわけがない。
みじめさの底へ心が沈み始めた時、「でも」とユウマくんが言った。
『今は、前よりも楽しい』
さっきまでの弱々しい言い方じゃなくて、明るくて大きな声だった。
「前よりも楽しいって、どうして?」
『友だちがいるから』
「もしかして……私?」
違ったら恥ずかしいな、と思いながら、ドキドキして尋ねた。ユウマくんは小さな声で、ためらいがちに「うん」と言った。
『メイさんが、友だち。……だめ?』
最後の「だめ?」は、空耳かと思うくらいかすかだった。私に怒られないか、不安がっているみたいだ。
「ううん!」
ユウマくんの不安を吹き飛ばすように、強く答えた。
「ユウマくんに、友だちだと思ってもらえてうれしい!」
そう続けると、体のあちこちが照れ笑いするみたいにモゾモゾしてきて、ひざを曲げたり伸ばしたりしたけど、それでも治らない。
「お互いの声しか知らないけどね」
全身のモゾモゾをごまかそうとして、冗談っぽく言ってみた。そうしたら、ユウマくんも照れたように笑った。
『そうだね。ぼくたち、声だけ友だちだ』
そのあとすぐにケータイの向こうから、「にいちゃーん」とタクマくんの声がした。私たちは「また明日」と笑い合って、電話を切った。
私は、ケータイの画面をじっと見つめた。しばらくすると、画面の光がパッと消える。
真っ黒の四角は、「今日はおしまい」と言っているようで冷たく感じたけれど、手のひらを当てると、ほのかに暖かかった。
(……私と友だちだから楽しい、だって)
黒い画面に映る自分は、口元がだらしなくゆるんでいる。
気持ち悪いなあ、と思ってやめようとしたけれど、体の奥から「うれしい」がこみ上げてきて、唇が言うことを聞いてくれない。
「でへへ……」
「何笑ってんの、あんた」
突然聞こえた声に、心臓が口から飛び出すかと思った。ドアの方をバッと振り返ると、パジャマ姿のお姉ちゃんが立っていた。
「おおおお姉ちゃん、いきなりドア開けないでよっ!」
「何言ってんの。芽衣だって、私の部屋から勝手にマンガ持ってくじゃん」
「うぐ……」
行き場のない文句をほっぺたに溜めて、バスタオルで頭を拭くお姉ちゃんを睨みつけた。
「それで……お姉ちゃん、何か用? お風呂、空いたの?」
「それもあるけど、『ううん!』とか『うれしい!』とか、うるさかったから。あんた、誰と電話してたの?」
「えっ、本当? そんなに忙しいの?」
『たぶん……だから、勉強のこととか、学校のこととか、弟のことも、最近は話を聞いてもらえない』
「それじゃあ……あ、電話してみたら? お仕事がお休みの日なら出られるんじゃない?」
少しの間、息を詰めるような音が続いた。そのあとに、どことなく苦しそうなユウマくんの声が聞こえた。
『かけても出てくれないよ。3年生の時は、こんなんじゃなかったのに……』
ユウマくんのお母さんの外泊は、去年の4月から、月に1回くらいの頻度で始まったのだそうだ。その頃は、家に帰ってこなくても、ちゃんと電話に出てくれたらしい。
でも、ユウマくんとタクマくんは寂しさに耐えられなかった。2人は学校にいる時以外、朝や夕方や寝る前に、何度もお母さんに電話をかけた。そうしていたら、ある日、
──仕事中なのよ! 用もないのにかけてこないで!──
と、声が割れるほどの勢いで怒鳴りつけられたという。それからは、滅多に電話が繋がらなくなってしまった……らしい。
聞いているうちに、私も一緒に怒鳴られたような気持ちになって、思わずぎゅうっとひざを抱いた。パンパンのお腹が苦しかったけれど、きつくうずくまると、胸を刺されたような痛みがやわらぐ気がした。
電話の向こうで、また鼻をすする音がした。ユウマくんはかすれた声で言った。
『だから、いやなことがあっても誰にも言えない……本当は、学校、行きたくない』
「勉強がわからないから?」
『うん……友だちもいないし。でも弟が、お腹が空くから行こうって……』
つまりユウマくんと弟くんは、給食だけを目的に学校へ行っているんだろう。そして、そのほかは苦痛でしかない。授業中も、休み時間も。
そういう毎日を送ることが、どのくらい辛いのか、いくら考えてもわからなくて、「そっか」と返すしかなかった。
『だからって、家にいても休めない……洗濯して、掃除して、弟の相手もしないといけないもん』
「そっか……」
『宿題もあるし。やっても、どうせ間違いだらけだけどさ』
「そっかあ……」
そっか、しか知らないロボットみたいに、私は相づちをくり返した。
それに合わせたように、窓の外で、街灯が頼りなげに点滅している。
鼻をすする音は、止まる気配がない。ユウマくんはずっと泣いている。
励ましてあげたい。だけど運動会の応援みたいに「がんばれ、がんばれ」って叫ぶのは、違うと思った。
(こういう時、どう言ってあげたらいいのかな)
算数のテストで、60点以上を取ったことのない私の頭。ユウマくんが今すぐ元気になる魔法の言葉なんて、思いつくわけがない。
みじめさの底へ心が沈み始めた時、「でも」とユウマくんが言った。
『今は、前よりも楽しい』
さっきまでの弱々しい言い方じゃなくて、明るくて大きな声だった。
「前よりも楽しいって、どうして?」
『友だちがいるから』
「もしかして……私?」
違ったら恥ずかしいな、と思いながら、ドキドキして尋ねた。ユウマくんは小さな声で、ためらいがちに「うん」と言った。
『メイさんが、友だち。……だめ?』
最後の「だめ?」は、空耳かと思うくらいかすかだった。私に怒られないか、不安がっているみたいだ。
「ううん!」
ユウマくんの不安を吹き飛ばすように、強く答えた。
「ユウマくんに、友だちだと思ってもらえてうれしい!」
そう続けると、体のあちこちが照れ笑いするみたいにモゾモゾしてきて、ひざを曲げたり伸ばしたりしたけど、それでも治らない。
「お互いの声しか知らないけどね」
全身のモゾモゾをごまかそうとして、冗談っぽく言ってみた。そうしたら、ユウマくんも照れたように笑った。
『そうだね。ぼくたち、声だけ友だちだ』
そのあとすぐにケータイの向こうから、「にいちゃーん」とタクマくんの声がした。私たちは「また明日」と笑い合って、電話を切った。
私は、ケータイの画面をじっと見つめた。しばらくすると、画面の光がパッと消える。
真っ黒の四角は、「今日はおしまい」と言っているようで冷たく感じたけれど、手のひらを当てると、ほのかに暖かかった。
(……私と友だちだから楽しい、だって)
黒い画面に映る自分は、口元がだらしなくゆるんでいる。
気持ち悪いなあ、と思ってやめようとしたけれど、体の奥から「うれしい」がこみ上げてきて、唇が言うことを聞いてくれない。
「でへへ……」
「何笑ってんの、あんた」
突然聞こえた声に、心臓が口から飛び出すかと思った。ドアの方をバッと振り返ると、パジャマ姿のお姉ちゃんが立っていた。
「おおおお姉ちゃん、いきなりドア開けないでよっ!」
「何言ってんの。芽衣だって、私の部屋から勝手にマンガ持ってくじゃん」
「うぐ……」
行き場のない文句をほっぺたに溜めて、バスタオルで頭を拭くお姉ちゃんを睨みつけた。
「それで……お姉ちゃん、何か用? お風呂、空いたの?」
「それもあるけど、『ううん!』とか『うれしい!』とか、うるさかったから。あんた、誰と電話してたの?」
0
あなたにおすすめの小説
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
(also @ なろう)
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
トウシューズにはキャラメルひとつぶ
白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。
小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。
あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。
隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。
莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。
バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
お月様とオオカミのぼく
いもり〜ぬ(いもいもぶーにゃん)
絵本
ある日の雲一つない澄みわたった夜空にぽっかり浮かぶ大きな満月。その下に広がる草原に一匹の…まだ子供の真っ黒なオオカミがちょこんと座っていた。
「今日は、すごい大きくて、すごい丸くて、立派なお月様…こんなお月様の夜は、人間になれるって森の図書室の本で読んだけど…ええっと…えーっと…どうするんやっけ…?」
と、うーんと考え込む子供のオオカミ。
「えーっと、まずは、立つんやったっけ?」
うーん…と言いながら、その場で立ち上がってみた。
「えーっと、次は、確か…えーっと…お月様を見上げる?…」
もしよろしければ、続きは本文へ…🌝🐺
ゼロになるレイナ
崎田毅駿
児童書・童話
お向かいの空き家に母娘二人が越してきた。僕・ジョエルはその女の子に一目惚れした。彼女の名はレイナといって、同じ小学校に転校してきて、同じクラスになった。近所のよしみもあって男子と女子の割には親しい友達になれた。けれども約一年後、レイナは消えてしまう。僕はそのとき、彼女の家にいたというのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる