友だちは君の声だけ

山河 枝

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19 ケータイを見せなさい

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『もしもし、メイさん?』

 戸惑うようなユウマくんの声に、返事をする余裕はなかった。

 学習机に飛びついて、引き出しを開ける。なんでもいいから紙がほしい。

(えっと、えっと……もういいや、この前の算数テストで!)

 机に、バンッ! とテスト用紙を叩きつける。
 続いて、ランドセルから筆箱を引っこ抜き、筆箱から鉛筆を引っこ抜く。
 勢いあまって、筆箱が床に落ちる。三角定規や分度器がバラバラッと飛び出したけれど、拾っている時間が惜しくて、鉛筆を構えた。
 
「ねえ、ユウマくんのアパートって真っ黒なんだよね?」
『え? う、うん」
「苗字の漢字は、東と海と……」
『林、だけど……』
「林だね。……それから、アパートの近くにある駅、何ていうの?」
『え、えっと、カムギ駅……だったかな』

 話しながら、テスト用紙のすみっこに、鉛筆でメモを書きつけていく。

 黒いアパート。
 東海林。
 カムギ駅。

 ユウマくんは、何か聞きたそうにしているけれど、口早に尋ねる私に圧倒されているらしい。そうする以外にない、というように、ただ答えを返してくれる。

「あと、家の近くに何かない? 目印になりそうなもの」
『えっと、アパートとスーパーの間に公園が……風船みたいな形のすべり台があって……あの、でも、メイさん。もしかして、ぼくの家に来るつもり?』

 風船のすべり台、と書き加えて、私は「うん」と言った。

「ユウマくん。私もね、近くに住んでるんだ。ムツバスーパーの」

 電話越しに、ヒュ、と大きく息を吸いこむ音がした。

「だから、そっちに行くよ。それで、手伝えることがあったら言って」
『で、でも! ぼくの家、汚いし』
「いいよ、そんなの」
『帰りが遅くなるかもしれないよ』
「思いっきり自転車こいで、急いで行くから大丈夫」
『それに、うちのアパート、虫がいっぱい出るのに』

 ──私はビシリとかたまった。のどの奥から、うぐ、とカエルみたいな声が漏れる。「虫がいっぱい」のひと言が、頭の中を行き来して、怖気づきそうになったけれど、

(そんなの、気にしてる場合じゃないでしょ!)

 と、なぐりつけるように自分を叱った。

「虫なんか平気……じゃないけど、ガマンする。クモも、ゴキブリも」
『でも……』
「とにかく、そっちに行くから」
『メイさ──』

 私は通話を切った。ケータイを学習机に置いて、クローゼットの前へ飛んでいく。
 黄緑色の小さなリュックを引っ張り出す。メモを書いたテスト用紙を折りたたんで、リュックに突っこんだ。桜色のケータイも。

 すると、リュックの中から「ヴーッ!」とバイブの音がした。ユウマくんが、電話をかけてきているんだろう。
 私はちょっと考えて、無視することにした。きっと、アパートに行く行かないのケンカになってしまうから。

(あと……一応、お金も持って行こう)

 4百円くらいしかないけど。少なくてごめん。ユウマくんに謝りながら、引き出しの財布をリュックに移す。
 バタバタと準備していると、ホコリが立ったのか、むせてしまった。咳はなかなか止まらない。
 水がほしい、と考えたはずみに、私は思い出した。

(そういえば、のどが乾いてたんだっけ)

 自販機で買おうか。いや、その前にトイレにも行きたくなってきた。
 私はリュックをクローゼットに戻して、ダダダッと1階に駆け降りた。

 それが、まずかった。

「あ、芽衣! ちょっと来てよ」

 大きな足音を立てたせいで、台所のお母さんに見つかってしまった。

「何? トイレに行きたいんだけど」

 そして、早くユウマくんのところへ向かいたい。その場で足踏みしてみせると、お母さんは「あら」と言った。

「じゃあ、あとで台所に来て。お昼ごはんの準備、手伝ってほしいの」
「えっ、今はちょっと……ほら、宿題もあるし!」

 こんなところでグズグズしている暇はない。速まっていく足踏みは、もうほとんど地団駄だ。いら立った声まで出してしまった。
 それに合わせて、お母さんの表情が険しくなっていく。

 ──しまった。そう思った時には、もう手遅れだった。
 お母さんは、心を読もうとするように、私の目を視線で射抜いてくる。

「……芽衣。あんた、ちょっとおかしいわよ。ケータイで変なことしてないでしょうね」
「してないよ!」

 うそじゃない。ただ、ユウマくんと電話しているだけだ。
 ケータイで電話をするのは、変なことじゃない。

「本当に? それじゃ、ケータイ見せなさい」
「……え」
 
 私は地団駄を止めた。そんなこと、できるわけがない。通話履歴を見られたらおしまいだ。

「そ、それはちょっと」
「なんで?」
「あの、実は……ケータイ、机の裏に落としちゃって」

 とっさに出たにしては、悪くないうそだ。このまま話を続けよう。

「だから、今は渡せないの」
「……そう。じゃ、あとでお父さんに、机を動かすの手伝ってもらいなさい」
「わかった」

 お母さんの目は、まだちょっと疑わしげにすがめられている。だけど、私を追及する気はなくなったみたいだ──と、安心したのもつかの間。

「ひとまずトイレに行っておいで。それから、お昼ごはんの支度、手伝って」
「でも、宿題……」
「そろそろ12時でしょ。舞衣が帰ってくるのよ。ごはんができてないと、あの子うるさいし。宿題は、お昼がすんでからやればいいじゃない」

 それとも、ほかに隠していることがあるのか──そう言いたげに、お母さんの目つきが鋭くなる。

「……わかった」

 もう、お昼ごはんが終わるまで逃げられない。私はうなずくしかなかった。

 だけど、家を飛び出そうとしていた勢いは、すぐにはやわらいでくれない。
 ゆで卵の殻をむく時も、お皿を並べる時も、みんなでそろってサンドイッチを食べている間も、焦りの火が胸をジリジリと焼いていた。

 そのせいか、口も手も、いつもの倍くらいの速さで動く。目の前のサンドイッチは次々と消えて、私はいちばんに食べ終わった。お母さんが目を丸くしている。

「ごちそうさまっ」

 言いながら、壁掛け時計を見上げた。もう1時半。早く出発しないと。

 お皿をシンクに運んで、階段を駆けのぼる。
 自分の部屋に入った私は、クローゼットから、またリュックを出した。
 黄緑色のそれを左手にかかえる。右手には自転車のカギ。
 ドアに耳をつけて、息を殺す。
 
 しばらくして、ドシ、ドシという重い足音が、階段をのぼってきた。
 お父さんだ。部屋で資料をつくるんだろう。

 続いてやってきたのは、ペタッ、ペタッと軽やかなスリッパの音。その音は、隣の部屋に入っていった。
 お姉ちゃんも、自分の部屋に戻ったらしい。

 お母さんは、きっと台所で片づけをしているはず。今なら、玄関のあたりには誰もいない。

(行こう!)

 私はドアを開けて、そうっと廊下へ出た。
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