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21 見つかってしまった
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ムツバスーパーを出発して、どのくらい経っただろう。
足が痛い。自転車のタイヤがフラフラする。頭もグラグラしてきた。うまく物が考えられない。
だからかもしれない。そのことに気づくのが遅れたのは。
「うう、わかんないよぉ……」
空は暗い紺色に沈んでいる。歩いている人の顔さえハッキリと見えない。
つまり、黒いアパートは、暗がりに紛れてしまったのだ。
日が暮れれば、ユウマくんの家を探し出すことはむずかしくなる──そのことに気づいたのは、駅の近くに着いてからだった。
(一旦、出直せばよかった……)
そうしたら、今頃は家に帰って、「公園に遊びに行ってた」ってごまかせたかもしれないのに。
疲れに任せて、自転車のハンドルに、ぐったりとおでこをつける。ケータイの画面に浮かぶ時刻は、6時30分。
(ムツバスーパーを出てから、もう、1時間以上さまよってるんだ……)
全速力で家に帰っても、7時を過ぎる。
「カムギ駅ー、カムギ駅ー」というアナウンスが、すぐ近くのホームから流れてくる。続いた楽しげな発着音に、ますます力が抜けそうになる。
(残る手がかりは、『風船みたいな形のすべり台がある公園』だけど……)
そんなもの、どこにもない。ステゴザウルスと、キリンと、タコ。このあたりで変わった形のすべり台といえば、その3種類だけだ。
「疲れた……」
自転車の冷たいハンドルに、おでこを押しつける。家に帰ったら、どうなるか。お父さんとお母さんに、何をしていたのかと問い詰められて、ケータイを没収されて、そして……あとのことは考えたくもない。
とにかく、今はユウマくんのところへ行くことだけに集中しよう。タクマくんを助けるんだ。
「……よし!」
あとちょっと、がんばろう。歯を食いしばって、自転車のペダルに足を乗せた時。
「芽衣っ‼︎」
突き刺すように呼ばれて、ペダルから足がずり落ちた。
おそるおそる振り向く途中で、ガシッと肩をつかまれる。
怖くて首が動かない。目をずらして、ビクビクしながらうしろを見ると、眉をつり上げたお母さんが立っていた。
「何やってんの、あんたはっ!」
「ひいっ!」
肩がはねた勢いで、疲れきった体が大きくよろめいた。こけてしまうと思ったけれど、お母さんが自転車のハンドルを支えてくれた。
そのまま、また何か怒鳴ろうとするお母さんのうしろから、慌てたような声が飛んできた。
「母さん、ストップ。ここで騒ぐと迷惑になるから、ひとまず車に乗ろう。芽衣もおいで」
私とお母さんへ、お父さんが手招きをしている。お父さんの向こうには、銀色のバンが停まっている。うちの車だ。
あれに乗れば、家へ帰れる。お母さんのつくった晩ごはんを食べて、お風呂につかって、フカフカのベッドで眠って……甘い想像へと心がかたむいていくのを、ぎゅっと目を閉じて、踏みとどまる。
「でも、私……」
「晩ごはん、遅くなるでしょ! 舞衣も待ってるのよ」
ユウマくんのところに行かなきゃ。逃げてしまおうか。だけどお母さんが、指が白くなるくらいに自転車のハンドルを捕まえていて、どこへ行くこともできない。
それに、2人を振り切る気力も体力も、もう残っていない。
(もうダメだ……)
全身から力が抜けていく。お母さんにうながされて、私は自転車を降りた。酔っ払った人みたいにふらつきながら、お父さんたちに連れられて、車に乗りこむ。
折れた心に浮かぶのは、ひとつだけ。
(ユウマくん、ごめん……)
どうしているんだろう。タクマくんも。大丈夫かな。
うしろの座席に座ってバックミラーを見ると、お父さんたちが、私の自転車をトランクにしまっていた。
しばらくして、お父さんが車に乗ってきた。運転席に腰を落ち着けて、ふーっと息を吐いている。
助手席のお母さんは、バン! と乱暴にドアを閉めて、
「何よ、このGPSアプリ。感度悪いわ! こんなにウロウロする羽目になるなんて」
と、自分のケータイに向かって怒った。その隣で、お父さんが困ったように笑う。
「まあ、ないよりはマシだよ。それがなかったら、芽衣がどこへ行ったか見当もつかなかったんだから。芽衣も、ケータイを持っててくれてよかった」
「それはそうだけど……」
お母さんは、ふてくされたようにため息をついた。それから、ジロリと私を睨んだ。
「芽衣、あんたね。こんなところで何やってるの? 何考えてるの⁉︎」
私は黙った。疲れのせいもあって、言葉が出てこない。
それを反抗だと思ったのか、お母さんの怒りは、ますますヒートアップしていく。
足が痛い。自転車のタイヤがフラフラする。頭もグラグラしてきた。うまく物が考えられない。
だからかもしれない。そのことに気づくのが遅れたのは。
「うう、わかんないよぉ……」
空は暗い紺色に沈んでいる。歩いている人の顔さえハッキリと見えない。
つまり、黒いアパートは、暗がりに紛れてしまったのだ。
日が暮れれば、ユウマくんの家を探し出すことはむずかしくなる──そのことに気づいたのは、駅の近くに着いてからだった。
(一旦、出直せばよかった……)
そうしたら、今頃は家に帰って、「公園に遊びに行ってた」ってごまかせたかもしれないのに。
疲れに任せて、自転車のハンドルに、ぐったりとおでこをつける。ケータイの画面に浮かぶ時刻は、6時30分。
(ムツバスーパーを出てから、もう、1時間以上さまよってるんだ……)
全速力で家に帰っても、7時を過ぎる。
「カムギ駅ー、カムギ駅ー」というアナウンスが、すぐ近くのホームから流れてくる。続いた楽しげな発着音に、ますます力が抜けそうになる。
(残る手がかりは、『風船みたいな形のすべり台がある公園』だけど……)
そんなもの、どこにもない。ステゴザウルスと、キリンと、タコ。このあたりで変わった形のすべり台といえば、その3種類だけだ。
「疲れた……」
自転車の冷たいハンドルに、おでこを押しつける。家に帰ったら、どうなるか。お父さんとお母さんに、何をしていたのかと問い詰められて、ケータイを没収されて、そして……あとのことは考えたくもない。
とにかく、今はユウマくんのところへ行くことだけに集中しよう。タクマくんを助けるんだ。
「……よし!」
あとちょっと、がんばろう。歯を食いしばって、自転車のペダルに足を乗せた時。
「芽衣っ‼︎」
突き刺すように呼ばれて、ペダルから足がずり落ちた。
おそるおそる振り向く途中で、ガシッと肩をつかまれる。
怖くて首が動かない。目をずらして、ビクビクしながらうしろを見ると、眉をつり上げたお母さんが立っていた。
「何やってんの、あんたはっ!」
「ひいっ!」
肩がはねた勢いで、疲れきった体が大きくよろめいた。こけてしまうと思ったけれど、お母さんが自転車のハンドルを支えてくれた。
そのまま、また何か怒鳴ろうとするお母さんのうしろから、慌てたような声が飛んできた。
「母さん、ストップ。ここで騒ぐと迷惑になるから、ひとまず車に乗ろう。芽衣もおいで」
私とお母さんへ、お父さんが手招きをしている。お父さんの向こうには、銀色のバンが停まっている。うちの車だ。
あれに乗れば、家へ帰れる。お母さんのつくった晩ごはんを食べて、お風呂につかって、フカフカのベッドで眠って……甘い想像へと心がかたむいていくのを、ぎゅっと目を閉じて、踏みとどまる。
「でも、私……」
「晩ごはん、遅くなるでしょ! 舞衣も待ってるのよ」
ユウマくんのところに行かなきゃ。逃げてしまおうか。だけどお母さんが、指が白くなるくらいに自転車のハンドルを捕まえていて、どこへ行くこともできない。
それに、2人を振り切る気力も体力も、もう残っていない。
(もうダメだ……)
全身から力が抜けていく。お母さんにうながされて、私は自転車を降りた。酔っ払った人みたいにふらつきながら、お父さんたちに連れられて、車に乗りこむ。
折れた心に浮かぶのは、ひとつだけ。
(ユウマくん、ごめん……)
どうしているんだろう。タクマくんも。大丈夫かな。
うしろの座席に座ってバックミラーを見ると、お父さんたちが、私の自転車をトランクにしまっていた。
しばらくして、お父さんが車に乗ってきた。運転席に腰を落ち着けて、ふーっと息を吐いている。
助手席のお母さんは、バン! と乱暴にドアを閉めて、
「何よ、このGPSアプリ。感度悪いわ! こんなにウロウロする羽目になるなんて」
と、自分のケータイに向かって怒った。その隣で、お父さんが困ったように笑う。
「まあ、ないよりはマシだよ。それがなかったら、芽衣がどこへ行ったか見当もつかなかったんだから。芽衣も、ケータイを持っててくれてよかった」
「それはそうだけど……」
お母さんは、ふてくされたようにため息をついた。それから、ジロリと私を睨んだ。
「芽衣、あんたね。こんなところで何やってるの? 何考えてるの⁉︎」
私は黙った。疲れのせいもあって、言葉が出てこない。
それを反抗だと思ったのか、お母さんの怒りは、ますますヒートアップしていく。
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