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22 帰宅
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「出かける時は、行き先を言いなさい! それに、ケータイを持ってるなら電話に出てよ! 『机の裏に落とした』なんて、やっぱりうそじゃないの! 家の中からあんたは消えてるし、もしやと思ってGPSで追跡してみたら、どんどん離れていくし……変な人に騙されて、ついて行ってるのかと思うじゃない! あの読みにくいメールが来なかったら、あと少しで警察に連絡するところ──」
めちゃくちゃなわめき声が、急に途切れた。お母さんが、こっちを見て驚いているのがわかる。
次から次へとあふれてくる涙で、私の視界がにじんでいても。
「……続きは、帰ってからね」
ため息混じりの声を最後に、車内は静かになった。お父さんの運転する車は、私が4時間以上かけて迷いながら来た道を、13分で戻った。
家に着いて、玄関へ上がると、お姉ちゃんがリビングから顔を出した。
「あ、芽衣! 何をバカなことしてんの、あんたは。家出ごっこするなら昼間にして──」
文句がピタッとやんだ。涙にまみれた私の顔に気づいたらしい。
しつこく垂れてくる鼻水をすすっていると、お母さんが、ポンと私の背中を叩いた。
「晩ごはんにしましょう。あらかた、出来上がってるから」
抵抗する元気なんかない。ぼうっとする頭で、フラフラとリビングに向かった。テーブルに着いてしばらくすると、目の前に料理が並んでいく。
お味噌汁、ひじきの煮物、レタスときゅうりのサラダ……その真ん中へ、親子丼が置かれた。立ちのぼる湯気とおだしの香りが、鼻の先をなでていく。
「おいしそう……」
「おかわりあるからね」
お母さんが、ホッとしたように笑った。私は、笑えなかった。
親子丼をおいしそうだと思った。でも、「おいしそう、食べたい」っていう意味じゃない。
私は、おいしそうなものをカンタンに、お腹いっぱい食べられる。指一本、動かさなくても。そのことに、体がつぶれそうなほどの罪悪感を覚えていた。
「どうしたの? 食べなさい」
「芽衣、冷めるよ」
芽衣。食べなさい。芽衣。お母さんとお父さんに何度も言われて、気まずくなってきて、とろとろの卵をひと口、刻みネギと一緒に頰ばった。
──おいしい。そう思った瞬間、お腹に溜まった罪悪感がぐうっとふくらんで、吐き気がこみ上げてきた。
それを無理矢理のみくだすと、代わりにまた涙が出た。
「芽衣」
お父さんの声がした。
「さっき、どこに行こうとしてたんだい?」
黙っていると、お母さんも尋ねてきた。
「何をしようとしてたの?」
私は、自分の親子丼を見つめたまま、口をつぐんでいた。
ユウマくんのことを話せば、ケータイを没収されてしまう。そうしたら、もうユウマくんと話せなくなる。
逃げられないとわかっていたけれど、その瞬間を少しでも先延ばしにしたかった。
お父さんとお母さんが、顔を見合わせてため息をつく気配がする。少しして、ジィッというセミの鳴き声みたいな音が聞こえた。
「何それ! 冷却シート?」
お姉ちゃんが、すっとんきょうな声を上げる。誰かが、私のリュックのファスナーを開けて、中身を取り出したらしい。
「こんなもの、わざわざリュックに詰めて! どうするっていうの? 誰か、熱でも出したわけ?」
冗談めかした指摘に的を射られて、反射的に肩がビクッとゆれた。「こらっ、舞衣」とお姉ちゃんをたしなめようとしたお母さんが、ハッと息をのむ。
「ねえ、芽衣。もしかして、誰かに冷却シートを持って行こうとしたの?」
「え……うそ、マジ? 誰に?」
お母さんとお姉ちゃんが、びっくりしたように聞いてくる。リビングにただよう困惑が、ますます強くなる。
「あら、紙も入ってる」
リュックを探っていたのか、お母さんが言った。折りたたんだテスト用紙だろう。ガサガサと広げる音の合間に、「何かしら、これ」というつぶやきが聞こえた。
「算数のテスト……?」
「母さん、待った。ここに何か書いてあるよ。『黒いアパート』と……『ヒガシウミ、ハヤシ』? 『トウカイリン』かな?」
「地名かしら」
「いや……こんな単語、どこかで見たぞ」
お父さんとお母さんが、テスト用紙を睨んであれこれ言い合っていると、黙ってご飯を食べていたお姉ちゃんが、ボソッと口を挟んだ。
めちゃくちゃなわめき声が、急に途切れた。お母さんが、こっちを見て驚いているのがわかる。
次から次へとあふれてくる涙で、私の視界がにじんでいても。
「……続きは、帰ってからね」
ため息混じりの声を最後に、車内は静かになった。お父さんの運転する車は、私が4時間以上かけて迷いながら来た道を、13分で戻った。
家に着いて、玄関へ上がると、お姉ちゃんがリビングから顔を出した。
「あ、芽衣! 何をバカなことしてんの、あんたは。家出ごっこするなら昼間にして──」
文句がピタッとやんだ。涙にまみれた私の顔に気づいたらしい。
しつこく垂れてくる鼻水をすすっていると、お母さんが、ポンと私の背中を叩いた。
「晩ごはんにしましょう。あらかた、出来上がってるから」
抵抗する元気なんかない。ぼうっとする頭で、フラフラとリビングに向かった。テーブルに着いてしばらくすると、目の前に料理が並んでいく。
お味噌汁、ひじきの煮物、レタスときゅうりのサラダ……その真ん中へ、親子丼が置かれた。立ちのぼる湯気とおだしの香りが、鼻の先をなでていく。
「おいしそう……」
「おかわりあるからね」
お母さんが、ホッとしたように笑った。私は、笑えなかった。
親子丼をおいしそうだと思った。でも、「おいしそう、食べたい」っていう意味じゃない。
私は、おいしそうなものをカンタンに、お腹いっぱい食べられる。指一本、動かさなくても。そのことに、体がつぶれそうなほどの罪悪感を覚えていた。
「どうしたの? 食べなさい」
「芽衣、冷めるよ」
芽衣。食べなさい。芽衣。お母さんとお父さんに何度も言われて、気まずくなってきて、とろとろの卵をひと口、刻みネギと一緒に頰ばった。
──おいしい。そう思った瞬間、お腹に溜まった罪悪感がぐうっとふくらんで、吐き気がこみ上げてきた。
それを無理矢理のみくだすと、代わりにまた涙が出た。
「芽衣」
お父さんの声がした。
「さっき、どこに行こうとしてたんだい?」
黙っていると、お母さんも尋ねてきた。
「何をしようとしてたの?」
私は、自分の親子丼を見つめたまま、口をつぐんでいた。
ユウマくんのことを話せば、ケータイを没収されてしまう。そうしたら、もうユウマくんと話せなくなる。
逃げられないとわかっていたけれど、その瞬間を少しでも先延ばしにしたかった。
お父さんとお母さんが、顔を見合わせてため息をつく気配がする。少しして、ジィッというセミの鳴き声みたいな音が聞こえた。
「何それ! 冷却シート?」
お姉ちゃんが、すっとんきょうな声を上げる。誰かが、私のリュックのファスナーを開けて、中身を取り出したらしい。
「こんなもの、わざわざリュックに詰めて! どうするっていうの? 誰か、熱でも出したわけ?」
冗談めかした指摘に的を射られて、反射的に肩がビクッとゆれた。「こらっ、舞衣」とお姉ちゃんをたしなめようとしたお母さんが、ハッと息をのむ。
「ねえ、芽衣。もしかして、誰かに冷却シートを持って行こうとしたの?」
「え……うそ、マジ? 誰に?」
お母さんとお姉ちゃんが、びっくりしたように聞いてくる。リビングにただよう困惑が、ますます強くなる。
「あら、紙も入ってる」
リュックを探っていたのか、お母さんが言った。折りたたんだテスト用紙だろう。ガサガサと広げる音の合間に、「何かしら、これ」というつぶやきが聞こえた。
「算数のテスト……?」
「母さん、待った。ここに何か書いてあるよ。『黒いアパート』と……『ヒガシウミ、ハヤシ』? 『トウカイリン』かな?」
「地名かしら」
「いや……こんな単語、どこかで見たぞ」
お父さんとお母さんが、テスト用紙を睨んであれこれ言い合っていると、黙ってご飯を食べていたお姉ちゃんが、ボソッと口を挟んだ。
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