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36 背中をなでる
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恥ずかしい。消えてしまたい。今すぐ体が爆発して、自分なんかしんでしまえばいい。
そういう思いが、ユウマくんの中で暴れ回っているように思えた。その苦しい気持ちは、私も経験したことがある。
給食のお味噌汁をひっくり返して、教室の床へぶちまけた時と、寝坊して慌てていたせいで、ランドセルを忘れて学校へ行ってしまった時だ。
クラスのみんなに笑われて、先生に叱られて、自分はこの世でいちばんみっともない人間なんだと感じた。
もう二度と学校に行けない、と泣きながら帰ったけれど、「ぼくも小学生の頃、似たようなことをやらかしたなあ」というお父さんの言葉で気が楽になった。
今、私はユウマくんに、どんな言葉をかけてあげられるだろう。
考えてもわからないけれど、気が楽になったあの時、お父さんが背中をさすってくれたことを思い出した。「なでてほしそうだったから」と笑ったお父さん。どうしてわかったのかな、と不思議だった。
あの時の、落ちこんでいた自分の姿と、すっかり小さくなったユウマくんの背中が重なっていく。
小さくなった背中が、「なでてほしい」と言った気がした。自分の手のひらが「行こう」と言った気がした。
私は靴紐をほどいて、スニーカーを脱いだ。家の中に上がると、色あせた畳がミリリ、ときしんだ。
「お邪魔します」
小さく声をかけると、ユウマくんの体がビクッと揺れた。よっぽど強く手を握りしめているのか、小刻みに腕がわなないている。
ついさっきまではしゃいでいたタクマくんも、私が近づいてくるとは思わなかったらしい。布団の上で丸まったまま、押し黙っている。
空のペットボトルをよけて、お弁当のガラをまたぎ、私はユウマくんのうしろにしゃがんだ。すっぱいような、運動靴のようなにおいが濃くなった。
(これ、ユウマくんのにおいだったんだ)
それを知ると、どうしてかイヤな気持ちにはならなかった。
私は、畳の上に置かれたユウマくんの拳をつかんだ。縮こまった体が、怯えるようにまた揺れた。
それでも、私が拳を開こうとすると、かたく握られたそれを、ユウマくんはゆっくりとほどいてくれた。
ホッとして、かさついた手のひらに、住所を書いた便箋を乗せた時。
「メイさん……向こうに行って」
蚊の羽音よりもかすかな声で、ユウマくんが言った。
「ぼ、ぼく、すごく汚いよ。一昨日からお風呂に入ってないんだ。それどころじゃなくて……」
「しょうがないよ。タクマくんのお世話してたんだもん」
私は、今度はユウマくんの背中に触れた。さっきみたいに揺れはしなかったけれど、「ひっ!」と、短く叫ばれてしまった。
「ダ、ダメだってば、触ったら! 汚いのに」
「私もそんなにきれいじゃないよ。いっぱい自転車こいで来たから、汗かいてるもん。くさかったらゴメンね」
ユウマくんの首が、激しく横に振られた。長めの黒髪が、バサバサと広がる。
その動きが止まるのを待って、私はユウマくんの背中をなでた。
ユウマくんが、大きく息を吸った。そして、それを吐き出しながら言った。
「メイさん、ぼく、大丈夫だから。どこに行っても頑張れるから」
突然の宣言に、私は首をかしげた。どうしてユウマくんは、いきなりそんなことを言い出したんだろう。
わからなかったけれど、寂しげな背中を放っておけなくて、なでさする手を動かし続けた。
すると、ユウマくんはまた言った。
「ぼく、メイさんに心配かけないように、もっと頑張る。だから、そんなことしなくても大丈夫だよ」
そういう思いが、ユウマくんの中で暴れ回っているように思えた。その苦しい気持ちは、私も経験したことがある。
給食のお味噌汁をひっくり返して、教室の床へぶちまけた時と、寝坊して慌てていたせいで、ランドセルを忘れて学校へ行ってしまった時だ。
クラスのみんなに笑われて、先生に叱られて、自分はこの世でいちばんみっともない人間なんだと感じた。
もう二度と学校に行けない、と泣きながら帰ったけれど、「ぼくも小学生の頃、似たようなことをやらかしたなあ」というお父さんの言葉で気が楽になった。
今、私はユウマくんに、どんな言葉をかけてあげられるだろう。
考えてもわからないけれど、気が楽になったあの時、お父さんが背中をさすってくれたことを思い出した。「なでてほしそうだったから」と笑ったお父さん。どうしてわかったのかな、と不思議だった。
あの時の、落ちこんでいた自分の姿と、すっかり小さくなったユウマくんの背中が重なっていく。
小さくなった背中が、「なでてほしい」と言った気がした。自分の手のひらが「行こう」と言った気がした。
私は靴紐をほどいて、スニーカーを脱いだ。家の中に上がると、色あせた畳がミリリ、ときしんだ。
「お邪魔します」
小さく声をかけると、ユウマくんの体がビクッと揺れた。よっぽど強く手を握りしめているのか、小刻みに腕がわなないている。
ついさっきまではしゃいでいたタクマくんも、私が近づいてくるとは思わなかったらしい。布団の上で丸まったまま、押し黙っている。
空のペットボトルをよけて、お弁当のガラをまたぎ、私はユウマくんのうしろにしゃがんだ。すっぱいような、運動靴のようなにおいが濃くなった。
(これ、ユウマくんのにおいだったんだ)
それを知ると、どうしてかイヤな気持ちにはならなかった。
私は、畳の上に置かれたユウマくんの拳をつかんだ。縮こまった体が、怯えるようにまた揺れた。
それでも、私が拳を開こうとすると、かたく握られたそれを、ユウマくんはゆっくりとほどいてくれた。
ホッとして、かさついた手のひらに、住所を書いた便箋を乗せた時。
「メイさん……向こうに行って」
蚊の羽音よりもかすかな声で、ユウマくんが言った。
「ぼ、ぼく、すごく汚いよ。一昨日からお風呂に入ってないんだ。それどころじゃなくて……」
「しょうがないよ。タクマくんのお世話してたんだもん」
私は、今度はユウマくんの背中に触れた。さっきみたいに揺れはしなかったけれど、「ひっ!」と、短く叫ばれてしまった。
「ダ、ダメだってば、触ったら! 汚いのに」
「私もそんなにきれいじゃないよ。いっぱい自転車こいで来たから、汗かいてるもん。くさかったらゴメンね」
ユウマくんの首が、激しく横に振られた。長めの黒髪が、バサバサと広がる。
その動きが止まるのを待って、私はユウマくんの背中をなでた。
ユウマくんが、大きく息を吸った。そして、それを吐き出しながら言った。
「メイさん、ぼく、大丈夫だから。どこに行っても頑張れるから」
突然の宣言に、私は首をかしげた。どうしてユウマくんは、いきなりそんなことを言い出したんだろう。
わからなかったけれど、寂しげな背中を放っておけなくて、なでさする手を動かし続けた。
すると、ユウマくんはまた言った。
「ぼく、メイさんに心配かけないように、もっと頑張る。だから、そんなことしなくても大丈夫だよ」
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