8 / 49
放課後
しおりを挟む
学級委員長の号令が木霊し、クラス全員が礼をする。午後の最後の授業が終わり、残りはSHRのみだった。
広希はSHRまでの少ない時間でトイレを済ませ、教室へと戻る。席に着くと、早紀が話しかけてきた。
「広ちん、食べる?」
早紀は、持っていたお菓子の小袋をこちらに差し出す。一口サイズのクッキーだ。購買で予め買っていたのだろう。
「ありがとう」
広希は礼を言い、クッキーを一枚摘み、口に入れる。柔らかな甘みが口の中に広がった。
「うん、おいしい」
広希は素直に感想を伝える。
「だよねー。今の時間、お腹が空くから、これがないと持たないよ」
早紀は、明るく笑いながら、クッキーを口に運ぶ。そして水筒の血を飲んだ。
広希は、それを見ながら、先ほど食べたクッキーの甘みを思い出した。同時に、かつて一度だけ飲んだ事のある、家畜の血の味も体感として思い出す。
魚を丸ごとミキサーにかけた後、濃い海水に混ぜ込んだような、塩辛さと生臭さが入り混じった味だった。鉄錆に似た臭いも鼻につき、それを初めて口に含んだ時は、体が受け付けず、思わず吐き出してしまった。
今、早紀はその味と、クッキーの甘い味をミックスさせながら、こうして飲んでいるのだ。豪胆な味覚に、尊敬の念さえ覚える。しかも、早紀のみならず、感染者は皆、平気でそのような飲食を行うのだ。感染者になると、味覚の造りが根本的に変わってしまうのだろうか。
広希が頭の中で、首を捻っている内に、SHRが始まった。
二年三組の担当教師である神谷早苗が、明日の行事の確認や、配り物を行う。
神谷は、今年で二十九歳になる女性教師だ。来年で三十路を迎えるため「行き遅れ」にリーチを掛けていると生徒達から冷やかされていた。神谷自身、化粧っ気がない上、髪型も後ろに纏めただけの地味な女性だった。しかし、顔立ちは整っており、女性にしては高めの身長であるため、スタイルも良く見える。その気になったら、一人や二人、男を引っ掛ける事など容易いような魅力は持ってるように思えた。
「最近、交通事故が多いから、気を付けて下校するように。自分達は関係がないと思わないこと」
神谷のハスキーボイスが、教室に響き渡る。神谷は、淡々とした、冷たい印象を与える喋り方をするが、教師としてはとても真面目で、生徒の相談にも真剣に乗ってくれる親しみやすい教師だ。
神谷の連絡事項の伝達が終わり、他に報告がないかの確認の後で、SHRが終了した。そして、神谷の掛け声による、帰りの挨拶が行われた。
下校時間になった。
大半の生徒は、これから部活動に勤しむのだが、広希は、帰宅部なので、帰り支度に取り掛かった。
帰り支度を整え、広希は部活に向かう達夫や早紀に挨拶を行う。それが済んだ後、広希は、教室を出て、階段へと向かって歩く。
途中、千夏が友達と連れ立って、廊下を歩く後ろ姿が視線の先にあった。
千夏は、美術部に所属している。おそらくこれから、美術室へと赴くのだろうと広希は予測した。
千夏は、清楚な笑顔を友達に投げ掛けながら、楽しそうに雑談を行っている。可憐な花を連想してしまうほどの、素敵な風貌だ。
廊下を歩く他の生徒も、千夏に気付くと、あからさまに視線を投げ掛けていた。千夏はそんな視線には慣れっこのようで、気にすることなく、友達と談笑を続けている。アイドルのような貫禄があった。
他のクラスメイト達も口々に言っているが、千夏は将来、アイドルを目指せそうなほどの美貌の持ち主だ。しかし、家は、医者の家系である。聞く所によると、千夏は一人娘で、他に兄弟姉妹はいないらしい。
経営している病院を継ぐとなると、そちらの道に進むのかもしれない。千夏の成績なら、医者になるのも難しくはないだろう。
医者か、アイドルか。その贅沢な二択を選択できる千夏のスペックに、凡人の自分には到底及びも付かない。同じクラスなのに、非常に大きな差である。もっとも、千夏と会話すらロクにしたことがないので、そもそも比べること自体、おごまがしいのだが。
広希が、階段に差し掛かった頃に、ちょうど、視線の先の千夏達が、廊下の曲がり角に消えた。
広希は、階段を降り、まだ人影がまばらな下駄箱で靴を履き替えると、学校を後にした。
広希はSHRまでの少ない時間でトイレを済ませ、教室へと戻る。席に着くと、早紀が話しかけてきた。
「広ちん、食べる?」
早紀は、持っていたお菓子の小袋をこちらに差し出す。一口サイズのクッキーだ。購買で予め買っていたのだろう。
「ありがとう」
広希は礼を言い、クッキーを一枚摘み、口に入れる。柔らかな甘みが口の中に広がった。
「うん、おいしい」
広希は素直に感想を伝える。
「だよねー。今の時間、お腹が空くから、これがないと持たないよ」
早紀は、明るく笑いながら、クッキーを口に運ぶ。そして水筒の血を飲んだ。
広希は、それを見ながら、先ほど食べたクッキーの甘みを思い出した。同時に、かつて一度だけ飲んだ事のある、家畜の血の味も体感として思い出す。
魚を丸ごとミキサーにかけた後、濃い海水に混ぜ込んだような、塩辛さと生臭さが入り混じった味だった。鉄錆に似た臭いも鼻につき、それを初めて口に含んだ時は、体が受け付けず、思わず吐き出してしまった。
今、早紀はその味と、クッキーの甘い味をミックスさせながら、こうして飲んでいるのだ。豪胆な味覚に、尊敬の念さえ覚える。しかも、早紀のみならず、感染者は皆、平気でそのような飲食を行うのだ。感染者になると、味覚の造りが根本的に変わってしまうのだろうか。
広希が頭の中で、首を捻っている内に、SHRが始まった。
二年三組の担当教師である神谷早苗が、明日の行事の確認や、配り物を行う。
神谷は、今年で二十九歳になる女性教師だ。来年で三十路を迎えるため「行き遅れ」にリーチを掛けていると生徒達から冷やかされていた。神谷自身、化粧っ気がない上、髪型も後ろに纏めただけの地味な女性だった。しかし、顔立ちは整っており、女性にしては高めの身長であるため、スタイルも良く見える。その気になったら、一人や二人、男を引っ掛ける事など容易いような魅力は持ってるように思えた。
「最近、交通事故が多いから、気を付けて下校するように。自分達は関係がないと思わないこと」
神谷のハスキーボイスが、教室に響き渡る。神谷は、淡々とした、冷たい印象を与える喋り方をするが、教師としてはとても真面目で、生徒の相談にも真剣に乗ってくれる親しみやすい教師だ。
神谷の連絡事項の伝達が終わり、他に報告がないかの確認の後で、SHRが終了した。そして、神谷の掛け声による、帰りの挨拶が行われた。
下校時間になった。
大半の生徒は、これから部活動に勤しむのだが、広希は、帰宅部なので、帰り支度に取り掛かった。
帰り支度を整え、広希は部活に向かう達夫や早紀に挨拶を行う。それが済んだ後、広希は、教室を出て、階段へと向かって歩く。
途中、千夏が友達と連れ立って、廊下を歩く後ろ姿が視線の先にあった。
千夏は、美術部に所属している。おそらくこれから、美術室へと赴くのだろうと広希は予測した。
千夏は、清楚な笑顔を友達に投げ掛けながら、楽しそうに雑談を行っている。可憐な花を連想してしまうほどの、素敵な風貌だ。
廊下を歩く他の生徒も、千夏に気付くと、あからさまに視線を投げ掛けていた。千夏はそんな視線には慣れっこのようで、気にすることなく、友達と談笑を続けている。アイドルのような貫禄があった。
他のクラスメイト達も口々に言っているが、千夏は将来、アイドルを目指せそうなほどの美貌の持ち主だ。しかし、家は、医者の家系である。聞く所によると、千夏は一人娘で、他に兄弟姉妹はいないらしい。
経営している病院を継ぐとなると、そちらの道に進むのかもしれない。千夏の成績なら、医者になるのも難しくはないだろう。
医者か、アイドルか。その贅沢な二択を選択できる千夏のスペックに、凡人の自分には到底及びも付かない。同じクラスなのに、非常に大きな差である。もっとも、千夏と会話すらロクにしたことがないので、そもそも比べること自体、おごまがしいのだが。
広希が、階段に差し掛かった頃に、ちょうど、視線の先の千夏達が、廊下の曲がり角に消えた。
広希は、階段を降り、まだ人影がまばらな下駄箱で靴を履き替えると、学校を後にした。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】ホラー短編集「隣の怪異」
シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。
日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。
襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。
身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。
じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。
今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~
ひろ
ホラー
二年前、何者かに妹を殺された―――そんな凄惨な出来事以外、主人公の時坂優は幼馴染の小日向みらいとごく普通の高校生活を送っていた。しかしそんなある日、唐突に起こったクラスメイトの不審死と一家全焼の大規模火災。興味本位で火事の現場に立ち寄った彼は、そこでどこか神秘的な存在感を放つ少女、神崎さよと名乗る人物に出逢う。彼女は自身の身に宿る〝霊力〟を操り不思議な力を使うことができた。そんな現実離れした彼女によると、件の火事は呪いの力による放火だということ。何かに導かれるようにして、彼は彼女と共に事件を調べ始めることになる。
そして事件から一週間―――またもや発生した生徒の不審死と謎の大火災。疑いの目は彼の幼馴染へと向けられることになった。
呪いとは何か。犯人の目的とは何なのか。事件の真相を追い求めるにつれて明らかになっていく驚愕の真実とは―――
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
怪奇蒐集帳(短編集)
naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。
怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——
どれもがただの作り話かもしれない。
だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。
本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。
最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/23:『でんとう』の章を追加。2026/1/30の朝頃より公開開始予定。
2026/1/22:『たんじょうび』の章を追加。2026/1/29の朝頃より公開開始予定。
2026/1/21:『てがた』の章を追加。2026/1/28の朝頃より公開開始予定。
2026/1/20:『ものおと』の章を追加。2026/1/27の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/19:『みずのおと』の章を追加。2026/1/26の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/18:『あまなつ』の章を追加。2026/1/25の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/17:『えれべーたー』の章を追加。2026/1/24の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる