あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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 朝食を済ませ、登校の準備を行う。フェイクの血が入った水筒は、今日も忘れずにしっかりと通学鞄に入れる。

 広希は、玄関先まで見送ってくれた祖母に挨拶をし、傘を持って家を出た。

 空は、不気味なほどの暗い雲に覆われていた。湿度もあるようで、生温い空気が体に纏わり付く。

 見慣れた通学路を、歩いて高校へ向かう。広希以外に道を歩いている人間も、皆傘を手に持っていた。

 広希が清見台を抜け、請西区に入っても達夫は姿を見せなかった。早朝練習が行えていないと言っていたので、先に登校しているのではなく、単純に、出遅れているのかもしれない。

 広希は一人で江府高校の校門を通り、教室へと入った。

 教室には、すでに半数ほどのクラスメイトが登校していた。達夫や茂はまだいないようだった。

 クラスメイト達は皆、例の監禁事件の話題を口にしていた。

 広希は、自身の席に歩いて行き、座る。近くの席で、会話を行っていた女子生徒達の会話が、耳へと入ってくる。その内の一人は明日香だった。

 「非感染者が監禁されていたニュース観た?」

 「うん、観た観た。たまにあるよね」

 「そうだね。でも被害者の女の人、可哀想」

 「加害者の人、被害者が非感染者だと知って、我慢出来なかったみたい」

 「でもどうやって非感染者だって知ったんだろ? 普通わからないのに」

 「二人でいる時に、非感染者の女の人が、間違えて、家畜の血を飲んだらしいよ。それで、吐き出して、知られちゃったんだって」

 「あーそうなんだ。そう言えば、非感染者は血が飲めないんだったね。その感覚忘れちゃってた」

 「でも羨ましいなー。非感染者の血って凄く美味しいんでしょ? 一度でいいから飲んでみたいな」

 「じゃあ監禁する?」

 「非感染者が誰なのかわからないから、無理でしょ。数も減っているし。もうこの学校にはいないと思うよ」

 「残念ー」

 広希は、自然に入ってくる明日香達の会話を遮断するように、机に突っ伏した。朝の悲惨なニュースのせいか、あるいは湿度のせいなのか、体が少しだるい。

 近くにいる女子生徒達は、まだ非感染者の血について、会話を続けていた。それを意識しないように、目を閉じた所で、肩を叩かれた。

 「よう。どうした? 具合でも悪いのか?」

 達夫の声が掛かる。広希は顔を上げた。達夫の精悍な顔と目が合う。

 「何でもないよ。ちょっと眠かっただけ」

 「少し顔色が悪いぞ」

 「うーん雨のせいかな」

 広希は、自分の頬を手で触れた。朝、鏡を見た時は何ともなかったが、今はなぜか、やつれているような気がする。人から言われると、さらに体調が悪く感じるのは、良くあることだ。

 「ちゃんと血を飲んでいるか?」

 達夫が忠告する。

 広希は頷いた。

 「うん。飲んでるよ。朝もちゃんと飲んできた」

 「だったら、風邪かもな」

 達夫が納得したように言う。

 「おはよー」

 茂も登校してきたようだ。眠そうな表情で挨拶をする。

 「おはよう」

 広希は、達夫と共に挨拶を返す。

 茂は二人の目の前に来るなり、他のクラスメイトと同じように、大阪であった監禁事件の話題を持ち出した。

 「監禁事件のニュース知ってる?」

 「ああ、知ってるよ。被害者には悪いけど、非感染者相手だと、少し羨ましいよな」

 達夫は食い付く。事件そのものよりも、やはり、非感染者が被害者であることが、心の琴線に触れているようだ。

 少し離れた所にいる早紀も、似たような話を友人と行っていることが、耳に入った。

 広希は、立ち上がる。急に居心地の悪さを覚えたからだ。突然、見知らぬ人間ばかりの土地に放り出されたような、不安な気分が胸中を覆っている。

 広希は、二人に、トイレだと伝え、その場を離れた。教室から出ようとした時、付近に集まっていた女子の集団の会話が、耳に届く。その中には、千夏もいた。

 千夏達は、別の話題を口にしていた。女子高生に人気の男性アイドルグループの話のようだ。

 広希が教室を出る瞬間、千夏と偶然目が合う。だが、千夏は、道端の石ころを見た時のような、興味のない顔で、目線をすぐに逸らした。

 トイレを済ませた広希が、教室に戻った時だった。砂嵐のような音と共に、大雨が降り出した。
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