あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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不穏

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 午前中、降り続けた大雨は、広希の心をひどく鬱屈させた。雨で泥水が増えるように、ヘドロに似た澱が、心の中へと堆積している感覚がある。強くなった湿気が、そのナイーブな気分をさらに落ち込ませるのに一役買っていた。

 広希は、勉強に身が入らない気分のまま、午前の授業を過ごした。表情に出ていたのだろう、早紀が途中、心配そうに声を掛けてくる。

 「広ちん、大丈夫? 何だか体調が悪そうな顔をしているよ」

 大きな目を細くし、早紀は訊く。手には、血が入ったペットボトルを持っている。有名メーカーの血液飲料だ。

 「ちょっと具合が悪いかな。気分的なものだけど」

 広希は溜息混じりに言う。

 「何か嫌なことでもあったの?」

 早紀の質問に、広希は、首を振った。

 「そんなことはなかったけど」

 「そう」

 早紀は頷くと、手に持ったペットボトルをこちらに差し出した。ペットボトルが揺れ、中のどす黒い血が、水音を立てる。

 「血を飲む量が足りないんじゃない? 今日、見てたけど、ほとんど血を飲んでいないっぽいから。これを飲みなさい。元気が出るよ」

 早紀は、そう言うと、手に持ったペットボトルを広希に手渡そうとする。

 広希は、手を振って、拒否をした。

 「いらないよ。ちゃんと飲んでるから」

 そう言ったものの、確かに今日は、フェイクの血を飲む行動は少なかったような気がする。気分があまり良くなく、つい怠ってしまっていたのだ。

 しかし、それを逐一、見ている者がいるとは思わなかった。少しくらい飲まない時間があっても、誰も気付かないだろうという考えが自身の奥底にあったが、甘かったか。これからは気を付けよう。

 「本当? 飲んでなかったように見えて、心配してたんだけど」

 早紀は、納得いかない顔をする。広希は、スタンレーの水筒を取り出し、銀色の蓋に注ぐと、それを飲む。

 「大丈夫だよ。こうやって飲んでるし」

 広希は、蓋を閉めながら早紀にそう言った。

 「そう。ならいいけど」

 浮かない顔のまま、早紀はそれ以上話しかけてこなかった。授業が始まる寸前なので、準備に取り掛かっている。

 早紀が目ざとく自身を見ているのは意外だったが、これから頻繁に飲むようにすれば、おかしな疑問も持たれないだろう。

 そのために、しばらくの間は、水筒を机の上に出したままにしたほうがいいかもしれない。少し邪魔だが、そうしていれば、飲み忘れは避けられる。授業中も血液飲料は、机の上に置くことは禁止されていないのだ。だから、ずっと、出しっ放しの生徒もいた。

 今までは、無理に飲まざるを得ない飲料水をわざわざ机の上に置いておくことに、拒否感があった。そのため、いちいち鞄へ収めていたのだ。

 これからは、ずっと置いておこう。広希はそう決めた。


 
 午前が終わると、雨はあがった。晴れ間こそは現れないが、幾分か、陰鬱な気分はマシになっていた。

 昼食の時間になり、広希は、達夫達と共に弁当を食べる。

 場所は、いつものように、広希の席だ。広希の席は、窓際なので、他生徒の通行の妨げにならず、集まるのに適していた。

 達夫と茂は血液飲料を飲みつつ、食事を続けている。広希も、弁当を食べる合間に、フェイクの血を口に入れていた。だが、如何せん、この液体は、トマトジュースをベースにした、お世辞にも美味しいと言えるようなシロモノではなかった。そのため、弁当とはすこぶる相性が悪い。

 せめて食事中だけでも飲むことを避けたい気持ちがあったが、早紀の件がある。感染者は、思った以上に、他者の血の摂取に敏感のようだ。ここは我慢して、フェイクの血を飲み続ける他ないだろう。

 広希は、達夫達と時折、色々な話題を挟みながら、昼食を続けた。そして、三人共食べ終わり、達夫が血を飲みながらある提案を行った。

 「ちょっと購買に付き合ってくれよ」

 なぜかと訊くと、達夫は、参考書を買うらしい。それを二人に見繕って欲しいと言うのだ。

 用事があるわけではないが、教室から出たい欲求があった。せっかく雨もあがっている。

 広希は、茂と共に同意し、教室を出た。
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