あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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これ、本物の血じゃない

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 友達と食事を終えた早紀は、自身の席へと戻り、空になった弁当箱を愛用のチャムスのリュックの中へと入れた。

 代わりに、リサ・ラーソンの水筒を取り出す。デフォルメされた動物の絵が描かれた、可愛らしい水筒だ。早紀のお気に入りである。

 早紀は、リサ・ラーソンの水筒を傾け、内蓋に血を注ぐ。そして、それを飲んだ。

 芳醇で濃厚な味が口の中に広がる。乾いた土に、水を撒いたかのように、たちまち全身の細胞がみずみずしく活性化する。それと同時に、下腹部から快感が波のように広がった。慣れ親しんだ、幸福の瞬間だ。

 内蓋の血を飲み干した早紀の目に、教室から友達と連れ立って出て行く、広希の後姿が映る。

 これから、購買か自販機の所にでも行くのだろう。

 早紀は、再度、リサ・ラーソンの水筒を傾け、内蓋に血を注ぐ。だが、締りの悪い水道のような勢いで、注ぎ口からは、少量ずつしか流れ出ない。やがては、完全に止まる。

 早紀は、心の中で、あちゃーという声を上げた。水筒の中の血が尽きたのだ。調子に乗って、午前中、飲み過ぎたことが祟ってしまったようだ。

 朝、来る時に買った血液飲料のペットボトルも、すでに空だった。つまり、もう手元に飲める血がなかった。

 これからどうしようかと悩む。血液飲料を買いに行こうか。まだ血は飲み足りないし、午後も必要だ。それに部活もある。さすがにもたないはずだ。

 わざわざ売店まで行かなくても、自販機で充分だ。すぐに買ってこよう。

 早紀は、リサ・ラーソンの水筒を机の上に置いたまま、席を一歩離れた。

 誰かが、自身を呼び止める。

 「やっほー。血ちょーだい」

 明日香が、無邪気な笑顔で、机の上の水筒を奪った。そして、蓋を開け、飲もうとする。

 「残念でした。もう入ってないよ」

 早紀は薄笑いを浮かべ、からかうように言う。

 明日香はそれでも、諦めず、中をチェックする。相変わらずだなと思う。

 「ホントに空っぽだ。ちぇ。飲みたかったのに」

 明日香は、叱られた子供のような悲しそうな顔をした後、水筒を早紀へと返す。

 そして、明日香は次に、ある一点へ目を向けた。つられて早紀も目を向ける。

 明日香は、隣の広希の机を見ていた。正確には、その上に置いてあるものに対してだった。

 広希が血を飲むために使っている、スタンレーの赤い水筒。

 「これ、広希のだよね。貰おうっと」

 明日香は、勝手に広希の水筒に手を伸ばした。

 「こら、駄目だって。広ちん、今いないんだから」

 早紀は、嗜める。だが、明日香は聞く耳を持っていなかった。広希の水筒を掴み、蓋を開ける。

 そして、銀色の蓋に中の血を注いだ。

 「あーあ、怒られるぞ」

 早紀は溜息混じりに呟いた。毎度のことだが、明日香の奔放さには、舌を巻く。

 「えへへ」

 明日香は、笑いながら、銀色の蓋を傾け、広希の水筒の血を一口飲む。

 直後、明日香は、咽ながらその血を吐き出した。

 「ど、どうしたの!?」

 早紀は驚いて、明日香に尋ねた。周りの生徒達も、何事かこちらを見ている。

 明日香は、口元を押さえつつ、手に持った蓋の中身をまじまじと見つめた後、言った。

 「これ、血じゃない」

 「どういうこと?」

 早紀の質問には答えず、明日香は、再度、まだ中身が残っている蓋から血を僅かばかり口に含む。そして、腐った物を食べたかのようなしかめっ面をし、首を振る。その後、それをティッシュに吐き出した。

 「トマトジュースみたいな変な飲み物だよ」

 「ええ? 本当に血じゃないの?」

 「うん」

 明日香は、銀色の蓋をこちらに差し出した。中の液体は、血の色そのもので、とても違うものとは思えない。

 試しに、少しだけ舐めてみる。酸っぱい。トマトジュースを薄めて、甘くしたような妙な味だ。断じて、家畜の血ではない。

 「本当だ」

 「でもどういうこと? 広希っていつもこれ飲んでいるんだよね?」

 明日香は、自身が汚してしまった床を、ティッシュで拭いながら、疑問を口にする。

 早紀は頷いた。

 「そのはずだよ」

 「でも、これが血じゃないってことは、どうやって、広希は血を摂取しているの?」

 明日香は、怪訝な表情で、こちらに訊いてくる。早紀は、首を傾げた。だが、一つの答えが、頭の隅に、起こり火のように生まれていた。

 床を綺麗にした明日香は、広希の通学鞄を漁り始めた。おそらく、早紀と同じ答えに至ったのだろう。

 「……」

 教師の持ち物検査のように、広希の鞄を探る明日香を、早紀は黙って見つめた、本来なら止めるべきなのかもしれない。だが、早紀も『事実』を知りたくなった。だから、体が制止へと動かなかったのだ。

 「あった」

 明日香は、広希の通学鞄から、もう一本の銀色のタイガー製の水筒を取り出した。

 明日香は、その水筒の蓋を躊躇いなく開け、中身をチェックする。

 「これはお茶だ。血じゃない」

 明日香は、断言した。そして、さらに通学鞄の中を探り、机の中まで手を掛ける。
 それら全てを調べ終わった明日香は、早紀に向かって言った。

 「広希、血液飲料を持っていないみたい。どういうことかな?」

 早紀は首を振った。

 「わからないよ」

 言いつつも、示唆される一つの事実が頭を占めていた。明日香の表情も、同じ結論であることを伺わせている。

 いつの間にか、教室中のクラスメイト達も、こちらに注目していた。隅の席で、『取り巻き』の女子生徒達と談笑していたはずの千夏も、その取り巻きと共に、こちらの動向を見守っていた。

 その時、入り口に問題の広希が、達夫達と姿を現した。

 皆、一斉にそちらに目を向けた。
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