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第一章 青天の霹靂

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【5】



ヘンドリックと母が会話をしている間、私は ふと“あの時”の事を思い出して表情を曇らせていると、それに気付いたヘンドリックが私の顔を覗き込んでくる。


「王女様?」

「………ヘンドリック。母様同様、私の事も理想を砕くようで悪いのだけれど、私は貴方の言う素直で優しくて可愛らしいなんて言葉は当てはまらないわよ? 確かに両親思いという言葉だけは私は お父様も母様も大切で大好きだから、その言葉だけは受け取っておくけれど。

私の噂は貴方も聞いているでしょう。自分勝手で傲慢で、父親の溺愛をいいことに何でも欲しい物を手に入れ、更には他国の王太子までも 彼には既に婚約者がいたにもかかわらず父親の権力を使って、その王太子を手に入れたという我儘な第四王女なのは全て本当の事よ。この母様までが呆れるほどに手の付けられないね?」


そう言って母に視線を向けると、母は何とも言えないというような複雑な表情をしていた。


「ーーええっと、それでもこの子は今では成長して大人になって昔に比べたら、大分、いや、すごくマシにはなったのよ? 人の話も聞くようになったし、他所様にもあまり迷惑を掛けなくなったし、我儘を言うのも半分くらいにはなったしーーー」


母様、一応フォロー、ありがとう。


「もしかしたら私は生まれた時から王族だったから、お父様である国王に甘やかされて育った分、元市井出身の母様なんか比じゃないくらいに性格の悪い王女なのかもしれないわーー口だって悪いし。これは母様のせいもあるけれど。だから私は何でも思い通りになると、ずっと思って疑わなかったわ。だってそれが私にとっての当たり前だったから。

だから自分が気に入らない貴族の令嬢達には散々意地悪もしてきたし、それでも気に入らない相手には、お父様にお願いして私の目の届くことのない遠くにやってもらった事もあった。だけどそれが悪い事だなんて微塵にも思っていなかった。

母様は そんな私の所業を注意してきたけれど、そんなものは口煩い小言で、直ぐにお父様の方に逃げていたの。そうすればお父様が私の壁になって母様の小言を防いでくれるから。

私にはお父様が何でもしてくれる。私の願いなら何でも叶えてくれる。それがどういう事になるのかも知らずに、何も考えずに甘えていた。結果………私は過去に沢山の人達の人生を滅茶苦茶に壊してしまったのよ。もう今では その事を謝る事も償う事も出来ないーーー

私がこんな事を考える きっかけになったのは、ある人が教えてくれたの。その人は私に人生を壊されてしまったのに、私が子供だから責任はないと、全ては父の責任だと言って、私を怒ることもそしることも責めることもなく、逆に私の将来を心配してくれていた。それなのに私は謝罪するどころかその人から逃げて、結局、国を離れた その人とは、それ以来会うこともなく私は謝る機会を失ってしまって、今現在、こうして国を追われた私には その人とはもう この先、一生 会う事は無いでしょうね」


「リルディア…………」

「王女…………」

「………王女様」


私の話を聞いて母達三人は私から視線を外しうつむいてしまう。ほんの少し沈黙が続いたあと、私は話を続けた。


「だから、私達の今までの悪行の数々に神様がとうとう怒って天罰を下されたんだわ。母様は神様なんて信じないと仰るけれど、私にはやっぱりこれは天罰だと思う。お父様は今まで味方だった人達に裏切られて殺され、私は最愛の父を失い、母様だって 自分を今まで守ってくれていたーー好き嫌いは別としても夫を失い、私達親子は今捕まったら殺されるかもしれない不安を抱えて、周囲が全て敵に回った中を逃げなければならなくなった。母の言葉で言うなら、これも全ては自業自得。

だから貴方達二人以外に誰一人として私達を助けにきてくれる人もいない。私達は世間では、どうしようもない嫌われ者なのよ。特に私はその父の血を引く性悪の我儘王女。私は憎まれこそすれ、誰かに優しいだの好きだの言ってもらえる資格なんてない。

でもーーヘンドリック、貴方がたとえ勘違いからでも、さっきの大好きだと言ってくれた言葉はちょっと嬉しかったわ。ーーありがと………」


最後の言葉は何というか少し恥ずかしくなって、言葉すぼみに小さくお礼を言う。

そうーーこれも私が学んだ一つ。

母は最低限の作法に煩い人だ。人から物を貰ったり何かをして貰ったり誉めらたりした時は感謝の意を表すこと。逆に自分に非があって相手を傷つけたり誰が見ても悪い事をしたと少しでも感じたら、素直に反省の意を表すこと。

昔の子供の時の私なら『どうして私が礼を言わなければならないの? 私に贈り物をしてくるのは相手の勝手じゃない。別に私がしてくれと頼んだわけじゃないわ。欲しい物ならお父様にお願いすればいいんだし』とか『私が綺麗で可愛いのは一目瞭然でしょう? 本当の事を言われているのに、何故私がお礼を言わなければならないの?』と言っていた。

でもまだその辺は渋々ながらも お礼は言えていたから まだ良い。けれど非とか反省という言葉は私の辞書には無く、何をしても何を言っても父から許されていた私は、『お父様がお怒りになられないのに、私は何も悪くはないでしょう?』とか、『だってあの人たちが嫌いなんだもの。そもそも私に嫌われるような事をするからよ? 向こうが全て悪いんじゃない』ーーーだ。

しかも父からは『王女であるお前は誰にも頭を下げる必要はない』と決定打な言葉を貰っていただけに、生まれながらにして王女である私がどうして下々の者に頭を下げなければならないのよ。という概念があったこともあって、あの当時は記憶にある限り謝ることなど一切した事がない。

それを考えれば今の私はあの当時に比べれば、本当に信じられないくらいに成長したのだと言える。今はありがとうも ごめんなさいもなんの抵抗もなく言葉に出来るし、ただ時々、使う場面によっては照れくさくなったり恥ずかしくなったりすることもあるがーーー


「……………」


私の話が終わると、またしばらくの沈黙。ーー重い話になって皆が気まずい思いをしている。きっとなんと声を掛けていいのか、誰が口火を切るのか間を計っているのかもしれない。

ーーこんな時にする話では なかった。話の流れの必要性から、つい私の過去の我儘所業の昔話をしてしまった。でも これで私がどういう王女なのか分かってもらえたと思う。母同様に変に美化されて間違った認識を持たれても困るし、どうせ幻滅されて嫌われるなら、早く分かってもらえた方が私の心に受ける傷は浅い。


「………エルヴィラ様」

「な、なによ?」


この沈黙を最初に破ったのはヘンドリックで、それも母に話しかけた。母は何の脈絡も無しに突然自分に声が掛かったので、少し声が上擦っている。


「………王女様を抱きしめても良いでしょうか?」

「「はあ!?」」


再び母と隊長の声が同じタイミングで重なった。やっぱり息が合っている。ーーじゃなかった。そんなことよりも今はヘンドリックの発言の方が問題だ。私を抱きしめても良いかって?? 何故に??


「………可愛い。王女様がすっごく可愛い。しかも素直で健気で保護欲 滅茶苦茶くすぐるんですけどーーああ、抱きしめたい!! ギュってしたい!! ううっ、この可愛いさはヤバいですよ。俺、今すぐ抱きしめてお慰めしたい!!」


そう言ってヘンドリックの手が私に伸びる前に、母が私を彼から引き離すように後ろへと引っ張り、私の体をがっしりと自分が抱きかえてガードをする。そして その前をヴァンデル隊長が壁になり、彼が それ以上 私に近付かないように阻止している。


「ちょ、冗談じゃないわっ!! 勝手に私の娘に触らないで頂載!!」

「ええっ!? 勝手にじゃないですよ? だからお伺いを立てたでしょう? 抱きしめても良いですか?って」

「駄目! 絶対に駄目よっ!! 貴方に触れられたら娘の体が穢れるわ!!」

「あ、俺、きれい好きだから大丈夫です。体は毎日洗ってますよ?」

「そういう問題じゃないっ!! まだ嫁入り前の大事な娘を“隠れ狼”の貴方に触れられたら、触れられただけで妊娠するわっ!!」


か、母様!に、妊娠って………


「………ホントに酷い言い草だな。“隠れ狼”って、俺、そこまで信用ないかなぁ? これでもお家騒動になるような事は気を付けてるって言っているのに………昔と違って今は綺麗なものですよ? 以前みたいにもう“手当たり次第”って事はないし、しかも俺、そういうの卒業しましたから。

ーーでも、そうだな。触っただけで妊娠するなら、俺、もう既に王女様を触っているから、そうなると俺の子供を妊娠させてしまったって事になるな。あ、でも安心して下さい。俺、責任取りますからーーって痛っっ!!」


………あれ? なんだか彼の雰囲気が………変わった? それに話し方も………爽やか少年から、いきなり大人の青年に変わったような……?


「いい加減にしろっ!!  ここは騎士団隊の宿舎じゃないんだぞ!? 王女の前でそんならちな会話を聞かせるな!!」


ヴァンデル隊長はヘンドリックの頭をガツンと叩き、あの強面の怖い顔でギリッとにらみながら彼の耳を引っ張る。


………その顔です。………やっぱり強面怖い。


「痛っ!! ちょ、隊長、引っ張っ、んないで!!」

「ふん、とうとう正体を現したわね? この“隠れ狼”!! その内、尻尾を出すと思っていたのよ。なにせ私の娘は美人で すごく可愛いから」

「そ、それ、って、 痛っ! ご自分の事を自慢しているのと同じって、っつ、い、たたっ、親、バカーーー」

「うるさいっ! ーーさあ、グレッグ? このエロ狼な不埒者にはもっとお仕置きが必要よ? ガッツリと指導をして その天才頭から煩悩を全部抜き取っておやりなさいな」

「ちょ、ちょっと、ホントにこの人、口が悪いな! それに隊長!! そもそも最初に その不埒な会話を振ってきたのは、エルヴィラ様なんですよっ!! 母親のくせに妊娠とか言って。そっちの方に問題があるでしょ! どう考えても!!」

「………一理ある」


そう言うとヴァンデル隊長は先ほどから引っ張っていたヘンドリックの耳から手を放すと、今度は眉間に皺を寄せたままの表情で母に向き直った。


「ーーエルヴィラ、貴女もそのなんだ。母親なのだから、そのような不適切な言葉は淑女教育を受けている王女の教育上、使うのは良いことではない思う。それにいくら我々が相手でも一応、異性の前で女性がそういう会話をするのは、世間的にも好ましいものではないから慎んだ方がいい」


至極真面目な顔でそれでも言葉を選んでヴァンデル隊長は母に諭すが、母はそんな隊長をキッと睨む。


「どうせ私は母親らしくないし、慎みだってないわよ。だけど その程度の知識くらい、リルディアだって知っているから別に問題ないわ。それに貴方は不適切と言うけれど、市井出の娘である私から言わせてもらえば、あの貴族子女の淑女教育も良し悪しだと思うわよ?

確かに知性や品格を育てるのは良い事だけれど、でも その大部分が男にとって都合のいい女を作る教育じゃないの。男の貴方達が知っているかは分からないけれど、淑女教育では子供は神様がお与えになると言って、どうやったら出来るかまでは教えていないのよ? 全く冗談じゃないわよ。そんな知識もなくて、もし男に襲われでもしたら泣くのは女じゃない。

だから私はリルディアには自分の身を守れるように、きちんと本当の知識を教えているの。この子は将来確実に男で苦労するのは目に見えているもの」


母の言葉にヴァンデル隊長は思うところもあったらしく、グッと言葉に詰まる。

思い返してみればーーーあれは12歳の頃、私は淑女教育で異性に関しての教育を受けた。家族以外の異性とは挨拶やダンスをする時以外は、体への接触は絶対にしてはならない。もしそれを破れば触れたところから腐っていって病気になるのだそうだ。

………怖いな、それ。

そして結婚した時は全て夫の言う通りに従うのが良い妻の務めだと教わり、更には子供も神様がその良い妻だけにお与えになるものだから、神様の代弁者である夫に全て任せていれば大丈夫だとの事だ。その時の私には何が何だかさっぱり理解出来なかったが、年長の女教師は「今は分からずとも、ご結婚なさればお分かりになりますわ」と言って、ホホホ、と笑うばかりだ。

そこで私がその事を母に報告すると母が激怒した。そしてそれは嘘だと言って、母は私に本当の知識を教え込んだ。特に私の場合は自分の身を守る為に必要なのだと言って。おかげで私は間違った認識を持たずに済んだがーー確かに今思えば、淑女教育には良し悪しだ。


だけれど、やはり母様ーーいくら知識があれど異性の前では言葉にするのは慎んで頂きたいです。私、まだ嫁入り前なので………


さすがに私も居たたまれないので俯いていると、やはりヘンドリックが空気を読んで機転を利かす。


「エルヴィラ様はやっぱり良いお母上様ですよ! 淑女教育がどんなものかは俺も詳しくは知りませんが、貴族のご婦人方を見ていても、あの男の顔色ばかり伺っている所はちょっとな~と思いますし、やはり間違った知識は本人の為にも良くはないですしね。いや~俺も本当にそれで若い頃は苦労したもんな~。王女様は淑女教育も市井教育もどちらも受けられて幸せだな~ 

ーーって、隊長、そろそろ行かないと不味くないですか? こんなに呑気にしていたら頼んでいた宿屋のご亭主が待ちくたびれてしまいますよ?」

「あ、ああ、そうだな。全く、元はと言えばお前がーーー」


ヴァンデル隊長がヘンドリックを睨むが、彼は全く気にしていない。


「まあまあ、あ、御者は俺、やりますんで。ほら、エルヴィラ様も行きますよ?」

「え? ええ、そうね?」

「王女様、もうちょっとのご辛抱ですからね~。あと少し走れば直ぐに国境の町ですよ。あ、それでもやっぱり、お辛いなら言って下さいね? 俺、本当に王女様の椅子にーーー」


再びヘンドリックの頭にヴァンデル隊長の鉄槌がーーー

………やっぱり、痛そう。何だか見ている自分も痛い?  気がする?


それで私も思わず自分の頭を触っていると、ヘンドリックと視線が合った。すると彼はやはり爽やかな人好きのする笑顔で私にニコッリと微笑む。


ああ、やっぱり彼は空気を読むのが上手い人だ。こんなに軽薄にも見えるのに、周りに然り気なく気を遣う。さっきの会話にしたって私の様子に気付いて話題を変えてくれたに違いない。

道化師みたいな人だけど、本当に優しい人。ーーでも、先ほどのヘンドリックのちらりと見えた大人の顔には驚いた。

ーー彼の本当の素はどっちなのだろう?




【5ー終】















































































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