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31.すれ違う想い
しおりを挟む「久世先生っ、お話が……」
「ごめんね。いま忙しいんだ。あとにしてくれる?」
「っ、はい……」
オフィスに戻ってきた棗ちゃんに声を掛ければ、そう返されて部屋の扉をバタンと閉められる。
あの日以来、棗ちゃんは私と事務的な会話しかしてくれない。何度も話をしようと声をかけるけれど拒否されてしまう。
「はああぁ……」
デスクに戻って、両手を頭に抱えて大きなため息をつく。
「二ノ宮さん、ため息つくと幸せが逃げるんだぞー。いまのはかなり大きかったから、幸せめっちゃ逃げ……」
「は?」
「ひっ!? ご、ごめん、なんでもありません!」
隣からからかうように椅子を動かして近づいてきた箕輪くんを腕の間からギロリと睨みつける。そんな恐ろしい私の視線に逃げるようにそそくさと自分のデスクに戻っていった。
最初は棗ちゃんの嫌なことに首を突っ込んでしまったせいかと悲しくなったけれど……。
(あの拗らせわからず屋が!)
話もさせてもらえないこの状況に怒りが徐々に湧いてきた。
────パチパチ……。
(たしかに? 棗ちゃんの嫌なことに首を突っ込んだ私も悪いけど?)
────パチ!
(棗ちゃんも麗子さんの話も私の話も聞かずに自分の殻に閉じこもるのも悪くない!?)
────パチ!パチッ!
(私と二人きりなんてそんな人生ありえないでしょうが! この激重男が! わからず屋!)
────パチ!パチッ!パチィン!!
「っわぁ!?」
強くキーボードを叩く音に椅子から飛び跳ねる箕輪くん。
「なぁ、涼奈。二ノ宮さんなんかあったの? 最近情緒不安定で怖いんだけど……」
「あぁ、悟りなさい。とにかく彼女には時間が必要なのよ」
私の後ろでコソコソと話す箕輪兄妹。連休明け、涼奈も私に嬉しそうにデートの結果を聞こうとしてきたけど、聞く前に私の表情で悟ったようだった。
「そりゃあ、あの万年金欠の莉衣が一万円以上もお金をかけて準備したのになんにも成果がなかったら……あぁなるわよね」
「一万円? 成果? なんのこと?」
────ギッ!!
「「ひっ!?」」
勢いよく振り返って二人を睨みつければ、一瞬で静かになる。そう、諭吉様を投資したのに無惨に儚く床に散っていった下着やワンピースに対しても腹立ちしかない。
家で泣きながらワンピースのボタンを縫った私を思い出せば、いまは棗ちゃんにその針を刺してやりたいという気持ちになってくる。
(髪の毛も巻いたのに! 化粧もしたのに!)
家に帰ったあとの私はもはや戦いのあとのようにボロボロだった。マンションの外、私を乗せたタクシーのおじさんが棗ちゃんと私を交互にみて『この女の子はストーカーか?』みたいな顔をしたのを忘れられない。
『あんたみたいな子にはもっと平凡そうな男の方がいいよ』と降り際におじさんに慰めの飴を貰った。その飴を部屋で口に含んで噛み砕いたのは屈辱でしかない。
「どうやって話をしてやろうか……絞め技をかけて逃げられないようにしてやろうか」
その日の仕事終わり、ブツブツと呟きながらビルから出る。
「二ノ宮莉衣さん」
いきなり呼び止められて、顔をあげればそこには五十代くらの男性。スラッとして背が高く、髪の毛を後ろに流して……それはまぁ整ったお顔をしている。
(うわぁ、めちゃくちゃダンディな男性……って、ん?)
なんだか見覚えがあるような。既視感というか……。
「そんなに見つめられると勘違いしそうになるよ」
ふわりと笑った優しいお顔。そのお顔に思い浮かぶ人。まさか……この人は……。
「あぁ、自己紹介がまだだったね。久世正二郎です」
(やっぱり! 棗ちゃんのお父様だ!)
「わた、わたっ……あのっ……」
「うん。いきなり来てごめんね。少し話がしたいんだけどいいかな」
「えっ、あの……」
「うん、大丈夫。早く乗って?」
そのまま横付けされていた車に乗るように促される。大丈夫というなぞのワードにわけもわからず車に乗らされる。
(あぁ、この強引さ。これも既視感がすごい)
「あの……私……」
「うん。話は家に着いてから」
「家!? ま、待ってくださ……ん!」
しーっと唇に指先をつけて黙らされる。さすが棗ちゃんのお父様。彼の強引さと話を聞かない感じは遺伝によるものだったのかと頭が痛くなった。
そうして連れてこられたのは……それはまぁ豪邸で。中に入ればさらに広い居間に通されて足がすくむ。
(とってくわれる!? 息子を誑かした女だって!?)
ガタガタと震えながら向かいのソファに座るお父様に視線を送れば、なぜか微笑まれた。
その微笑みに悪いことではないのだろうかと少しだけほっとする。
「私、えっと……」
「うん、君のことは知っているから大丈夫」
「は、はい……」
(でしょうね)
麗子さんに知られていたという時点でなんとなくお父様にも知られているだろうなとは思ってはいた。
「麗子と会ったそうだね」
「あっ、はい……でもその……」
「うん。そのあとのことも麗子から聞いているから。はぁ、ごめんね。君を巻き込むようなことになって」
「いえ。それは大丈夫ですので……」
「麗子には前々から棗としっかり話し合うように言っていたんだ。けれど、頑なに嫌われたままでいいと言うから」
はぁと深いため息をついて頭を抱えるお父様。やっぱり麗子さんはわざと棗ちゃんに真実を伝えなかったのか。
麗子さんが前の奥様に贖罪を感じているのをお父様もきっと気がついているのだろう。困ったように眉を寄せている。
「私も悪いんだ。棗の気持ちも考えずに母親が必要だろうと決めつけて。心の傷が癒えていないときに無理やり新しい母親だと紹介してしまった」
「それは……」
「麗子の気持ちも前からわかっていた。それをすぐに受け入れたのも間違いだったのかもしれない」
薬指につく指輪を撫でるお父様。棗ちゃんのために結婚したと言うけれど、その撫でる指先と見つめる瞳が愛しいものに接するような優しいものだ。
(きっと麗子さんを愛しているのね)
長い時間の間で、お二人にどんな変化があったのかはわからない。けれどお父様は麗子さんのことを想っていることはわかる。
「麗子が君に迷惑をかけたと謝罪を伝えてほしいと言われたんだ」
「え……」
すっと立ち上がって棚の引き出しから紙を取り出す。
「っ!?」
そこには名前が書かれた離婚届とメモ。
そのメモには私への謝罪とお父様、棗ちゃんへの謝罪。綺麗な均等のとれた無機質な文字にはにつかわない、悲しみや苦しみが伝わってくる内容だった。
「不器用なんだ。それにありえないほど真面目な子でね」
あまりに辛い文章に思わず眉を寄せた私に気がついてそのメモを折りたたむ。
「結婚するときに棗の母親としてよろしく頼むと伝えたことも間違いだった。彼女に変な重荷を背負わせてしまった」
「いま麗子さんは……」
「まだ仕事中だから職場にいる。考え直してくれと何度伝えても一向に首を縦に振ってくれない」
「このことを棗ちゃんには?」
私の質問に口を噤んでから、ゆっくりと首を横に振る。
「メールで伝えたけれど、返事は無い」
「どうして……」
「麗子から嫌われていると棗は思っているから仕方がないよ」
(仕方ない?)
母親が離婚届を出そうとしているのに仕方ない?
どうしてこの家族はすべてを諦めているのだろうか。互いに勝手に決めつけて、それでいいと思って諦めている。
『幸せだと演じているだけ』
前に棗ちゃんが言っていた言葉が頭に浮かぶ。その言葉に無性に怒りが込み上げてくる。
ガタンと机に手をついて立ち上がると、机に置かれていたカップが揺れて中の紅茶が溢れて零れる。
「莉衣さん?」
「だぁーー! もうくだらない話はいいです! 麗子さんの部屋を案内してください」
「えっ、くだ……へ、部屋?」
「いいから早く!!」
「あ、ああ」
また強く机を叩いてお父様に詰めよれば驚きつつも部屋に案内してくれる。
「莉衣さん? えっと……それは勝手に触るなと麗子から……」
「黙っててください!! もう拗れに拗れてるんだからこうするしかないでしょうが!」
「ご、ごめん?」
その部屋に大事そうに棚にしまわれたものを袋に入れて、そのまま部屋を飛び出した。
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