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しおりを挟む婚約破棄騒動から一夜明け、王宮からの使いの人が来ていた。
登城するように、とのことらしい。
話は勿論婚約破棄についてだろうが。
そんなこともあり、私は大きな溜息を吐きつつも王宮に来ていた。
そして、挨拶もそこそこに本題へと入る。
この場にはルイス様、カイン殿下、陛下、皇后様は勿論のこと、宰相とお父様とお兄様もいる。
驚くことにルイス様との婚約破棄はすんなりと認められ、その罰としてルイス様は幽閉、ということになった。
まぁ、王家から望んだ婚約を……という事なので仕方の無いことかもしれないが少々重すぎる罰のように感じた。
そんな事を考えるくらいにはまだルイス様に情が残っていたようだ。
「ルーナ嬢の婚約者だが……。
望む者がいればこちらから話を付けよう」
という事らしい。
それが王家なりの誠意なのでしょう。
まぁ、しばらく婚約するつもりはありませんが。
「失礼ですが、私は婚約をするつもりはありませんわ」
「そう、か……」
私の返事に陛下は苦い表情になる。
それは、ルイス様の事で私が心に傷を負ったと思っているからだろうか?
重々しい空気の中、不意にカイン殿下が口を開いた。
「父上、私からも1つよろしいでしょうか?」
「……あぁ」
「ありがとうございます」
カイン殿下はフッと優しい笑みを浮かべると、私の目の前へと歩いてきた。
またルイス様について謝罪をしようとしているのか、とも思ったがどうやら違うらしい。
カイン殿下は私の手を取り膝をつく。
「ルーナ嬢、私は以前からあなたの事を慕っておりました。
どうか、私の婚約者となり、共に生きてくれませんか?」
「……どなたかとお間違えだと思いますわ」
辛うじて出た言葉はそんな言葉だった。
……後々考えてみれば、もっと他にあるだろう!
とでも言われそうな言葉である。
だが、そんな言葉しか出ない程までに取り乱していた。
「私はルーナ嬢がいいのです」
何故か甘い視線を向けるカイン殿下に、私は後ずさる。
触れてはいけないものに触れたような気がしたのだ。
「で、殿下……?
私は先日婚約を破棄された身。
私のような者との婚約は殿下にとって汚点になりますわ」
「私は気にしない。
あなたに非がないことも分かっています。
それに……あなたの秘密を知れば反対は起きないでしょう?」
その殿下の言葉に、思わず顔を引き攣らせた。
私の秘密、そう言われ思いつくのは月持ちということだけなのだから。
「……私の秘密とはなんでしょうか。
そのようなもの、私にはありませんわ。
何より、私には王妃など荷が重すぎますもの」
「私はルーナ嬢以外を妻にと望むつもりはありません。
ルーナ嬢が王妃になりたくないというのなら、王位など弟に譲りましょう。
それでも、受けてはくれませんか」
……殿下は私を逃がしてくれるつもりは無いらしい。
これが他の相手であれば何も知らない相手と、などと言えるのだが殿下相手にはそうもいかないのだ。
なにせ、私とルイス様の婚約が決まった7歳の頃からの付き合いなのだから。
だからと言って、王位を譲るとは。
殿下の弟、つまりはルイス様に王位を譲るなど国丸ごと人質としたも同然だ。
「ルーナ嬢……私では力不足でしょうか?」
「まさか……!!
そんなことは……」
「でしたら、お受けいただけますか?」
「……謹んでお受け致しますわ」
完璧と言われる殿下を力不足と言えば私が罵られることとなるのだ。
殿下を自分よりも下と見ているのか、などとも言われてしまう。
この殿下の事だ。
それを見計らって口にしたのだろう。
まぁ、どうせ婚約させられるのならば他の人よりもいいでしょう。
これで、勉強漬けの日々に戻ることになるが。
「父上、僕達は……」
「あぁ、好きにしろ」
陛下からの許可を貰うと、殿下は私の手を引き外へと連れ出した。
殿下ってこんな積極的な方でしたっけ?
王宮の一角にある庭園に来たところで、私は殿下に問いかけた。
「殿下、殿下の知る私の秘密とはなんでしょうか?」
先程は動揺してしまったが、私の秘密は屋敷の者しか知らないのだ。
それを殿下が知っているとは思えない。
ならば……殿下の言う私の秘密とは何なのだろうか。
「強いて言うのなら、秘密を持っていること。
そして、それがこの国に影響を及ぼすだろうこと、くらいだね。
とはいっても、それに確実性はなかったからカマをかけさせてもらったけど。
まぁ、ルーナ嬢が言いたくないのならその秘密について私は触れるつもりはないから安心してほしい」
……つまり私は殿下に嵌められた、ということですね。
よく考えてみれば私の秘密について知るものは屋敷内でも一部の人間のみ。
殿下が知るはずがないのだ。
彼らが私を裏切ることはないのだから。
「あぁそれと、私の事は殿下ではなく、カインと呼んで欲しい」
「カイン殿下は私にその秘密が無ければ婚約を申し込む事は……」
殿下呼びが禁止されたので呼び方をカイン殿下に戻す。
「関係ないよ。
その秘密は私にとってはどうでもいいものだ。
あと、カインだけでいい。
敬称も要らない」
「……そういうわけには」
どうしてもカイン、と呼んで欲しいらしい。
私はそれを渋るとまた考え始めた。
秘密が関係ないとなると私の家が関係するのでしょうか?
だが、既に殿下に着いているのだから私を婚約者にしても意味はありませんわね。
となればやはり私の学んできたことや私の持つ独自の関わりでしょうか?
これでも一応、周辺の国の王族とは関わりがありますし。
もしくは私が受けていた教育でしょうか?
どちらにしても、この方ならば次代の王に相応しいと、そう思えます。
「カイン殿……カイン様」
カイン殿下、と呼ぼうとしたらニコッと笑顔になったので言い直す。
「カイン」
「……カイン」
様でも駄目らしい。
仕方なく呼び捨てにすると、今度は嬉しそうに微笑んだ。
「どうしたの?」
「私の事はルーナ……いえ、ルナとお呼びください」
実は、呼び方1つで月からの力の受けやすやが変わってくる。
ルーナよりもルナと呼ぶ方が何故か月からの力が受けやすくなるのです。
古代の言葉でルナというのは月を意味するそうですからきっとそれが関係あるのでしょう。
カインにならば使う機会もあるでしょうし愛称と思われれば……まぁ、仲の良さもアピールすることとなりますしね。
まだ、秘密について言うつもりはありませんが。
「あぁ、ルナ。
1ヶ月後の婚約発表が楽しみだよ」
カインの口からサラッと零れたその言葉に私は固まった。
「えっ……?」
普通はもっと準備をするものなのだ。
にも関わらず1ヶ月後とは……。
「言っていなかったっけ?
今回の婚約発表は1ヶ月後にある夜会に合わせているんだ。
あぁ、ドレスはもちろん私が用意するよ」
それならば仕方の無い事なのだろう。
……多分。
「あぁ、そうだ。
ルナ、明日は空いている?
2人で街へ行かない?」
「2人で、ですの……?
護衛は……」
「大丈夫。
途中で撒くから」
……全く大丈夫のようには思えないのですが。
というより、王太子の立場にあるカインが護衛を撒いてはダメでしょう。
「冗談だよ、ルナ。
表立った護衛は付けないけど、どうせ影の者が着いているからね」
「ならばいいのですが……」
そのすぐ後、私は自分の失言を恨むのことになった。
「良かった。
一緒に行ってくれるんだね」
と、笑顔で言われた時には理解せざるを得ないだろう。
そして、そこに私の拒否権がない事を理解すると渋々ながらにも頷いた。
「明日、迎えに行くよ」
「……お待ちしております」
「ルーナ、そろそろ帰るぞ」
お兄様の声に、私は安堵の息を吐くとカインに挨拶をしてから兄の元に少し急ぎ足で向かった。
「ルーナ、許してやれよ。
あいつは今までかなり我慢してたんだから」
「我慢、ですか?」
「あぁ。
それと、あいつは本当にお前の事が好きだぞ。
そこは勘違いするなよ」
私の事が、好き……?
否定したい思いもあったが、カインのあの、嬉しそうな表情、浮かれた様子を思い出すと否定は出来ない。
そう思うと、かぁっと顔が熱くなっていく。
「おまっ……マジかよ……」
「うぅっ……」
居心地が悪くなり目を逸らすとあからさまにお兄様は溜息をついた。
だって、仕方ないじゃないですか。
前の婚約者の方がアレだったのですから。
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