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第166話 真夜中の訪問者
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クルヌイ砦への出兵からダニアの街に帰還したクローディアは3日間、私邸で集中的に治療を受けた。
そのおかげで彼女の体調はかなり回復し、命の危機は脱したとベリンダも見ていたが、それでも彼女は3日間ずっとクローディアに付きっきりだった。
これではベリンダが倒れてしまうと思ったクローディアは、彼女に命令して隣の部屋で強制的に休ませたのだ。
クローディアの寝室には小姓が2人ほど交代で付きっきりになることを条件に、ベリンダは渋々、その命令に従った。
(ふぅ……そろそろ病人扱いにも飽きてきたわね)
夜、皆が寝静まった後、ベッドに横たわりそんなことを考えていたクローディアは、不意に窓が風に揺れるのを感じた。
ベッドから身を起こした彼女は部屋の隅で控えている小姓たちに命じ、少しの間、部屋を出ているように命じる。
小姓らはわずかに躊躇したが、彼女の命令に従って部屋を出て行った。
寝室が無人になるとクローディアはベッドから降りて、窓辺に寄る。
そして窓を静かに開け放つと、そこにはいつものようにアーシュラが立っていた。
「来ると思ってたわ。アーシュラ。入りなさい」
そう言うとクローディアは彼女を寝室に招き入れる。
アーシュラは音も立てずに窓からスッと寝室内に足を踏み入れた。
私邸は各所に警備兵が配置されているが、アーシュラはそれをものともせずここまで来たのだ。
彼女の技量を考えれば何も不思議なことはないとクローディアは口元に笑みを浮かべる。
だがアーシュラはいつも以上に陰鬱な表情でクローディアの前に跪き頭を垂れた。
「クローディア……申し訳ありませんでした」
「どうしてあなたが謝るのよ」
苦笑しつつそう言いながらクローディアはすぐに悟った。
耳聡いアーシュラはおそらく、自分が黒き魔女アメーリアと交戦した話をどこからか聞いていたのだろう。
「謝るのはワタシのほうよ。黒き魔女を討ち漏らしてしまったわ。あなたとの約束を果たす絶好の機会だったのに」
「そ、そのお約束はもうお忘れ下さい。黒き魔女とこれ以上戦うのは……」
そう言いかけたアーシュラのそばに膝をつくと、その手をクローディアはそっと握った。
アーシュラは俯いたままビクッと肩を震わせる。
「彼女はあなたにとっての仇。ワタシが討たなくて誰が討つの?」
「ダメなのです。あの魔女と関わる者は皆、不幸になる。クローディアだってお命が……」
そう言いかけるアーシュラの言葉を遮り、クローディアは平然と言う。
「そうね。私も危うく死ぬところだったわ。でも、初対戦で生き残ったってことは今度はやり返す機会があるってことよ。ワタシ、アメーリアを思い切り投げ飛ばしてやったわ。彼女、壁に激突して水に落ちて、そのまま流されていったの。水路から上がれないほど痛手を負ったのかもしれないわね」
いい気味だと言わんばかりにクローディアは快活な笑みを見せた。
そんな彼女をアーシュラは呆然と見つめる。
クローディアはそんなアーシュラを見つめ返し、束の間、2人の目が合った。
アーシュラは慌てて俯く。
クローディアはそんな彼女の手を握ったまま言った。
「あなたは彼女への恐怖に囚われている。それは仕方のないことよ。だからワタシがアメーリアを討つ。ワタシにしか出来ないと思うわ。それに彼女、トバイアスの暗殺を命じたワタシを許さないでしょうね。きっとトバイアスと恋仲なんだわ。執念深そうな女だったし、こっちが知らん顔していても地の果てまでも追って来てワタシを殺そうとするでしょうね」
そう言ってクローディアは肩をすくめるが、その目が鋭い光を帯びる。
「面白いじゃない。次はこっちが返り討ちにしてあげるわよ。だからアーシュラ。あなたもワタシを信じて。あなたの恐怖はワタシが取り払うから」
「クローディア……」
彼女の強い言葉にアーシュラは唇を噛みしめ、静かに頷いた。
アメーリアへの恐怖は消えないが、それでも主を信じるのが自分の務めだとアーシュラは覚悟を決める。
「今度……アメーリアと戦う時は必ずワタシをお連れ下さい」
「アーシュラ。でも、あなた……」
「ワタシがいれば何かのお役に立てるはずです。共に戦わせて下さい」
アーシュラには戦闘は出来ない。
それでも自分の力を活かしてクローディアの手助けをしたい。
黒き魔女の呪いのような恐ろしさが黒雲となってクローディアを覆い尽くすのならば、自分がその黒雲を振り払う風となる。
アーシュラは震える手でクローディアの手を握り返した。
アメーリアは恐ろしいが、クローディアの力になろうと思えばこそ恐怖も薄らいでいく。
そんなアーシュラの決意をその握る手の力から感じ取ったクローディアは静かに頷いた。
「……分かったわ。共に戦いましょう。黒き魔女と」
「はい……すみませんでした。こんな夜遅くに。どうかお体をお休め下さい」
そう言って立ち上がり、その場を去ろうとしたアーシュラをクローディアは呼び止めた。
「アーシュラ。ひとつ、やってもらいたい任務があるの。あなたにしか頼めないことよ」
「……何なりと」
クローディアの言葉にアーシュラは頷いた。
その顔は主の命令を必ず果たすとという使命感に彩られ、先ほどまでの怯えは消え失せていた。
そのおかげで彼女の体調はかなり回復し、命の危機は脱したとベリンダも見ていたが、それでも彼女は3日間ずっとクローディアに付きっきりだった。
これではベリンダが倒れてしまうと思ったクローディアは、彼女に命令して隣の部屋で強制的に休ませたのだ。
クローディアの寝室には小姓が2人ほど交代で付きっきりになることを条件に、ベリンダは渋々、その命令に従った。
(ふぅ……そろそろ病人扱いにも飽きてきたわね)
夜、皆が寝静まった後、ベッドに横たわりそんなことを考えていたクローディアは、不意に窓が風に揺れるのを感じた。
ベッドから身を起こした彼女は部屋の隅で控えている小姓たちに命じ、少しの間、部屋を出ているように命じる。
小姓らはわずかに躊躇したが、彼女の命令に従って部屋を出て行った。
寝室が無人になるとクローディアはベッドから降りて、窓辺に寄る。
そして窓を静かに開け放つと、そこにはいつものようにアーシュラが立っていた。
「来ると思ってたわ。アーシュラ。入りなさい」
そう言うとクローディアは彼女を寝室に招き入れる。
アーシュラは音も立てずに窓からスッと寝室内に足を踏み入れた。
私邸は各所に警備兵が配置されているが、アーシュラはそれをものともせずここまで来たのだ。
彼女の技量を考えれば何も不思議なことはないとクローディアは口元に笑みを浮かべる。
だがアーシュラはいつも以上に陰鬱な表情でクローディアの前に跪き頭を垂れた。
「クローディア……申し訳ありませんでした」
「どうしてあなたが謝るのよ」
苦笑しつつそう言いながらクローディアはすぐに悟った。
耳聡いアーシュラはおそらく、自分が黒き魔女アメーリアと交戦した話をどこからか聞いていたのだろう。
「謝るのはワタシのほうよ。黒き魔女を討ち漏らしてしまったわ。あなたとの約束を果たす絶好の機会だったのに」
「そ、そのお約束はもうお忘れ下さい。黒き魔女とこれ以上戦うのは……」
そう言いかけたアーシュラのそばに膝をつくと、その手をクローディアはそっと握った。
アーシュラは俯いたままビクッと肩を震わせる。
「彼女はあなたにとっての仇。ワタシが討たなくて誰が討つの?」
「ダメなのです。あの魔女と関わる者は皆、不幸になる。クローディアだってお命が……」
そう言いかけるアーシュラの言葉を遮り、クローディアは平然と言う。
「そうね。私も危うく死ぬところだったわ。でも、初対戦で生き残ったってことは今度はやり返す機会があるってことよ。ワタシ、アメーリアを思い切り投げ飛ばしてやったわ。彼女、壁に激突して水に落ちて、そのまま流されていったの。水路から上がれないほど痛手を負ったのかもしれないわね」
いい気味だと言わんばかりにクローディアは快活な笑みを見せた。
そんな彼女をアーシュラは呆然と見つめる。
クローディアはそんなアーシュラを見つめ返し、束の間、2人の目が合った。
アーシュラは慌てて俯く。
クローディアはそんな彼女の手を握ったまま言った。
「あなたは彼女への恐怖に囚われている。それは仕方のないことよ。だからワタシがアメーリアを討つ。ワタシにしか出来ないと思うわ。それに彼女、トバイアスの暗殺を命じたワタシを許さないでしょうね。きっとトバイアスと恋仲なんだわ。執念深そうな女だったし、こっちが知らん顔していても地の果てまでも追って来てワタシを殺そうとするでしょうね」
そう言ってクローディアは肩をすくめるが、その目が鋭い光を帯びる。
「面白いじゃない。次はこっちが返り討ちにしてあげるわよ。だからアーシュラ。あなたもワタシを信じて。あなたの恐怖はワタシが取り払うから」
「クローディア……」
彼女の強い言葉にアーシュラは唇を噛みしめ、静かに頷いた。
アメーリアへの恐怖は消えないが、それでも主を信じるのが自分の務めだとアーシュラは覚悟を決める。
「今度……アメーリアと戦う時は必ずワタシをお連れ下さい」
「アーシュラ。でも、あなた……」
「ワタシがいれば何かのお役に立てるはずです。共に戦わせて下さい」
アーシュラには戦闘は出来ない。
それでも自分の力を活かしてクローディアの手助けをしたい。
黒き魔女の呪いのような恐ろしさが黒雲となってクローディアを覆い尽くすのならば、自分がその黒雲を振り払う風となる。
アーシュラは震える手でクローディアの手を握り返した。
アメーリアは恐ろしいが、クローディアの力になろうと思えばこそ恐怖も薄らいでいく。
そんなアーシュラの決意をその握る手の力から感じ取ったクローディアは静かに頷いた。
「……分かったわ。共に戦いましょう。黒き魔女と」
「はい……すみませんでした。こんな夜遅くに。どうかお体をお休め下さい」
そう言って立ち上がり、その場を去ろうとしたアーシュラをクローディアは呼び止めた。
「アーシュラ。ひとつ、やってもらいたい任務があるの。あなたにしか頼めないことよ」
「……何なりと」
クローディアの言葉にアーシュラは頷いた。
その顔は主の命令を必ず果たすとという使命感に彩られ、先ほどまでの怯えは消え失せていた。
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