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二章

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「大丈夫ですか?」
「…あ、ああ……うん」


 顔を覗き込まれる。目を泳がせていれば、不機嫌そうな声が聞こえた。


《うー……兄ちゃん、無視ぃ?》


 ビデオ通話の音声だ。すると犬飼は小さく息を吐いて、画面に人差しをかざす。そのまま天井に向かって指を滑らすと、映像が立体化して浮かび上がる。画面から放たれる光の粒が、通話相手を形作り、ホログラムとして機能しているんだ。

 犬飼はちょっと面倒くさそうに「用件は?」と語尾を上げる。そうすればホログラムに映る少年は片頬をぷっくりと膨らませて、言った。


《兄ちゃん、何時に帰ってくるの?》
「決めてない」
《今どこ?》
「居酒屋」
《誰といる?》
「会社の人」
《女は?》
「いる」
《男は?》
「いる」
《何人いる?》


 普段から同じようなやりとりをしてるのだろうか。高速ラリーのように交わされる会話に、目を右往左往させた。犬飼のやつ…、身内だというのに…否、身内だからか、随分と淡白な反応だ。居心地の悪さにそわそわしていると、犬飼はこちらに顔を寄せて、こっそりと耳打ちをした。


「…どうかしました?」
「い、いや……俺、ここに居ていいのか?」
「はい?良いに決まってるでしょう?」


 立ちあがろうとすれば、グッと手首を掴まれた。


「無意味に離れないでください」
「お、おう……」


 む、無意味って……

 なんでキレ気味なんだ……

 内心ビクビクしながら、ぎこちなく腰を下ろす。


《ねぇオレの質問に答えてよ。無視しないでってば》


 すると拗ねた声が上がった。目を向ければ、ホログラムには、耳にかかるほどの黒髪がふわふわと揺れている。


《もうっ。兄ちゃんはいつもオレを蔑ろにする。兄ちゃんのバカっ。きらいっきらいっ》


 顰めっ面をして、上半身を大きく左右に振ってるんだ。ちょっと子供っぽい仕草だが、それが様になるくらい、少年の容姿は少女かと見間違うほど可愛らしいものだった。

 記憶のなかの人物と、目の前の少年が重なる。


「嫌いならもう電話かけてくるな」
《……………冗談だし……好き》


 驚いたことに、彼は研究所で会った少年だ。


《…?隣の人って兄ちゃんの仕事仲間?》


 なんと2人は兄弟だという。言われてみれば、少年の顔立ちは隣のイケメンに似ている気がしなくもない。全体的に2人とも整ってる。ただパッと見て「似てる」と言えないのは目元が違うからだろうか。犬飼の目元は、やや垂れていて切れ長だ。目が合えばゾクッとするような艶やかな魅力がある。だが、少年はどちらかといえば対極の雰囲気だ。人形のようにぱっちりとした目元は目尻に向かってきゅっと上がっていて、ふっくらとした涙袋が可愛らしい印象を与えていた。
 

「そう。俺の先輩」


 犬飼が、俺を紹介するように、ひらりと手のひらを上にする。


《へえ……》


 途端、少年とばちりと目が合い、ビクリとした。その瞳が、品定めをするような目つきに変わったんだ。「以前お会いしましたよね」「お久しぶりです」等、普通に再会の挨拶をしたいところなんだが、いかんせん、少年の“状況”は特殊だ。

 「あ、えーと…」と頭の中を白くしてると、そんな俺を見かねてか、彼は含みのある笑みを浮かべて《優しそうな人だね》と目を細める。

 そして、

 少年の背後から、体格の良い2人の男が現れた。その彫刻のような逞しい体つきと顔に見覚えがあった。研究所で少年の傍にいた屈強なアンドロイドだ。彼らは少年に身を寄せて、褐色の腕を、少年の胸や首にまわす。

 彼らの顔に表情はない。ただジッと少年を見下ろして、力任せに少年を引き寄せる様は、少し不気味に感じてしまう。


《ふふ。何だよ、お前ら。してぇの?》


 しかし少年は嬉しそうに目元を柔らかく細めて、笑う。まるで恋人を宥めるような口調だった。そしてアンドロイドたちとキスをし始めた。ちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスから、やがて舌が絡み合うものへと変わる。


「…っ……」


 目のやり場に困った。

 なぜなら、少年とアンドロイド、どちらにも布地が見当たらないからだ。上半身だけが映し出されているので、がどうなってるのか分からない。しかし少年の胸の先端にはピアスのような銀色のアクセサリーがついており、それがカチャカチャと上下に小さく揺れる。そして少年の悶えるような表情、微かに聞こえるギシギシという軋音から、なにが行われてるのか、嫌でも推測できてしまった。

 やがて少年は艶めかしい笑みを携え、こちらに目を向けた。


《ねぇ、お兄さん》
「…っ、は、はい」
《オレたちの繋がってるところ、見たい?》
「…え?」


 色気を含んだ眼差しに、ビクッと肩を揺らした。意味を理解するまで少しの時間を使い、目をうろうろと彷徨わせる。


「繋がってる、ところ……?」
《うん。オレたちが生み出す。すごく綺麗だと思うよ》


 少年が得意げに笑ったときだ。


「真山」


 テーブルがガタリと揺れ、その衝撃でホログラムの映像が歪む。顔を上げれば、少し苛立った様子で、俺たちを見下ろす人物がいた。


「しょ、所長……」


 顔を上げれば、漆黒の瞳と合う。

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