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二章
19a
しおりを挟む同時に頬に柔らかいものが触れる。ナオからキスされたんだ。
『ヒロ、大丈夫だよ』
「…っ…ん?」
耳に熱を感じながら、顔の向きを変える。そうすればナオは、こてんと首を傾げながら言った。
『僕たちを引き裂くことはこの世界の誰にも出来やしない』
「…え…?」
『ずっと一緒だよ。ずぅっと……』
ウットリとそう紡がれた言葉はドロリと熱を持ったように耳に届く。
そして、ナオの指がグッと力み、僅かに隙間が生まれた互いの手をしっかりと握り直された。
「……ずっと…?」
銀色の睫毛に縁取られた赤い瞳を見つめながら、呆然とおうむ返しをする。そうすればナオは『うん』と頷いて、目を細めた。
『僕たちは永遠に、片時も離れず愛し合う』
―……どんな邪魔が入ろうと僕たちは一緒だよ
まるで遠距離恋愛に怯える恋人を宥めるような言い方をされた。
この甘い雰囲気は何なんだろうか。『大丈夫、大丈夫だよ』と耳朶を喰まれながら囁かれ、反応に困る。
…もしかして、俺が変に手なんか握ったりしたから勘違いさせてしまったのか。
『ヒロの手の脈拍、速いね』
「……………そ、そう…?」
『不安を感じてる?…ふふ、ヒロ可愛い。そんなに僕を手放したくなかったんだ。怖いのならもっと僕の手を強く握っていいんだよ?』
「……」
…どうしよう。引き渡すつもり満々だったと言える雰囲気じゃない。
言葉とともにゴクリと生唾を飲み込むと、『いっそ二度と離れられないように僕たちの手を縫い付ける?』と恐ろしい提案をされ、背筋を震わせながら「痛そうだからいいかな…」とやんわりと断った。
「仲良しですねぇ」
すると来多の声が飛んできた。彼は壁に寄り掛かり、俺たちのやり取りを生暖かい目で見守っていたようだ。
「あ…すみません………話、遮ってしまって…」
「いえいえ。良いんですよ。こんなにも情熱的に愛を囁くアンドロイドを見れる機会はそうそうありませんので」
「……?」
恋人型なら大体こんなもんなんじゃないだろうか。人格とやらの影響もあるのか。そう思ったが質問したところで理解できそうにないので口にせず、俺はもう一度「…すみません」と頭を下げた。
「―…それでさっきの話の続きなんですけど……」
「はい」
「“化け物の恋人を続けて欲しい”ってナオを所有し続けて欲しい、ということ…ですよね……。ナオのことそんな物騒な呼び方をしてるのに、このまま俺が所有していていいんですか……?…っ…こんなこと自分で言うのも情けないんですけど……俺ほんとにどうしようもない人間なんです。会社でもトラブルばかり起こすような無能で……。だから専門的なことはよく分かりませんが、ナオがそんなに凄い存在だというのなら、警察じゃなくてもその道の専門家などに渡したほうが良いんじゃないでしょうか…。ぁ…ッ……す、少なくとも、俺は所有者に相応しくないかと―……」
そこまで言ってゴホンッと咳払いをする。そして「…ちょ、ちょっと待ってください」と顔の向きをくるりと変えた。
「―………ナオッ、さっきからくすぐったい…ッ……喋りにくいから止めてくれ……!」
ついに我慢の限界だ、と俺は小声で叫んだ。
必死に言葉を並べていた間だ。ぴちゃぴちゃとわざとらしい水音が鳴り響いていた。ナオが子猫のように俺の耳を舐めてくるんだ。そのせいで真面目な話をしてるのに気が散ってしょうがない。
『…………そいつとばかり喋らないで』
ナオの不満気な視線をグサグサ感じながら、小さく首を振って、来多との会話を再開した。
「はぁ、何度も話の腰を折ってすみません」
「あはは、良いですよ。…ところで真山さん」
「はい」
次から次へと溢れ出る疑問を頭の中に並べ、どこまで口にしたか考えていれば、名前を呼ばれパッと顔を上げた。
「私はメンタルの専門家ではないので真山さんの自己肯定感の低さをどうすることもできませんが…」
「は、はい……」
「これだけは断言できます。その化け物を上手くコントロールできるのは真山さんだけなんです。よって本件について、真山さんしか適任者はいません。だからどうか私の願いを聞き入れてはくださいませんか?これは人類のためにもなるんです」
すりすりとナオから頬擦りされながら、俺は口をぽかんと開けた。
「じ、人類のためって……そんな……大袈裟な……」
「大袈裟じゃありませんよ。その人工知能は、真山さんと良好な関係が続くのなら、コンピュータウイルスなどのあらゆるサイバー攻撃から中枢システムを守ると宣言しているんです」
ナオのような高い頭脳を持つ人工知能が、生活に欠かせないシステムを自主的に守ってくれるのなら人類にとってメリットが大きい。彼はそう言いたいのだろう。漠然と理解はできるが一点の懸念が生まれた。
「…で、でもそれって、俺がナオと関係を絶った瞬間、システムが破滅の危機に脅かされるということになりませんか……?」
俺からしてみれば世界中の人々を一気に人質にとられたようなものだ。例えば、ナオの機嫌を損ねたりしてシステムを滅茶苦茶にされようものなら、一昔前のコンピュータウイルスによる世界的なパニックが起こってしまってもおかしくない。
そう震えながら尋ねると、来多は「ご名答」とばかりに大きく頷く。
「あはは、物は考えようですね。ええ。そういうことにもなります」
俺はふらりと眩暈した。
ただでさえ恋愛経験皆無の中、恋人としての振る舞いに戸惑うことばかりだというのに、世界の危機と隣り合わせになるなんて、いくらなんでもハードモード過ぎやしないか…。
途方に暮れていると、怒ったように目尻を吊り上げたナオが、ずいっと顔を寄せてきた。
『ヒロ。冗談でも僕と関係を絶つなんて言ったら駄目』
「……………あ、ああ…、ごめん…」
『どうして暗い表情をするの?これからもいっぱい愛し合えば良いだけだよ?何も問題ないでしょう?』
「………………ソウダナ」
…なんか急に胃が痛くなってきた。
膝を曲げて丸くなろうとすると、慌てたような来多の声が横から入ってくる。
「ああ、ご安心ください。民間人の真山さんに丸投げするほど我々も無責任ではありません。本日こうして会いたかった一番の目的は、“これ“を紹介したかったからなんです」
「これ……?」
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