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三章

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《you win!》


 そう高らかに響き渡る効果音はゲームの勝利を告げる。俺は頭部に装着していたゴーグルを外すと、「ぐはっ」と吐き出しそうになった。飛びつく勢いで腰に腕がまわり、腹を締め付けられたのだ。


『ヒロすごい!』


 まわった腕の片方の手首には包帯が巻かれている。その主はというと…。確認するまでもない。


「ナ、ナオ……苦し……」
『見て。過去最高得点だって』
「…っ、うん、うん、分かったから…ちょっと離れて―…」
『えへへ、さすが僕のヒロ。かっこいい…』


 耳元にちゅっちゅっとキスをされながら、ぎゅうぎゅう抱きしめる力は弱まる様子がない。「ううっ」と圧死の覚悟をしたときだ。俺たちの元に足音が近づく。


『対戦お疲れ様でした。集計が完了しました。獲得した得点は園内コインに適用され、グッズもしくはフードメニューと交換可能です。アプリに反映された後、指定のショップにてご使用ください』


 俺たちの様子(ナオの猛烈なキス攻撃)に狼狽えることなく、そう淡々と説明をするのは、茶髪を斜め分けに流した髪型のアンドロイドだ。

 白地に青と銀の色彩が特徴的な彼の服装は、体のラインを強調するカッティングが施されており、腰部には装飾的なベルトやバックルがあしらわれている。布地は伸縮性がありそうな素材で、動きやすさを確保しているようだ。デザインのテーマを予想するなら“SF世界に登場する戦闘服”といったところだろうか。


『それでは次のエリアでも活躍を期待しています。クルヴィにて良い日をお過ごしください』


 彼はにこやかにお辞儀をして、停止した。




『ヒロ、次はどこ行く?』


 俺はナオとともに“クルヴィ”という遊園地にやって来ていた。

 最新技術を集約しているテーマパークは、白と銀を基調とした近未来的な建物が立ち並ぶ。パーク内は4つのエリアに分かれていて、“花、石、火、水”、それぞれの科学を利用したアトラクションやゲームが用意されてる。今俺たちがいたのは石のエリアだ。鉱山をモチーフにした没入型FPSは、ゲームメーカーが協賛しているらしく、作り込みが本格的でつい熱中してしまった。

 石のエリアを出て、顔を上げる。快晴の空にはメタリック感のある鳥や妖精が戯れ、UFOのような乗り物まで飛び交っている。
 そのオモチャ箱をひっくり返したような空の景色に、パーク内にいる子供たちは指をさして喜んでるが、もちろんあの空は本物じゃない。敷地を覆うように設置された透明なドーム型の天井が超大型ディスプレイとなり、人工的な空を映し出しているんだ。


『どうしたのヒロ。空に気になるものでもあった?』
「いや…」


 ぼんやり空を眺めていると、俺の手を握ったナオは顔を覗き込んできて、ちゅっと頬にキスをした。

 同時に、近くにいた女性グループが「きゃあっ」と黄色い声を上げる。


「…ちょ、えっ、あの人、すんごい美人じゃない?」
「思った思った!めっちゃ綺麗!って、あっ…首に型番あるからアンドロイドか…。へぇ~、あんな綺麗なアンドロイドもいるんだね」
「ニコニコしてて可愛い~。手繋いでる人がご主人様かな?どのくらい学習させればあんな風にべったりしてくれるようになるんだろ~?」


 聞こえてくる声は間違いなく俺たちに向けられている。


「……」


 俺は気まずくなって、ゴホンと咳払いをした。

 淡い水色のシャツにデニムジャケットを羽織り、細身のパンツを履いたナオは、人混みに埋没してしまいそうなシンプルな格好なのに顔立ちとスタイルが異次元級に素晴らしいから、先程から周囲の目をこれでもかというほど惹き寄せている。

 俺は浴びせられる羨望の眼差しに耐えかねて、ナオの手をぐっと引っ張って、その場を離れた。そうすればナオは嬉しそうに着いてくる。


『ねぇねぇヒロ。もうすぐ花のエリアでショーが始まるみたいだよ。カップル席がまだ空いてるようだから観に行こうよ』
「おう……」


 上機嫌に指を絡めてくるナオに擦り寄られながら、ふと思い出したことがあり、胸元で斜め掛けにしたウエストバッグから携帯を取り出す。

 そして「あ」と立ち止まった。


「ちょっと待った。…薫くんからチャットきてたみたいだ。ああ、不在着信も………って、あれ、なんで通知オフになってんだ…」
『……』


 その瞬間だ。「あ!いたいた!」と明るい声が遠くから聞こえた。


「お兄さん!お待たせしました~!」


 パッと声のした方へ振り返る。

 その方向には、耳を数多のピアスで装飾した派手な顔立ちの美少年がこちらに向かって走ってきている姿があった。

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