春色スキャンダル

池井たまこ

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春色スキャンダル

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12月某日―。

中西胡桃は汐留のテレビ局でバラエティー番組の収録をしていた。胡桃は芸能事務所のオーディションに合格し、念願だった女優として活動している。この世界に入って4年半、胡桃は今をときめく人気アイドルグループ飛龍(ひりゅう)の藤崎淳耶と付き合い始めてもうすぐ1年になる。
バラエティー番組の収録が終わり胡桃がスタジオを出ようとしたとき、隣のスタジオでレギュラー番組の収録をしていた淳耶が顔を覗かせた。恋愛禁止になっているわけではないが、まだ誰にも付き合っていることを話していないのでヒヤッとしてしまう。

「胡桃、収録終わった?」
「う、うん。」
「楽屋行こう!」

人目につくことを気にした淳耶が胡桃を楽屋へと促す。楽屋へ向かう途中、淳耶は胡桃を抱き寄せた。

「わっ!?ちょっと!」
「クリスマスで1年になるんだからいい加減慣れろよ…」

言いながら淳耶は胡桃を離した。

「慣れてない訳じゃないよ。ただ、マネージャーの山田さんに見られたらどうすればいいか分かんないし…。」
「その時はちゃんと付き合ってるって言えばいいじゃん!」
「少しは立場考えてよ。お互いファンも多くなってきたし、今の時期に交際報道が出たら大変なことになるでしょ!」

話している内に楽屋に着いた。中に入るとすぐ、いつものように淳耶が甘いキスを落とす。

「入ってすぐって…熱いねぇ、お二人さん!」

声が聞こえてハッとする。そこには淳耶と同じ飛龍の三池翔真、本多由貴、桐谷研斗がいた。どうやら胡桃の楽屋に向かったつもりが飛龍の楽屋に来てしまったらしい。慌てる胡桃と淳耶に、

「俺らは二人が付き合ってんの知ってるから大丈夫だよ~。」

と由貴が言った。

「「えっ!?」」

驚く胡桃と淳耶をよそに三人は続けた。

「二人の態度を見てれば気付くって!」
「俺らがいるのに気付いているのかいないのかデートの約束してたこともあったし。」
「まぁ安心しなよ、マネージャーの所さんには言ってないから。」

それを聞いてひとまず安心したが、それほどまでに態度に出ていたのなら飛龍以外のグループのマネージャーも担当していて忙しい所さんは気付かなくても、細かいところまでいちいちチェックする胡桃のマネージャーの山田さんには気付かれているかもしれない。
そんなことを考え焦る胡桃をよそに淳耶は完全に安堵しきっていた。



数週間後―。

ここのところお互いにドラマの撮影やコンサート、番組収録、新曲やアルバムのレコーディングなどで忙しくしていたが、久しぶりに二日連続で二人のオフが重なったので一泊二日のお泊まりデートに行くことになった。
約束の日、胡桃が旅行の準備を終えて外に出ると、既に見慣れた黒い車が停まっていて助手席のウィンドウが開き淳耶が顔を覗かせた。

「おはよう胡桃、ほら乗って!」
「うん、おはよう淳耶くん!」

胡桃が自分の荷物を後ろの席の淳耶の荷物の横に積んで助手席に乗り込むと、淳耶は最初の目的地・水族館に向けて車を発進させた。
周りの人に気付かれないように軽く変装してから車を降りると、水族館はカップルや親子連れで既に賑わっていた。

「うわぁ、もし私たちだってバレたら逃げ隠れできそうにないなぁ…。」

もしバレたら隠れられるところはないし、逃げようにも人がこんなにたくさんいては八方塞がりになってしまいそうだ。
そんな胡桃とは逆に淳耶は軽い変装こそしているものの雑誌の撮影でやっていそうな格好なので気付かれてしまわないかヒヤヒヤしながら歩き出したのだった。
受付でチケットを買った二人は少しでも周りのカップルに溶け込もうとどちらからともなく手を繋いで水族館をまわった。鯨類コーナーに行くとそこにはイルカの胎児の立体エコー画像が飾ってあった。

「すごい、人間の赤ちゃんにそっくり!足もあるんだ!かわいい!」
「へぇ、人間の赤ちゃんに水掻きや尻尾があるようにイルカには足があるのか、進化ってスゲーな!」

二人はかわいいイルカたちに別れを告げ、鯨類コーナーを後にした。それから二人はアザラシやペンギン、カピバラのほかいろんな魚たちを見てまわったり、お土産コーナーに行ったりした。
そして再び車に乗り今晩泊まる旅館に向かった。しばらく走ると淳耶は急に路地に入り車をジグザグに走らせた。

「淳耶くん、どうしたの?」
「後ろの車、水族館を出てからずっとついてきてる。助手席の人がカメラ持ってるのが見えたからたぶんパパラッチだ。」
「もしかして気付かれたの!?」
「たぶんね。少し運転荒くなるから気を付けろよ!」
「わっ!?」

そう言うと淳耶は狭く入り組んだ路地裏をすごいスピードで走り出した。パパラッチたちはどうにかスクープを捉えようと必死についてくる。
左の脇道に逸れたときシャッター音がした気がした。それ以降、パパラッチたちはついてこなくなった。

「どうにか撒けたか。」
「でも写真撮られたかも。」
「えっ?あー、まぁでもあのスピードで走ってたら顔なんてハッキリしないだろ!とりあえず残りを楽しもうぜ!」

そう話している内に旅館に着いた二人はチェックインを済ませて淳耶が取ってくれた部屋に入った。
しばらく部屋で休んで夕食を食べたあと、二人は露天風呂に入ることにした。話しながら浴場の入り口まで来た胡桃は暖簾を見て驚いた。何故なら混浴になっていたから。

「ウソ~!」
「この時間は混浴になるのか。他に誰もいないみたいだし、今のうちに入っちゃおうぜ、胡桃。」

淳耶は半ば強引に胡桃を脱衣場に促した。初めは躊躇したものの、一緒に入ること自体は初めてではないので他の人が来る前に、と少しイチャつきながら入浴を済ませて部屋に戻ると、早めに休むことにした。



翌朝―。

各部屋に一部ずつ配られた朝刊の芸能面を見て二人は驚いた。昨日パパラッチに撮られたと思われる写真が載っていて、見出しは『飛龍・藤崎淳耶♡中西胡桃 お泊まりデート!?』となっていた。ごく小さな記事だが芸能面を開けば否が応でも目に入る位置にあった。

「とにかく一旦東京に戻ろう!」

慌ただしく荷物の整理をしていると二人の携帯がほぼ同時に着信を知らせた。

「もしもし?」
『もしもし?じゃないだろ!今朝の記事はどういうことだ!今どこにいる?』
「旅館です…。」
『ということは記事の内容は…。』
「概ね事実です…。」
『『今すぐ東京に戻ってこい!』』

二人はそれぞれのマネージャーとほぼ同時に全く同じ会話をしていたのだった。
東京に戻って事務所に着くと、そこには飛龍の所マネージャーもいて、まずは4人で今後のことを話し合おうということになった。

「まずこの写真はいつどこで撮られた?」
「水族館を出て旅館に向かう途中、後ろの車の人がパパラッチだと気付いたんで撒こうと思って路地裏でカーチェイスしているときかと…。」
「それで、記事には『二人仲良く手を繋いで水族館デートしていた』とか『旅館では混浴になるのを待ってイチャイチャしながら入浴』とか書いてあるけど、これは事実?」
「そうだけど、別に混浴になるのを待ってたわけじゃないし。」
「付き合い始めてどのくらいだ?」
「1年経ったばかりです。」
「そう。お付き合いするなとは言わないけど、付き合うならちゃんと言ってくれないと。今朝だって電話が鳴りっぱなしで対応が大変だったんだから。」
「とにかくだ。報道が出てしまっている以上、いつまでもノーコメントにしておくわけにはいかない。肯定・否定いずれにせよ今日中にマスコミに文書を送る予定だ。俺と所さんでお前たちが来る前に相談したんだが、藤崎には熱狂的な女性ファンが多い。既に双方の事務所にもそのファンからと思われる手紙や問い合わせが多数届いている。もしこの件を肯定すれば間違いなく胡桃は狙われる。そこでだ、この件は否定して、しばらくは二人で会うのを避けてほしい。」
「嫌です!」
「ちょっと淳耶!?」
「俺たちが付き合ってるのはいずれ言わなきゃいけないことでしょ。先延ばしにすればその時またファンからの嫌がらせを受けるハメになる。そんなの一回で充分でしょ。」
「私も、しばらく会えなくなるよりその方がマシです。」

その時、飛龍の3人が入ってきた。

「話は進んでる?どうするか決まった?」
「外のマスコミ連中さっさと始末しちゃってよ。」
「二人揃って入っていくのを見たっていうのが口コミで広まってたくさん集まってきて、出てくるのを今か今かと待ってたよ。」
「そうか。じゃあ胡桃、行くぞ!」
「えっ?あっ、ちょっと!?」
「ちょっとあなたたち!?」
「おい待て!」
「まぁまぁ、所さんに山田さん。いいじゃないですかー、アイツには何か考えがあるみたいだし。」

淳耶は胡桃を連れ出すと真っ直ぐにマスコミでごった返している正面玄関に向かった。

「おっ、藤崎淳耶と中西胡桃が出てきたぞ!」
「おいツーショット押さえろ!」
「藤崎くん、お泊まりデートは本当なの?」
「胡桃ちゃんは藤崎くんのことどう思ってるの?」
「お二人とも、ちゃんと答えてください!」

あちこちからマスコミの騒ぎ立てる声が聞こえるなか、淳耶は目の前にいた記者からマイクを借りると、静かに口を開いた。

「お集まりの皆さん聞いてください。今朝の朝刊では皆様をお騒がせしてすみませんでした。いずれは報告しようと思っていましたが、きちんと報告していなかったため今回のような結果になってしまいました。この場を借りて改めて報告させてください。僕、藤崎淳耶は隣にいる中西胡桃さんと“結婚を前提に”お付き合いさせていただいています。どうか暖かい目で見守っていただければ幸いです。」

それだけ言うと淳耶は記者にマイクを返し、胡桃の手を取りそそくさと事務所の中に戻った。よく見るとその顔は照れて耳まで真っ赤になっていた。

「ごめん胡桃。俺、絶対変なこと言ったよな…。」
「ううん。淳耶くん結婚とか考えてなさそうだったから嬉しかったよ。」

その日は結局、マスコミ連中が帰ることはなく、事務所で一夜を明かした。
それからしばらくは二人の恋仲を報じるニュースが絶えずテレビや新聞を賑わせていたが、1ヶ月を過ぎると何もなかったかのように他のニュースで溢れていた。
胡桃や淳耶宛に毎日のように届いていた『別れろ』や『私の淳耶に触るな』といったひどい内容の手紙もいつの間にかぱったりと来なくなった。世間では二人が付き合っているのは先日結婚を発表した俳優夫婦のようになっていた。







間もなく付き合って2年目のクリスマスを迎えようという頃、胡桃は淳耶に遊園地に誘われた。お互いにスケジュールを調整し合った結果、クリスマス・イブに行くことになった。

そして当日―。

二人は都内で待ち合わせて遊園地に向かった。
遊園地に着くといくつかのアトラクションを廻ったり、カフェでまったりして過ごした。
そして間もなく閉園になる頃、遊園地の中心部にあるお城の下に二人はいた。

「淳耶くん?」
「付き合い始めて2年の節目だから色々考えたんだけど、」
「えっ?」
「胡桃、結婚しよう!」
「!!…うん!!」

そう答えると淳耶は胡桃の左手の薬指に指輪を嵌めて、胡桃を優しく抱きしめると今までで一番甘く優しい、とても長いキスをした。



数日後―。

テレビや新聞では連日『MRO・藤崎淳耶♡中西胡桃 2年間愛育ませX'mas婚!!』と報じていた。





END
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