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はじまり

2日目. 予定外の収穫

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 何かがこすれるような音に、葉月ははっと目を覚ました。
 屋根に空いた小さな明かり取りの窓から差し込む月の光のおかげで、室内はうすぼんやりと照らされている。
 どうやらひとやすみするだけのつもりで床に腰を下ろしたあと、そのまま眠り込んでしまったらしい。

「ギシャアァァァァ」

 再び何かがこすれるような音が聞こえた。
 葉月は音のした方に目を向ける。
 闇の中に浮かび上がる一メートルほどの蛇のような長い影。
 葉月はすぐに大ミミズという敵対MOBだと思い当たった。
 床に転がっていた剣を握り締めると、入り口に駆け寄る。
 入り口よりも大ミミズのほうが大きいので、小屋に入られることはない。大ミミズの攻撃を受けることなく、細い隙間から攻撃するという手段は、ファークラでは常套手段だ。
 葉月がこの世界を生き残るためには、臆病すぎるくらい慎重でなければならない。
 臆病者の称号をもらおうが、かまわない。
 葉月は入り口の四角い隙間から大ミミズに向かって剣を突き刺した。
 ブシュッと切れる音がして、剣が大ミミズの胴体を切断する。切断された胴体は見る間に溶けて、地面に染み込むように姿を消す。
 あまりスプラッタが得意ではない葉月にとっては、ゲーム仕様が本当にありがたかった。

「はあ、なんとかなってよかった……」

 ゲームでは敵対MOBを倒すことになんの痛痒つうようも覚えなかった葉月だったが、実際に剣を振るうと肉を割く感触が手に伝わってくる。
 命を奪うことなのだと実感するが、やらなければ自分が死んでしまうのだ。当分死ぬのはごめんこうむりたかった。
 葉月は仕方がないと自分に言い聞かせる。
 その後も、うつらうつらとした仮眠と大ミミズの襲撃を二、三度繰り返した頃、太陽が地平線から顔をのぞかせ、長かった夜がようやく明けた。

「あ~、ねむ……」

 入り口を塞いでいた土ブロックを取り除き、小屋から外に出た葉月は大きなあくびをした。
 断続的に眠ることはできたが、地面は硬く、とても身体が休まったとは言い難い。

(早めにベッドかお布団を手に入れないとまずいなぁ……)

 当面の大きな問題は食料と寝床の確保だ。
 今日こそは木材を手に入れたい。
 池の水で顔を洗い、口をすすいだところで、葉月はなんだか昨日と景色が違うことに気がついた。

「え……?」

 昨日耕し、りんごの種をまいたばかりの畑に、葉月の身長を越すほどの大きなりんごの木が二本、生えていた。しかも、すでにいくつか赤い実をつけ、収穫可能な状態に見える。

「ワーオ……」

 本物のりんごの木が収穫可能になるまでは少なくとも五年くらいはかかると、耳にしたことがあった。
 葉月には神様がくれたチートがあるので、数年もかからずに成長するだろうとは思っていたが、まさか一晩で種から収穫可能な状態にまで成長するとは、夢にも思っていなかった。
 とはいえ、りんごが収穫できるのはありがたい。当面の食料はこれでどうにかなりそうだ。
 葉月はほくほくとした表情で、りんごをもぐ。
 これでインベントリ内のりんごは十五個になった。この調子ならばとりあえず飢える心配はなさそうだ。
 葉月は同じく昨日種をまいたもう一つの畑も確認する。
 こちらには、四つの畝を作り、神様からもらった謎の種をまいてある。
 予想通り、こちらもすでに収穫可能な状態になっていた。

「なにができたんだろう?」

 一列目の畝には見覚えのある葉っぱと白い花が咲いている。

「ジャガイモだ!」

 万能ツールをインベントリから取り出し、剣からクワに変化させる。
 畝を崩し、すこし土を除けると見慣れた芋の姿が目に入る。大きさも十分で、すぐに収穫できそうだ。
 葉月は手が汚れるのもかまわず、土からジャガイモを掘り出していく。ジャガイモは傷がついたところから腐りやすいので、クワではなく手で収穫していく。
 茎の根元を掴んで引っこ抜き、とりあえずは二株ほどを残して収穫した。収穫したジャガイモは全てインベントリに放り込んでおいた。
 インベントリの中では時間が経過しないので、腐ることはないだろうが、気をつけるに越したことはない。
 引き抜いた株はとりあえず畑の隅にまとめて置いておく。あとで肥料にできないか試してみたいと葉月は考えていた。
 二列目と三列目の畝は特徴的な葉っぱを見れば、すぐになんの野菜なのかは見当がついた。

「にんじんとたまねぎだ!」

 こちらも全ての株を収穫せずに、少しだけ残しておくことにした。成長が早すぎるので、収穫期を過ぎるとどうなるのか確認しておきたかった。
 収穫したにんじんとたまねぎもインベントリ行きだ。

「こっちはイチゴか!」

 葉っぱのあいだから姿をのぞかせる愛らしい赤い粒。表面にある粒状の種も赤く色づいていて、食べ頃であることを示している。
 葉月は思わず採ったばかりのイチゴをそのまま口に運んだ。かすかな酸味のあとに甘みが口いっぱいに広がる。果肉はやわらかく、けれど少しだけ歯ごたえもある。

「おいし!」

 まだ朝食を摂っていなかったということもあって、葉月はイチゴを採っては口に運ぶということを繰り返した。
 花が咲けば株をこのままにしておいても、再び実をつけるだろうと予想し、葉月は成っていたイチゴを全て食べつくしてしまった。

(それにしても神様の種ってすごいなぁ……)

 どれも見た目は同じ種だったが、植えた畝によって全て品種が異なっていた。
 残っている種は百個ほど。
 どういった法則で品種が変わるのかも気になるので、葉月は次の種まきはもう少し慎重にしようと心に刻んだ。
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