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01 グリッサンド:流れるように弾く
04 獣の数字
しおりを挟む666はかの黙示録によれば獣の数字として著名である。ただしその解釈は、他の何物もがそうであるように、解釈された時代と解釈人の信仰、文化によって多岐にわたる。
獣の刻印であったり、神の代理人であったり、はたまた欲望や執着、究極の輝きを示す。
ともあれいずれの解釈も物騒なことではある。
ましてやその数字を冠する二人組から一日の間に「恋人」と呼ばれた日には背筋に寒いものを感じるのは仕方がないことだ。
ミラン・アーキテクトは記憶を失う前のケヴィンと自分は恋人同士だったと言った。
そして全く同じことをドミトリ・カデシュも言った。
この二つの事象について考えた時、有りうる可能性は三つある。
一、ミランもしくはドミトリの一方が嘘をついており、どちらかが本当の恋人である。
二、ミランとドミトリは共に嘘をついており、いずれも恋人ではない。
三、ミランとドミトリは共に真実を語っており、いずれも恋人である。
セントラル総合病院のリハビリテーション施設は二十四時間開いている。日中は患者なのかバカンス中なのかわからない妙齢の水着姿で賑わうプールも、流石に早朝四時は姿を見せない。
まだ暗い空を天窓越しに眺めながらプールサイドでストレッチをする。ケヴィンは自分が冷静であることに安堵していた。自分の体と精神が自分のコントロール下にあることは何よりも重要なことだ。
屈伸をし、前屈をし、体側を伸ばす。プールには利用者も職員もいない。ただ先ほど入り口でケヴィンの患者用のパスカードを確認した白い郵便ポストのようなドローンが静かにこちらを見守っているだけだ。
秋から冬へ移り変わる時期ということもあって、プールは温水だった。それでも今は冷えている方だろう。冷め始めたバスタブのぬるま湯に近い。
ゆっくりとクロールで泳ぎ出しながら、三つの可能性について考える。
事故当初のケヴィンの持ち物から——特に携帯電話からは、これといってミランやドミトリとの特別な関係を匂わせる痕跡はなかった。それぞれとの通話記録がそれなりにあり、その数や頻度、内容に偏りはない。それ以外はクイーンズレコードの総合受付とISCの総務部、宅配サービスの番号。
であればまだ数時間ばかり見て、会話した経験からミランかドミトリが嘘をついている可能性を考える。それは大いに有りうることだ。
だが——だとすれば、何故彼は、彼らは恋人同士だという嘘をつくのか?
ただの悪戯ということも勿論ある。次に会った時、盛大な冗談だったと打ち明けられる——場面を想像しようとしたが、どうしても難しい。
ミラン・アーキテクトが深夜零時過ぎの病室にいた理由がつかないからだ。
仕事中の負傷は実は少なくない。ケヴィンはこれまで顧客から見舞いを受ける事はそれなりにあった。だがそのどれもが、常識的な時間帯だ。
あの日目を覚ます確証も何もないのに、ミラン・アーキテクトは病室にいた。それも数時間後には仕事があるにも関わらず。
仮に恋人でなかったとしても、ミランと自分の間に何かがあったことは間違いない。
二十五メートルをゆったりと泳ぎ切り、壁でターンして折り返す。
壁を蹴った推進力に乗ってそのまま加速する。息継ぎのたび水上が見える。まだ空は暗い。
——最悪のケースは、あの二人がどちらも嘘をついていないケースだ。
ただしその場合、「恋人」の意味は辞書に載っているようなものではない。まともな相手を二人も相手にしてそんな馬鹿げた二股などしない。
だが、この三人が揃って馬鹿なら、可能性はある。馬鹿げた三人の同意によって成り立っていた関係性。例えばケヴィンが過去に三人組の女性としていたような、非常にビジネスライクな四人での“友人“関係。
売り出し中のグループだった彼女たちは事務所からの圧力と世間からの神聖視に鬱屈していて、ケヴィンはそれらとは一才無縁だった。そして彼女たちはケヴィンに対し、人間的な魅力を一切感じていなかった。
必要だったのは体力のある男女とマナーだけだった。それが揃っていて、全員の同意があった。
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