セーニョまで戻れ

寒星

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02:アッチェレランド:だんだん速く

11 頭から突っ込め

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 収録は予定時刻から二十分ほど遅れて始まった。
 毎週二グループを招いてそれぞれお互いの曲を交換して歌う。MCとのトークはグループごとに行う。リリース情報や番組の宣伝を絡め、視聴者がチャンネルを変えられないギリギリの塩梅で演奏とトークを繰り返す。
 そのために収録は演奏部分とトークを分けて行う必要があった。テレビ局で契約するバックダンサーやバックバンドがスタジオ内のステージで既に待機している。
 収録開始が遅れた原因だった機材トラブルは他スタジオの備品と取り替えて事なきを得たらしい。先に収録を行うM.E.のメンバー三人がステージに乗り、スタンドマイクや立ち位置を確認している。
「歌って踊るって大変だね」
 青い直線状の細いライトが交錯するステージの外、スタジオ全体はほとんど消灯して薄暗い。セットから距離を置いて用意されたテーブルに座ってパフォーマンスを待つドミトリは感心したようにステージ上で位置取りを繰り返すM.E.のメンバーを眺めている。
「俺なんて歌詞と演奏だけで手一杯」
「俺たちはそれでいい」ミランが短く言った。「表現はそれぞれだ」
「この間テレビで見たけど、クラシックの楽譜に、演奏者が楽器に頭から突っ込む、っていう指示があるらしいよ、ミラン」
「それを俺に言ってどうしたいんだ」
「面白いと思わない?」
「思わない」
「ええ……」
 ドミトリは残念そうに眉を寄せたが、ミランの言い方に棘は無かった。
 ケヴィンはテーブルのそばに立っていた。目を覚ましてからまだ一週間と経っていないが、666というバンドの、ミラン・アーキテクトとドミトリ・カデシュの関係性が分かってきた。雑誌やテレビのインタビューでは冷徹で率直なミランをドミトリがその温厚さでカバーし、この二人は剣と鞘のようである。
 それは間違いではないが、第三者の目がないと、この二人はどちらも剣の方だ。そして寧ろドミトリの鋭さをミランがいなしている。そうしてミランがいなしている限り、ドミトリの率直さとでも言うか、容赦のなさは他の人間に向かない。
 互いに無いものを補い合うというよりも、ひたすらに似たもの同士の二人と言えるだろう。純粋で容赦が無い。それでも真逆にさえ見えるのは、単に物言いの話だ。
「カタギリさん?」
 いつの間にか会話の中に取り込まれていたらしい。ドミトリが椅子の背もたれに肘を置いてケヴィンを見上げている。「どうかしましたか?」心配そうな声と優しい笑顔。
 ケヴィンは口の中で歯を噛み合わせた。音は鳴らない程度の動きだ。顔にも出ない。
「何も。楽しいお喋りに俺を巻き込むな」
「ケヴィンさんは楽器に頭から突っ込んだことあります?」
「ティンパニは専門外だ」
「ああ」ドミトリはそこで顎を指で叩いた。「そうそう、あの楽器はティンパニだ」
「詳しいな」
 ミランが不意に言った。平常時で声の温度が低いだけに、不意に口を開いた時に驚かされる。事実、同じように周辺でリハーサルのために動き回ったり、行程を見守っているスタッフの数名が突然こちらを向いた。——そしてただミランが口を開いただけと気づくと、自分自身の反射神経が刺激されたことを不思議そうにしてそそくさを顔を背ける。
「マウリシオ・カーゲルの“ティンパニとオーケストラのための協奏曲“だろ」ケヴィンはぼんやりとステージに目を向けたまま言った。「珍しい事じゃない。同じカーゲルの曲の“フィナーレ“でも最後に指揮者は倒れろとかいうふざけた指示がある」
「詳しいな」
 もう一度、全く同じ言葉をミランが言った。「とても詳しい」
 ケヴィンが視線だけでそちらを見ると、ミランは椅子に座り、腕を組んだ姿勢でケヴィンを見ていた。よほど眼球の水分量に恵まれているのか、暗さのために目の負担が少ないのか、四秒見合って瞬きもしない。
「数秒フリック入力すりゃ、何千何百のブロガーがお前の為に世界の珍しい演奏指示百選を作ってくれてるだろうよ」
「クラシックが好きなのか?」
「話を聞かない人間よりは好きだな」
 ステージから高く歯軋りようなハウリングが鳴った。リハーサルが始まる。M.E.が今夜カバーアレンジを披露する曲は二曲だ。666の出世作ともなった”darker in the dark”とある文学作品の狂気的モチーフをタイトルに書き上げた”M of M”。
 どちらも不安を煽るような低音のコーラス、ベース、ドラムを多用したロックだ。どちらかといえばポップミュージックを多く歌う彼女らはそれをあえて明るさと穏やかさを盛り込み、原曲コードとの落差で元々のテーマをより強く打ち出す方法を取ったらしい。
 センターでマイクを握ったイミーナが歌い出すと、その声は徐々に機械音に侵食され、エレクトリックに狂っていく。オートチューンでピッチを変更し、音程の幅を複雑に操作することで自然な地声のソプラノと不自然な機械音声じみたそれとを上手く両立させる。
 歌と、そして彼女たちの規則的なダンス——それは動きだけでいえば軍隊じみた規律さえ感じるのに、彼女たちの白い手足やスパンコール生地を重ねたタイトなブルーのドレスが、そこに妖艶さを感じる視聴者を不思議がるようにライトを反射する。
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