13 / 40
希望はその手の中に
しおりを挟む
「ぐあぁああ!」
隊長は背中を切り裂かれ、倒れてしまう。
それでも負けじと吹き飛んだ剣に向けて手を伸ばすが、前足で乗し掛かられて身動きが取れなくなる。
「ぐうううっ……!」
メキメキという嫌な音が響く。
その周りには地に伏し、呻き声を上げている兵士達。
そのような状況を、優弥はただ呆然と見ているしかできなかった。
自分に何が出来ようか。
武器を持った者達でも斯様に圧倒されているのに、何も持たない優弥に一体何が。
「うああああっ……!」
隊長の叫び声が響く。
自分に何ができようか。こんな状況で。
このまま隊長は斃され、他の兵士達も蹂躙されて、最後には自分も……。
「ぐぅぅぅぅ……!」
隊長は乗し掛かっている前足に拳を叩き込んでいる。
まだ諦めていない。
しかし無理だ。全然効いているようには見えない。楽しんでいる余裕すらあるようだ。このまま押し切られてやられてしまう。
この震える足ではあの圧倒的なスピードに勝てるわけがない。逃げられない。
隊長はなおも拳を叩きつけている。
この世界で初めて出会い、優弥を助けてくれた人。信じてくれた人。
その人が、最後の最後まで諦めずにいる。
(何が異界人だ。世界どころか、恩人一人助けられやしない……)
優弥はぎゅっと目を瞑った。
暗闇の中で、無意識にこれからのことを想像してしまう。
隊長はそのまま潰され、自分もその牙で抉られるのを。
それはあまりにリアルだった。あまりにも容易に想像できた、目の前まで迫る現実だった。
優弥ははっと目を開ける。想像するととても受け入れられなかった。
自分の死ではない。
隊長の死がだ。
先程、優しい眼で優弥を気遣ってくれた隊長の顔が浮かぶ。
それはなんとも言えない驚きだった。
自分の命よりも、出会って間もない隊長の命を大切に思うだなんて。
異界人としてこの世界にやって来たので、そう思うようにされたのか。それとも、ただ自分の性格がそう思わせたのか。
どうも後者な気がする。
優弥は幼い頃に両親を亡くし、早い時期から死が身近にあった。
もうあんな悲しい思いはしたくない。
とても子供っぽい願いだが、優弥にとっては切実な願いだった。
もし姉達に何か災いが降り掛かるのであれば、自分が身代わりになればいい。本気でそう思っている。
幼馴染みにはシスコンって馬鹿にされたっけか。
優弥は自嘲気味に笑う。
そして深呼吸を一つして、覚悟を決めた。
隊長の命が、自分の命より大切か。
自分が命を賭して助ける程、隊長は大切な存在なのか。
(そんなの、決まってる……!)
優弥は駆け出した。サーベルブラックジャガーに向けて、まっすぐと。
策なんてない。手段なんてない。勝ち目なんて全くない。
それでも、優弥は走らずにはいられなかった。隊長を殺させるわけにはいかなかった。
(大切じゃない命なんてないんだから!)
あまりにも青臭く、あまりにも純粋な思いだった。
それでも、優弥を突き動かすエネルギーになる。
優弥はものすごい勢いでサーベルブラックジャガーに突進していく。
装備なんて付けてないような優弥を見て、サーベルブラックジャガーは鬱陶しそうに隊長を押さえつけていない左の前足で払い除けようとする。
それをなんとか紙一重で躱し、その勢いのまま隊長を押さえつけている右前足にぶつかった。
所謂、ただの体当たりである。
異界人としての特別な何かを少しだけ期待したが、何も起こらなかった。
まるで太い樹木にでも体当たりしたかのようにびくともしない。
反動でよろけてしまったところに、再び左前足での攻撃が迫って来た。
どうやら本気を出しているわけではない。なんとか避けられる速度だ。
完全に弄ばれている。
奥歯を噛み締めてその攻撃を避け、渾身の力で右前足に蹴りを入れる。
しかし、ダメージを受けたのは優弥の右足の方だった。
「ぐぅっ……!」
圧倒的な力量差。異世界に来て、初めて遭遇したモンスターがこれだなんて、理不尽だ。
「や、やめろ……逃げてください、ユウヤ殿……こいつは私が引き付けますから……ぐううっ!」
隊長が必死に声を上げるが、その状態で何が出来るというのだろうか。
サーベルブラックジャガーは完全に遊んでいる。もし本気を出せば、どうしたって逃げられない。あっという間に全滅だ。
それに、助けると決めたのだ。
何の証拠もないのに、自分を異界人だと信じてくれたこの人を。
優弥は体勢を整え、もう一度サーベルブラックジャガーの右足に向かって行く。
当のサーベルブラックジャガーはもう優弥に飽きたのか、もう何もしてこなかった。
悔しかった。
自分には資格がないのか。このモンスターを相手にする資格が。
異界人だなんて言っても、この世界に来たばかりで、この世界の常識なんて何もわからない。
それでも、自分がこのサーベルブラックジャガーを倒せるだなんてあり得ないことだとわかっている。
それでも。
自分がこの世界に来た理由があるなら、目の前の人を助ける力がほしい。
優弥は崩れ落ちそうな足をなんとか踏ん張り、渾身の右ストレートを叩き込んだ。
「えっ……」
すると、優弥の右拳はサーベルブラックジャガーの右足を貫いた。
隊長は背中を切り裂かれ、倒れてしまう。
それでも負けじと吹き飛んだ剣に向けて手を伸ばすが、前足で乗し掛かられて身動きが取れなくなる。
「ぐうううっ……!」
メキメキという嫌な音が響く。
その周りには地に伏し、呻き声を上げている兵士達。
そのような状況を、優弥はただ呆然と見ているしかできなかった。
自分に何が出来ようか。
武器を持った者達でも斯様に圧倒されているのに、何も持たない優弥に一体何が。
「うああああっ……!」
隊長の叫び声が響く。
自分に何ができようか。こんな状況で。
このまま隊長は斃され、他の兵士達も蹂躙されて、最後には自分も……。
「ぐぅぅぅぅ……!」
隊長は乗し掛かっている前足に拳を叩き込んでいる。
まだ諦めていない。
しかし無理だ。全然効いているようには見えない。楽しんでいる余裕すらあるようだ。このまま押し切られてやられてしまう。
この震える足ではあの圧倒的なスピードに勝てるわけがない。逃げられない。
隊長はなおも拳を叩きつけている。
この世界で初めて出会い、優弥を助けてくれた人。信じてくれた人。
その人が、最後の最後まで諦めずにいる。
(何が異界人だ。世界どころか、恩人一人助けられやしない……)
優弥はぎゅっと目を瞑った。
暗闇の中で、無意識にこれからのことを想像してしまう。
隊長はそのまま潰され、自分もその牙で抉られるのを。
それはあまりにリアルだった。あまりにも容易に想像できた、目の前まで迫る現実だった。
優弥ははっと目を開ける。想像するととても受け入れられなかった。
自分の死ではない。
隊長の死がだ。
先程、優しい眼で優弥を気遣ってくれた隊長の顔が浮かぶ。
それはなんとも言えない驚きだった。
自分の命よりも、出会って間もない隊長の命を大切に思うだなんて。
異界人としてこの世界にやって来たので、そう思うようにされたのか。それとも、ただ自分の性格がそう思わせたのか。
どうも後者な気がする。
優弥は幼い頃に両親を亡くし、早い時期から死が身近にあった。
もうあんな悲しい思いはしたくない。
とても子供っぽい願いだが、優弥にとっては切実な願いだった。
もし姉達に何か災いが降り掛かるのであれば、自分が身代わりになればいい。本気でそう思っている。
幼馴染みにはシスコンって馬鹿にされたっけか。
優弥は自嘲気味に笑う。
そして深呼吸を一つして、覚悟を決めた。
隊長の命が、自分の命より大切か。
自分が命を賭して助ける程、隊長は大切な存在なのか。
(そんなの、決まってる……!)
優弥は駆け出した。サーベルブラックジャガーに向けて、まっすぐと。
策なんてない。手段なんてない。勝ち目なんて全くない。
それでも、優弥は走らずにはいられなかった。隊長を殺させるわけにはいかなかった。
(大切じゃない命なんてないんだから!)
あまりにも青臭く、あまりにも純粋な思いだった。
それでも、優弥を突き動かすエネルギーになる。
優弥はものすごい勢いでサーベルブラックジャガーに突進していく。
装備なんて付けてないような優弥を見て、サーベルブラックジャガーは鬱陶しそうに隊長を押さえつけていない左の前足で払い除けようとする。
それをなんとか紙一重で躱し、その勢いのまま隊長を押さえつけている右前足にぶつかった。
所謂、ただの体当たりである。
異界人としての特別な何かを少しだけ期待したが、何も起こらなかった。
まるで太い樹木にでも体当たりしたかのようにびくともしない。
反動でよろけてしまったところに、再び左前足での攻撃が迫って来た。
どうやら本気を出しているわけではない。なんとか避けられる速度だ。
完全に弄ばれている。
奥歯を噛み締めてその攻撃を避け、渾身の力で右前足に蹴りを入れる。
しかし、ダメージを受けたのは優弥の右足の方だった。
「ぐぅっ……!」
圧倒的な力量差。異世界に来て、初めて遭遇したモンスターがこれだなんて、理不尽だ。
「や、やめろ……逃げてください、ユウヤ殿……こいつは私が引き付けますから……ぐううっ!」
隊長が必死に声を上げるが、その状態で何が出来るというのだろうか。
サーベルブラックジャガーは完全に遊んでいる。もし本気を出せば、どうしたって逃げられない。あっという間に全滅だ。
それに、助けると決めたのだ。
何の証拠もないのに、自分を異界人だと信じてくれたこの人を。
優弥は体勢を整え、もう一度サーベルブラックジャガーの右足に向かって行く。
当のサーベルブラックジャガーはもう優弥に飽きたのか、もう何もしてこなかった。
悔しかった。
自分には資格がないのか。このモンスターを相手にする資格が。
異界人だなんて言っても、この世界に来たばかりで、この世界の常識なんて何もわからない。
それでも、自分がこのサーベルブラックジャガーを倒せるだなんてあり得ないことだとわかっている。
それでも。
自分がこの世界に来た理由があるなら、目の前の人を助ける力がほしい。
優弥は崩れ落ちそうな足をなんとか踏ん張り、渾身の右ストレートを叩き込んだ。
「えっ……」
すると、優弥の右拳はサーベルブラックジャガーの右足を貫いた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる