これで異世界なんて、どうかしてるっ!

ひむべーれ

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希望はその手の中に

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「ぐあぁああ!」

 隊長は背中を切り裂かれ、倒れてしまう。
 それでも負けじと吹き飛んだ剣に向けて手を伸ばすが、前足で乗し掛かられて身動きが取れなくなる。

「ぐうううっ……!」

 メキメキという嫌な音が響く。
 その周りには地に伏し、呻き声を上げている兵士達。

 そのような状況を、優弥はただ呆然と見ているしかできなかった。
 自分に何が出来ようか。
 武器を持った者達でも斯様に圧倒されているのに、何も持たない優弥に一体何が。

「うああああっ……!」

 隊長の叫び声が響く。
 自分に何ができようか。こんな状況で。

 このまま隊長は斃され、他の兵士達も蹂躙されて、最後には自分も……。

「ぐぅぅぅぅ……!」

 隊長は乗し掛かっている前足に拳を叩き込んでいる。
 まだ諦めていない。

 しかし無理だ。全然効いているようには見えない。楽しんでいる余裕すらあるようだ。このまま押し切られてやられてしまう。
 この震える足ではあの圧倒的なスピードに勝てるわけがない。逃げられない。

 隊長はなおも拳を叩きつけている。
 この世界で初めて出会い、優弥を助けてくれた人。信じてくれた人。
 その人が、最後の最後まで諦めずにいる。

(何が異界人アイナーだ。世界どころか、恩人一人助けられやしない……)

 優弥はぎゅっと目を瞑った。
 暗闇の中で、無意識にこれからのことを想像してしまう。
 隊長はそのまま潰され、自分もその牙で抉られるのを。
 それはあまりにリアルだった。あまりにも容易に想像できた、目の前まで迫る現実だった。

 優弥ははっと目を開ける。想像するととても受け入れられなかった。
 自分の死ではない。
 隊長の死がだ。

 先程、優しい眼で優弥を気遣ってくれた隊長の顔が浮かぶ。

 それはなんとも言えない驚きだった。
 自分の命よりも、出会って間もない隊長の命を大切に思うだなんて。

 異界人アイナーとしてこの世界にやって来たので、そう思うようにされたのか。それとも、ただ自分の性格がそう思わせたのか。

 どうも後者な気がする。
 優弥は幼い頃に両親を亡くし、早い時期から死が身近にあった。

 もうあんな悲しい思いはしたくない。
 とても子供っぽい願いだが、優弥にとっては切実な願いだった。

 もし姉達に何か災いが降り掛かるのであれば、自分が身代わりになればいい。本気でそう思っている。
 幼馴染みにはシスコンって馬鹿にされたっけか。

 優弥は自嘲気味に笑う。
 そして深呼吸を一つして、覚悟を決めた。

 隊長の命が、自分の命より大切か。
 自分が命を賭して助ける程、隊長は大切な存在なのか。

(そんなの、決まってる……!)

 優弥は駆け出した。サーベルブラックジャガーに向けて、まっすぐと。

 策なんてない。手段なんてない。勝ち目なんて全くない。
 それでも、優弥は走らずにはいられなかった。隊長を殺させるわけにはいかなかった。

(大切じゃない命なんてないんだから!)

 あまりにも青臭く、あまりにも純粋な思いだった。
 それでも、優弥を突き動かすエネルギーになる。

 優弥はものすごい勢いでサーベルブラックジャガーに突進していく。

 装備なんて付けてないような優弥を見て、サーベルブラックジャガーは鬱陶しそうに隊長を押さえつけていない左の前足で払い除けようとする。

 それをなんとか紙一重で躱し、その勢いのまま隊長を押さえつけている右前足にぶつかった。
 所謂、ただの体当たりである。

 異界人アイナーとしての特別な何かを少しだけ期待したが、何も起こらなかった。
 まるで太い樹木にでも体当たりしたかのようにびくともしない。

 反動でよろけてしまったところに、再び左前足での攻撃が迫って来た。
 どうやら本気を出しているわけではない。なんとか避けられる速度だ。
 完全に弄ばれている。

 奥歯を噛み締めてその攻撃を避け、渾身の力で右前足に蹴りを入れる。

 しかし、ダメージを受けたのは優弥の右足の方だった。

「ぐぅっ……!」

 圧倒的な力量差。異世界に来て、初めて遭遇したモンスターがこれだなんて、理不尽だ。

「や、やめろ……逃げてください、ユウヤ殿……こいつは私が引き付けますから……ぐううっ!」

 隊長が必死に声を上げるが、その状態で何が出来るというのだろうか。

 サーベルブラックジャガーは完全に遊んでいる。もし本気を出せば、どうしたって逃げられない。あっという間に全滅だ。

 それに、助けると決めたのだ。
 何の証拠もないのに、自分を異界人アイナーだと信じてくれたこの人を。

 優弥は体勢を整え、もう一度サーベルブラックジャガーの右足に向かって行く。
 当のサーベルブラックジャガーはもう優弥に飽きたのか、もう何もしてこなかった。

 悔しかった。
 自分には資格がないのか。このモンスターを相手にする資格が。

 異界人アイナーだなんて言っても、この世界に来たばかりで、この世界の常識なんて何もわからない。
 それでも、自分がこのサーベルブラックジャガーを倒せるだなんてあり得ないことだとわかっている。

 それでも。
 自分がこの世界に来た理由があるなら、目の前の人を助ける力がほしい。

 優弥は崩れ落ちそうな足をなんとか踏ん張り、渾身の右ストレートを叩き込んだ。

「えっ……」

 すると、優弥の右拳はサーベルブラックジャガーの右足を貫いた。
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