これで異世界なんて、どうかしてるっ!

ひむべーれ

文字の大きさ
14 / 40

優弥の魔法

しおりを挟む
「ギシャアアアアッ!」

 サーベルブラックジャガーは大きく飛び退いた。

 優弥はサーベルブラックジャガーの血で汚れた右手を見て困惑していた。
 何が起こったのか、当の優弥にもわかっていなかった。

(まるで粘土、いやもっと柔らかかった……まるで豆腐に手を突っ込んだかのような……)

 そう錯覚する程に、優弥の右手はサーベルブラックジャガーの右前足に簡単にめり込んでいった。

「げほっげほっ、一体何が……」

 急にサーベルブラックジャガーの拘束から解かれて困惑気味の隊長の身体を起こす。
 隊長からは見えなかったようだ。

 サーベルブラックジャガーは警戒心を高め、遠くから威嚇している。
 かと思ったら一種で距離を詰め、優弥を切り裂こうと負傷していない左前足で攻撃を仕掛けてくる。

 しかしそんなことに構わず、優弥はただ呆然と右手を見つめているだけだった。

「ユウヤ殿っ!」

 隊長の呼び掛けにはっと我に返ったが、爪は優弥の目の間にまで迫っていた。
 回避は間に合わない。本能がそう判断し、咄嗟に右手を出して防御しようとした。

 しかしそれはさすがに悪手だ。
 盾を装備しているわけでもない、生身の右手だ。まるで紙を引き裂くかのように、優弥の右手は簡単に切り裂かれてしまうことだろう。
 それに次いで、優弥の悲痛な叫び声が響く。

 普通ならば、そうである。
 しかし今、優弥の右手は普通ではなかった。

 代わりに聞こえてきたのは、ガキンッ! という、剣戟音に似た信じられないくらい高い音。

 再びサーベルブラックジャガーが大きく飛び退く。

「大丈夫ですか!」

 それと同時に隊長が駆け寄ってきた。
 しかし、優弥の無事な姿を見て安堵するのではなく、恐ろしいものを見ているかのような目で見ている。

「一体、何が起きたんです……?」

「さあ……?」

 それを聞きたいのは優弥の方だ。
 あんな鋭い爪で襲いかかられたのに、優弥の右手は無事だった。傷一つない。
 さらに足元にはサーベルブラックジャガーの爪の破片が飛び散っている。
 どうやら削られたのはあちらの方らしい。

 当のサーベルブラックジャガーは遠くからグルグルッと唸っている。
 困惑してるのはあちらも同じようだ。

 優弥は再び自分の右手を見つめた。
 自分の右腕に一体何が起きたのか……。

 自分から注意が反れたのを感じたのか、サーベルブラックジャガーがまたこちらに向かって走ってきた。
 しかし先程までの驚異的なスピードはない。
 右前足を貫かれ、左前足の爪はボロボロ。単純な力押しで勝てるかわからなくなったというのもあるだろう。警戒しながらこちらに向かってくる。

 それを見た隊長は近くに落ちていた剣を拾い、迎撃体勢を取る。
 依然として優弥は自分の右手を見つめていた。

(一体、何が……?)

 近くで何かが激しくぶつかる音が聞こえた。
 それが二度、三度とどんどん続いていく。

 優弥は自分の右手をつねってみたり、開いたり閉じたり、振ったりしたりしている。何ともない。
 今日一日、不思議なことは何もなかった。少なくともこちらの世界に来るまでは。

(この右手が、異界人アイナーとしての力……?)

 そう考えるのが妥当だが、今一ピンと来なかった。
 とても限定的なものだし、力が漲っているとかそういう感覚もない。
 至っていつも通りの右手だ。

「ユウヤ殿っ!」

 その声に振り向いて見ると、サーベルブラックジャガーがこちらに迫ってきていた。
 右手を突き出して牽制する。
 優弥の右手が普通ではないのはサーベルブラックジャガーもわかっているようで、足を止めてグルグルッと唸っている。

「こっちだ!」

 その後ろから再び隊長が攻撃を仕掛けたので、サーベルブラックジャガーは再び隊長に意識を向ける。

「ユウヤ殿、今の内にっ……!」

 そう言ったはいいものの、何と続ければいいのか困る隊長。
 逃げろと言えばいいのか、それとも。

 思い当たるのはやはりあの槍だ。
 優弥の手と一緒に光の粒子となって、優弥の右手だけが再び現れた。
 あの時に何か起きたのだ。

「槍よ、出てこい!」

 その言葉に真っ先に反応したのは隊長だった。こちらを注視している。

 しかし何も変化はない。

「槍よ、来い!」

 またしても起きなかった。

 サーベルブラックジャガーの攻撃が激しくなり、隊長は意識を目の前の相手に戻す。

「槍召喚! 飛び出せ! 現れよ!」

 思い当たる言葉を片っ端から言ってみるが、依然として何も起きない。

(よく考えろ、あの時何が起きたのか……)

「槍分離! 吐き出せ! 元にも戻れ! 一体化解除!」

 ぎゅっと右手を握る。適当に言った言葉だが、最後の引っ掛かった。だが違う。
 あの時言ったのは、あの現象の直前に言った言葉は。

「槍、同化解除!」

 光が放たれるわけでもなく、何か効果音が出るでもなく、ただ当たり前のように。

 優弥の右手にはあの槍が握られていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福無双。〜メシ作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...