これで異世界なんて、どうかしてるっ!

ひむべーれ

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優弥の魔法

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「ギシャアアアアッ!」

 サーベルブラックジャガーは大きく飛び退いた。

 優弥はサーベルブラックジャガーの血で汚れた右手を見て困惑していた。
 何が起こったのか、当の優弥にもわかっていなかった。

(まるで粘土、いやもっと柔らかかった……まるで豆腐に手を突っ込んだかのような……)

 そう錯覚する程に、優弥の右手はサーベルブラックジャガーの右前足に簡単にめり込んでいった。

「げほっげほっ、一体何が……」

 急にサーベルブラックジャガーの拘束から解かれて困惑気味の隊長の身体を起こす。
 隊長からは見えなかったようだ。

 サーベルブラックジャガーは警戒心を高め、遠くから威嚇している。
 かと思ったら一種で距離を詰め、優弥を切り裂こうと負傷していない左前足で攻撃を仕掛けてくる。

 しかしそんなことに構わず、優弥はただ呆然と右手を見つめているだけだった。

「ユウヤ殿っ!」

 隊長の呼び掛けにはっと我に返ったが、爪は優弥の目の間にまで迫っていた。
 回避は間に合わない。本能がそう判断し、咄嗟に右手を出して防御しようとした。

 しかしそれはさすがに悪手だ。
 盾を装備しているわけでもない、生身の右手だ。まるで紙を引き裂くかのように、優弥の右手は簡単に切り裂かれてしまうことだろう。
 それに次いで、優弥の悲痛な叫び声が響く。

 普通ならば、そうである。
 しかし今、優弥の右手は普通ではなかった。

 代わりに聞こえてきたのは、ガキンッ! という、剣戟音に似た信じられないくらい高い音。

 再びサーベルブラックジャガーが大きく飛び退く。

「大丈夫ですか!」

 それと同時に隊長が駆け寄ってきた。
 しかし、優弥の無事な姿を見て安堵するのではなく、恐ろしいものを見ているかのような目で見ている。

「一体、何が起きたんです……?」

「さあ……?」

 それを聞きたいのは優弥の方だ。
 あんな鋭い爪で襲いかかられたのに、優弥の右手は無事だった。傷一つない。
 さらに足元にはサーベルブラックジャガーの爪の破片が飛び散っている。
 どうやら削られたのはあちらの方らしい。

 当のサーベルブラックジャガーは遠くからグルグルッと唸っている。
 困惑してるのはあちらも同じようだ。

 優弥は再び自分の右手を見つめた。
 自分の右腕に一体何が起きたのか……。

 自分から注意が反れたのを感じたのか、サーベルブラックジャガーがまたこちらに向かって走ってきた。
 しかし先程までの驚異的なスピードはない。
 右前足を貫かれ、左前足の爪はボロボロ。単純な力押しで勝てるかわからなくなったというのもあるだろう。警戒しながらこちらに向かってくる。

 それを見た隊長は近くに落ちていた剣を拾い、迎撃体勢を取る。
 依然として優弥は自分の右手を見つめていた。

(一体、何が……?)

 近くで何かが激しくぶつかる音が聞こえた。
 それが二度、三度とどんどん続いていく。

 優弥は自分の右手をつねってみたり、開いたり閉じたり、振ったりしたりしている。何ともない。
 今日一日、不思議なことは何もなかった。少なくともこちらの世界に来るまでは。

(この右手が、異界人アイナーとしての力……?)

 そう考えるのが妥当だが、今一ピンと来なかった。
 とても限定的なものだし、力が漲っているとかそういう感覚もない。
 至っていつも通りの右手だ。

「ユウヤ殿っ!」

 その声に振り向いて見ると、サーベルブラックジャガーがこちらに迫ってきていた。
 右手を突き出して牽制する。
 優弥の右手が普通ではないのはサーベルブラックジャガーもわかっているようで、足を止めてグルグルッと唸っている。

「こっちだ!」

 その後ろから再び隊長が攻撃を仕掛けたので、サーベルブラックジャガーは再び隊長に意識を向ける。

「ユウヤ殿、今の内にっ……!」

 そう言ったはいいものの、何と続ければいいのか困る隊長。
 逃げろと言えばいいのか、それとも。

 思い当たるのはやはりあの槍だ。
 優弥の手と一緒に光の粒子となって、優弥の右手だけが再び現れた。
 あの時に何か起きたのだ。

「槍よ、出てこい!」

 その言葉に真っ先に反応したのは隊長だった。こちらを注視している。

 しかし何も変化はない。

「槍よ、来い!」

 またしても起きなかった。

 サーベルブラックジャガーの攻撃が激しくなり、隊長は意識を目の前の相手に戻す。

「槍召喚! 飛び出せ! 現れよ!」

 思い当たる言葉を片っ端から言ってみるが、依然として何も起きない。

(よく考えろ、あの時何が起きたのか……)

「槍分離! 吐き出せ! 元にも戻れ! 一体化解除!」

 ぎゅっと右手を握る。適当に言った言葉だが、最後の引っ掛かった。だが違う。
 あの時言ったのは、あの現象の直前に言った言葉は。

「槍、同化解除!」

 光が放たれるわけでもなく、何か効果音が出るでもなく、ただ当たり前のように。

 優弥の右手にはあの槍が握られていた。
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