これで異世界なんて、どうかしてるっ!

ひむべーれ

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マクルバレーン山の出来事

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 優弥達が王都マクルストに到着した頃、マクルバレーン山の頂上に一人の男がいた。

 交易と繁栄の国マクルストの西に隣接している農耕の国ドルバレーン。その間の国境にそびえ立つ山がマクルバレーン山だ。
 標高は二千メートルを越え、原生林が豊富な緑溢れる山。その頂上には広い草原が広がっており、そこがマクルバレーン山のヌシの棲みかとなっている。
 山の麓には小さな宿場町があり、そこの人達はヌシの名を取って、サーベルブラックジャガーの山と呼んでいる。

 サーベルブラックジャガーは餌を探す時、山のどこにでも現れるので商人などは遭遇しないようにこの大きな山を嫌い、大きく迂回して通る程、サーベルブラックジャガーとの遭遇率は高い。

 しかし、今その頂上の草原にいるのはくたびれた男が一人だけ。当のサーベルブラックジャガーは山の麓にある草原で優弥によって倒された。
 そんなことを知ってか知らずか、男はきょろきょろと辺りを見回しながら草原を進む。

 しばらくすると男は目的の物を見つけた。草原の中心にそびえ立つ、一本の樹である。

 それは聖樹バグナスといい、この世界に六本しか生えていない樹だ。
 この世界の始まりから生えていると言われており、この世界を支えてるという謂われがある。
 どちらも伝説として語り継がれているだけで誰かが確かめたわけではないし、そんな文献が残っているわけでもない。
 しかし、世界の始まりから生えていると信じられるくらいに立派な大樹だった。

 サーベルブラックジャガーはこの樹を守っているのではないか、という憶測があった。実際にこの樹の付近での遭遇率はものすごく高いし、根本でサーベルブラックジャガーが寝ているのを目撃されていたりもする。
 しかしそれも確証などなく、ただの憶測に過ぎない。

 だがその男は、明らかにサーベルブラックジャガーを警戒しながらその大樹へと向かっていった。

「本当にいないんだろうなあ……」

 男はぶつぶつと独り言を言っている。
 ずいぶんとくたびれた男だった。中肉中背で、どこにでもいそうな中年男性。服装もこの世界では一般的な服装で何の特徴もない。唯一目を引くのは背中に大きな袋を背負っていることだが、その袋もそんなに重くないようで、たいして苦労をして運んでいるようには見えない。

 樹の前に辿り着くと一層周りをきょろきょろと見回す。

「辺りに気配は感じないけど、あいつは気配を消すことにかけては一流だからなあ……ああやだやだ」

 そう言いながら慎重に背負っていた袋を下ろす。中に大事なものが入っている、というよりもできるだけ音を立てないように配慮しているようだ。
 ゆっくりと中から荷物を取り出す。

「ドノヴァのクソ野郎、まどろっこしいことしないで、直接やっちまえばいいのに」

 慎重に慎重に袋から取り出す。音を立てないようにではなく、中でひっかかってしまっているようだ。それをイライラしながら外していく。

「ああ、でも誰がやったかわからないところでやっちまうと、目立っちまうんだっけか。ああ、めんどくせえなあ」

 至って普通、どこにでもいそうな男なのに、その発する言葉や気迫は剣呑そのものである。

「もし遭遇しても、こいつで細切れにしないで逃げろとか、まどろっこしい注文をしてくれるよ、団長はさ」

 ようやく袋から取り出せた物。それは、この異世界にあるのはおかしい物だった。
 男はそれを構え、樹にあてがう。
 そして周りを一度見回して、ため息を吐いてから、何かを決意したかのように、持っていた物のひもを思いっきり引っ張った。
 すると、けたたましい音が鳴り響く。

 ギュイイイイイイッ!

 連なっている刃が悲鳴のような音を上げながら回っていく。

 男はもう一度周りを見回した。動く影すらない。

「どうやら本当にいないみたいだなあ。こいつの音を聞いたら驚いて出てくると思ったのに……」

 男は再び樹に向かい合う。その間も男の持っている物は悲鳴を上げていた。

「そいじゃあ、ぶった伐りますかい」

 そう言って男は持っていた物、チェーンソーを振りかぶり、勢い良く樹にぶつけた。

 この異世界にはあるはずのないチェーンソーはその性能を遺憾無く発揮し、刃に狂気を乗せて聖樹に襲い掛かる。

 しかし。

「ああぁ?」

 チェーンソーは樹にぶつかっただけでそこから動かなかった。
 男は一度チェーンソーを止め、ぶつけかったところを見てみる。樹には引っ掻き傷程度の切れ目があるだけだった。

 男はもう一度チェーンソーを動かし、力を込めて樹にあてがう。
 しかしやはりそれ以上進まず、樹を伐るどころかダメージを与えることもできなかった。

「ちぃっ……やっぱり聖樹ってのは伊達じゃないってことか」

 これも伝説の類いだが、前に聖樹の辺りで戦争が起きて一面焼け野原になったのだが、聖樹だけは傷一つ付いておらず、悠然とそびえ立っていたという。

「団長が見つけてきたこいつも、聖樹の前じゃあ役立たずってことか。残念だなあ」

 男はポリポリと頭をかいた。

「こいつはガガノスのやつか、団長が直接来てくれないと話になんねえな」

 樹の前で呆然としている男の後姿に忍び寄る影があった。
 大型犬くらいの大きさのサーベルブラックジャガー、優弥が倒したサーベルブラックジャガーの仔だった。

 サーベルブラックジャガーは足音も立てず、唸り声も上げずに男の背後に迫る。一息で飛び掛かれる距離までやって来たら、足に力を込める。
 男はまだ気付いた様子はない。

 サーベルブラックジャガーは力の限り跳躍した。

「畜生……本当にめんどくせえ」

 男は再びチェーンソーを動かし、振り向いた。
 サーベルブラックジャガーは驚いたが、自分が飛び掛かる方が早いと考えたのか、そのまま牙を突き上げる。

 しかし、男は信じられないくらい素早い身のこなしでチェーンソーを振り回し、迫り来るサーベルブラックジャガーを一刀両断した。

「ああ、すっきりした。でもこれ、どうやって団長に報告しよう」

 周りには分断されたサーベルブラックジャガーと血塗れのチェーンソー。
 そんな惨状には似合わない、どこにでもいそうな男が呟く。

「これだったらサーベルブラックジャガーもぶった斬ればよかったじゃねえか」

 その男の顔も、サーベルブラックジャガーの仔の血で塗れていた。
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