これで異世界なんて、どうかしてるっ!

ひむべーれ

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聖女の力

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 それはとてもゆったりとした歌だった。
 静かで、柔らかくて、優しくて。
 
 周囲の変化はすぐに訪れた。
 円香の隣、護衛として立っている兵士がふらついた。
 それを見て優弥は自分の考えが正しいと確信した。
 円香の歌、その能力、そしてその狙いも。

 円香が「逃げないでよね」と言ったのはこういうことだったのか。優弥の考え通りなら声が聞こえないところまで逃げ出さないとまずそうだが「もちろん」と答えた手前、逃げ出すわけにもいかない。
 優弥は隣にいるデルバー副隊長にこっそりと声を掛ける。

「デルバー副隊長、お願いしたいことがあるんですが……」

 ヤスティス国王が横目で優弥を見てくるが、何を話しているのかは聞こえないらしい。

 ひそひそと話が進む。

「……本当にそんなことが?」

「はい、おそらく」

 デルバー副隊長は訝しむが、優弥が少しも引かないので半信半疑ながらもデルバー副隊長が折れる形となった。

「わかった。魔法を掛けておこう」

 そう言って、ぶつぶつとつぶやきはじめるデルバー副隊長。

 その間も、変化は起こり続けていた。

 ふらついていた兵士は足元が覚束ないように大きくふらつき、そしてふいに倒れた。
 兵士は鎧を着込んでいたので結構大きな音が響く。
 しかし、それを気にする者は多くなかった。
 ベンチに座っている者のほとんどがその兵士と同じように、眠いっているからである。

「これは……」

 その光景を見て驚いているヴェルディス隊長。デルバー副隊長も、優弥の言った通りの状況になり、思わず息を飲んだ。

「いったい、なにが……」

 そう言うヤスティス国王も立っているのがやっとのようで、ふらふらとしている。それも仕方がない。デルバー副隊長には三人だけに魔法を掛けてもらったのだから。

 優弥はこの曲を知っていた。
 アイドルグループ・アイリッシュのファンのクラスメイトがいて、そいつの家に遊びに行った時によくライブのDVDを観せられた。
 その映像の中でこの曲をセンターで歌っていたのが円香だった。クラスメイトはセンターの香澄ちゃんが好きだといつも言っているから、この曲を歌っている子がその香澄ちゃんなんだと思ってしまった。それぐらい、この曲が印象的だったのだ。
 よくあるアイドルソングのような華やかさや派手さがなく、ゆったりと静かで優しいメロディー。歌い手の歌唱力が高くなければ成立しないような曲。

 曲名は『忘れられない子守唄』。

 その歌の前で起きていられたのは、デルバー副隊長に眠り耐性強化の魔法を掛けてもらった優弥達三人だった。

「眠り状態にする魔法をいくつか知っていはいるが、ここまで広範囲に、かつこんなに迅速に効果を及ぼす魔法なんて規格外だぞっ……!」

 驚きというよりも、もはや恐怖を感じているかのような目で円香を睨み付けるデルバー副隊長。自身も『溶炎の投石ラーヴァスタイン』を使える程の魔法使いだが、その魔法使いをもってしてでも規格外と言わしめる円香の力に優弥は畏怖の念を抱いていた。

「これで落ち着いて話ができるわね」

 円香はゆっくりと優弥達の方へとやって来る。敵意なんて微塵も感じない。
 しかし、今しがた彼女の魔法の凄まじさを目の当たりしたヴェルディス隊長とデルバー副隊長は自然と臨戦体勢を取ってしまう。優弥はごくりと喉を鳴らすだけで、なんとか踏み止まる。

 そんなヴェルディス隊長のデルバー副隊長に目もくれず、彼女はまっすぐと優弥の前までやって来た。

「あなた、名前は?」

「ユウヤ・オリ……いや、折窪 優弥って言った方がわかりやすいかな?」

「そう」

 それだけ答えると円香は俯いた。
 そしてしばらくそのままでいる。

 どうしたのだろうかと思い、優弥が顔を覗き込もうとした瞬間だった。

「うわあああああん!」

 円香は泣きながら優弥に抱きついてきた。
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