これで異世界なんて、どうかしてるっ!

ひむべーれ

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一人の女の子

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 突然のことに驚くが、優弥はしっかりと円香を抱き止めている。

「なななな、何を、どうしてっ……!」

 何故だか優弥以上に動揺しているヴェルディス隊長。
 しかし依然として泣き続けている円香に対してこれ以上何も言えないと思ったのか、押し黙ってしまう。

 優弥には円香の気持ちがわかった。

 突然こんな異世界に呼び出され、言葉も通じず、ずっと一人でいたのだ。それなのに聖女として祭り上げられて、周囲に人が集まってくる。

 ずっと怖かったはずだ。ずっと寂しかったはずだ。
 何を言われているのかもわからず、何を求められているのかもわからず。
 それなのに円香は歌い続けてきた。
 聖女として皆を癒し続けてきた。

 それがどんな素晴らしいことだっただろうか。
 優弥には想像もできない。
 どんな戦いだったのかも。

 円香だって一人の女の子なのだ。
 優弥に出会い、言葉を交わした時、彼女は何を思っただろうか。

 それが優弥にはわかった。
 だってきっと、優弥も同じ気持ちだっただろうから。

       ※       ※

 どのくらいそうしていただろうか。
 円香の泣き声が段々と小さくなっていく。
 その間も、優弥は強く円香のことを抱き締めていた。

 しばらくして、円香の泣き声が聞こえなくなった。鼻をぐすぐす鳴らすのも止まった。
 しかし円香は優弥から離れない。
 その状況に何故だかヴェルディス隊長がイライラし始めた。

「聖女殿、もうそろそろよいのではないですか?」

 いつになく言葉が刺々しい。一体どうしたのだろうか。そもそも言葉が通じないのだから、何を言ってもわからないのではないだろうか。

 優弥の心配を他所に、円香はまだ優弥に抱きついたままだった。
 と思ったら、不意に突き飛ばされる。だがその腕には力がこもっておらず、反動で円香が自分から離れていく形となった。

 久々に見た円香の顔は真っ赤だった。

「勘違いしないでよねっ! あれは別に、なんでもないんだからっ!」

 優弥から顔を背け、どちらかと言うと寝転がっているヤスティス国王に言っているようにも見える。

 そんな姿を見て、優弥は苦笑していた。

 おそらく、恥ずかしかったのだ。聖女として皆の前に立っている時は凛とした立ち姿だった女性が、緊張の糸が切れてしまったら一人の女の子として泣きじゃくる。そんな姿を見られたことがとても恥ずかしかったのだろう。
 彼女は元の世界ではトップアイドルグループの一員。常日頃からアイドルモード、つまり聖女モードだった。緊張の糸が途切れることはない。
 急に異世界ヴァルデールにやって来て、言葉も通じない中でもアイドルモード、聖女モードを貫いてきた。
 そんな中で不意に現れた優弥のせいで途切れて、あんなに泣き崩れてしまった。

 それが女の子にとって、ずっと張り詰めていた女性にとって、どんなに恥ずかしいことか。
 いつも幼馴染みに愚鈍と罵られている優弥にでも想像に難くなかった。

 だからだろうか、優弥は円香が第一印象とはとてもかけ離れて見えた。
 長い黒髪、整った顔立ち、凛とした立ち姿。二十歳くらいの芯の強そうな女性だと思ったのだが、存外子供らしい部分も持ち合わせている。案外自分よりも年下という可能性もありえるのではないかと考えられる程に。
 そしてそれと同時に、とても愛くるしい女の子だなとも思った。

 優弥は円香のアイドルグループが人気なのは重々承知しているが、円香個人の人気がどれ程なのかは知らない。
 しかしきっと人気があるんだろうし、その人気の理由がわかった気がする。
 そう思える程だった。

 何故だかヴェルディス隊長の機嫌がますます悪くなってる気がするが、とりあえず今は放っておこう。

「えっと、立花さん」

「円香で良いわよ、名字でなんて学校の先生ですら呼ばなくなったんだから」

 優弥はその問いに苦笑で返す。女の子を下の名前で呼ぶなんて、幼馴染み以外でしたことがない。

「ユウヤ殿、私のことも気軽にヴェルでよろしいですかね」

(いや、なんでそんなところで張り合うんだ?)

 話が進まないから、とヴェルディス隊長を制し、再び円香に向き直る。

「じゃあ、円香さん」

 そう呼ばれて円香は少しムッと顔をしかめたが、とりあえず反論はなかった。

「僕の隣にいる二人は、今いる国ドルバレーンの東隣の国、マクルストの王国軍第三部隊のヴェルディス隊長とデルバー副隊長」

 ヴェルディスは軽く頭を下げたが、デルバー副隊長は小さく鼻を鳴らしただけだったので、ヴェルディス隊長に怒られる。

「ドルバレーン、マクルスト……聞いたことない国だけど……」

 先程まで真っ赤だった顔色がどんどん青ざめていく。
 おそらく本人も考えていたことだろうが、優弥はその現実を突き付けなければならない。

 そういう意味では、彼女にとって優弥はどう見えるのだろうか。

「ここは、僕達のいた世界じゃない。僕達は異世界にやって来たんだ」
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