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第6章 泡沫
第19話
しおりを挟む彼にとっての一番は、新撰組で。
ただの小娘が、あまつさえこの時代の人間でもないのに、そんなの、敵うはず、ないのに。
くらくらと、真っ暗な闇でさえが瞼の裏で、回る。
今死んじゃうなら、関係ないのかも。
歳三のことが、好きなんだって、思っていたとしても。
そう、ふと思って、ただ、目を瞑ってすべてを遮った。
馬鹿みたいな、自分の想いを捨てるために。
自分の呼吸音しか、聴覚が捉えない。
死、という大きな闇に、囚われそうになった刹那。
ザシュッ、という何かが吹き上がる音と共に。
「う、ぐ………っ!」
ほんの10センチも離れていないだろう場所から、苦痛に満ちた声が上がる。
瞬間、解放された気管。
ぐらりと腰が抜けたのと同時に、ひゅっと新鮮な空気が肺に送られて、げほげほと咳き込んだ。
急に五感が働き始めて。
ひゅうひゅうと、喉が鳴る。
左腕の傷が、痛い。
けれど、それは生きている証拠で。
地面にへたり込み、掴まれていた喉を押さえながら、やっとの思いで目を開けば、その先に見えたのは。
「………ほんとに、俺がいないとすぐ危険な目にあってるね? 璃桜」
「………っ、そう、ちゃん…」
真っ赤な深紅に血濡れて笑う、貴方。
勿論、その血は。
「……おき、た……」
私の命を奪おうとしていた、殿内さんのもので。
「何ですか?」
背後から、斬りかかられたせいで、真っ赤な背のまま立つ気力もない殿内さんを、深紅に染まった彼はにっこりと見る。
未だくらくらする頭で、目の前の出来事を見つめた。
何が起きているのか、全く理解できなかったから。
そんな私のことなど、微塵も気にせずゆらりと笑ったそうちゃんは。
「殿内さん、すみません。予定では、もう少し生かしておくつもりだったんですけど………」
そう、言葉を落としきる前に。
「…………っ!」
殿内さんの心臓を、目にもとまらぬ速さで。
……………一突きした。
刹那、音をたててふり注ぐ深紅の雨。
ぱたぱたと、地面に、目を見開いたままの私に、そして、此方を見てほほ笑んでいるそうちゃんに、降りかかって。
そんなことなど日常茶飯事だとでもいうように、意にも介さず、しゃがんで私と目線を合わせる血濡れた彼。
「璃桜、大丈夫? よかった、間に合って」
「……………ど、して」
笑って、いるの?
人の、一つの、命をその手で。
その手で、奪ったというのに。
「あーあ、璃桜も汚れちゃったね?」
笑いながら、彼が言う。
私の開いた胸元を、真っ赤な手で合わせてくれる。
けれど。
その彼の瞳は、恐ろしいほど、冷たかった。
まるで、その柔らかな琥珀色が。
鋭くとがった冷気を放っているかのように。
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