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第2章 大坂出張
第9話
しおりを挟む「ああ、この後、涼をとるために船に乗らないか、ってさ」
「誰が?」
納涼船、ってこと?
確かに、夕暮れになると大坂の淀川には、現代でいう納涼船のような船が出る。
けれど、この大坂でのお金はすべて、隊費で賄われているものであって。
そんな無駄なお金を使える状況でもない。
ならば、誰が?
そう思って尋ねるのと同時に、脳裏にふっと浮かんだのはあの濁った瞳。
そして、新八さんの口から溜息と共に出てきた名は。
「……芹沢さんだよ」
やっぱり、彼の名だった。
何を隠そう、これからご飯を食べに向かう先も、芹沢さんの意向で花街である。
何かあった時のために、と近藤さんと井上さんを宿に置いたまま、見回りに出て、その帰りにまんまと花街や涼み船で楽しもうという魂胆だろうか。
「………嫌だ」
そんな状況で楽しむことなんて、出来るわけない。
その思いでポツリ零れた言葉に、はぁと聞こえる溜息。
「こら、総司。嫌だっつっても意味ねぇぞ。こんなとこまで来ちまったんだからよ」
左之さんにこそこそとそう言われて改めて前を見れば。
「……いつのまに…」
もうそこは船着き場だった。
「前も来たじゃねぇかよ。忘れちまったのか? 総司」
「いやぁー、そう言えばそうでしたー、あははー」
前っていつの事よ。
私はまだ此処にいなかったんだってば。
「おい、総司。今日おめぇ変だぞ」
そんな事を思ってぶーっと不貞腐れていれば、新八さんに妙に思われたみたいで。
「風邪で頭がぼーっとしててー」
慌てて、適当な理由を付けてへらりと笑って目を逸らす。
そうだよ、皆は私の事そうちゃんだと思っているわけだし、しかも私が未来から来たなんて、まさか思いもしないだろう。
電車が通って、車でごった返して、飛行機が飛んで、地球上なら何処にだって行けて。
そして、逢いたい人と直ぐに連絡が取れて、声がきけて。
それが、平成。
そんな時代はつゆほども知らない周りの皆と自分との間に、そして“逢いたい人”のフレーズで浮かんだあの人との間に、また越えられない壁を感じて。
ほんの、胸を掠める程度に。
ちくりと、心の奥が痛んだ。
そして、数分後。
「うわぁ……」
何だかんだ言っても、初めて乗る涼み船は、もちろん楽しかった。
さっきまでのもやもやが一気に吹き飛んでしまうくらい、水の流れや周りの景色が綺麗で。
「おい、初めて乗ったわけでもあるめぇし、そんな身を乗り出すもんじゃねぇよ」
あきれ顔の新八さんに、諭されるように言葉を落とされた。
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