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5巻

5-2

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 俺がニールに指摘してやる。
 ノア様は一回うなずくと口を開いた。

「うむ。貴族クラスは風紀を整えて一からきたえ直す。一般クラスについては、クリストのしごきもまだまだ甘いのでな。儂直々に見てやることを考えておる。それから、お主らが二年になった頃合いを見て寮制度の復活も検討中だ」
「ノア様。その必要はないのではないでしょうか? 一般クラスは十分にハードタイプですよ? これ以上のしごきは……」
「ふふ。他の生徒に関してはよいじゃろうが、クリストの奴が小僧の相手は疲れたと言っておったのでな」
「うぷ……」

 ニヤリと笑ったノア様に対して、俺は何も言えなくなってしまった。

「それで、私達が今日ここに呼ばれた理由を教えてもらえませんか?」

 ニールの問いかけにノア様がゆっくりと答える。

「そうじゃった。そうじゃった。ここからが本題じゃて……お主らは騎士交戦というものを知っておるな」

 騎士交戦? 聞いたことないなぁ。何か、騎士のお祭りみたいなものだろうか?
 ノア様の問い掛けに俺は首を傾げる。
 だがニールは、そんな俺の反応をスルーして即答した。

「もちろんです」
「うむ。そうじゃな」

 ニールの毅然きぜんとした返事を受けてノア様は至極当然といった顔で頷く。何故か二人の間で会話を完結させてしまっていた。

「ちょっと待ってください。騎士交戦とは、なんですか?」
「……」
「……」

 俺の問いかけに二人は驚いた表情を浮かべた。

「君、本気で言っているんだよね? 君、本当に騎士学校で授業を受けてるんだよね?」
「あ……あぁ、一応な」

 ニールはずいっと俺に顔を近づける。その顔圧に俺は思わずたじろいだ。

「本当に知らないのか……騎士交戦とは、クリムゾン、ルーカス、ポワセル、シャンゼリゼによる四カ国サミットの期間中に各国の騎士学校の代表者がお互いの実力を競い合うというものだ」
「あ……あぁ……そういえば聞いたことがあるような……ないような?」
「掲示板に書いてあるのを見たことないか?」
「……あぁ。そんなことあったかも。思い出した……確か、二年連続でクリムゾン王国が四カ国中最下位なんだっけ?」

 俺がそう言った瞬間、ノア様の瞳に殺気が帯びる。

「……あぁ、そうだ。君は良くないことばかりは、きちんと覚えてるんだな」
「あの、ノア様? ものすごい殺気が出てますけど……? 何かお気にさわることでも?」

 俺とニールはノア様の殺気に当てられて、ビクッとなってしまった。

「ふぉふぉ……。儂のいる国が二年連続で最下位……。主賓席しゅひんせきで戦いのさまを見ていた儂は、怒りをしずめるのに苦労したわい。その上、国王からたまわった苦言の数々……」
「あぁ……なるほど」

 ノア様……今、殺気を抑えきれていないです。普通の人なら倒れているレベルですよ。その全身から立ち昇る負のオーラみたいなやつ、危ないから仕舞っておいてほしいのだけど。

「それでじゃな。このままでは儂も国王も腹の虫が治まらぬでな。汚名返上おめいへんじょうのために、お主ら二人を儂の独断で騎士交戦の代表者に選定した」
「「はっ?」」
「しかし、他の者にもチャンスを与える必要がある。したがって今後、お前達に対しての私闘を許可した。実力行使で一度でもお前達のどちらかを倒せたら、代表者を選定し直すように言ってある」
「「……」」
「ふぉふぉ。今日から闇打ちには気をつけるんじゃな。絶対に負けるでないぞ」

 ノア様は凄みながら言った。完全に脅しである。
 それから俺とニールはすぐに解放されて教室に戻るのだった。


 ◆


 ノア様に騎士交戦の代表者に選定された話を聞いて三日。
 俺は今、騎士学校にある修練場で【プランク】の実技授業を受けていた。

「うぐぅ……」
「ぐぁ~イテェ」
「ダメだ。勝てねー」

 授業開始早々、俺に勝負を挑んできたクラスメートの何人かをあっさりと返り討ちにする。彼らは床をいずる芋虫のように呻き声を上げることになった。
 心底迷惑な話だが、代表者に選ばれて以降、こうしたやからが後を絶たない。

「ほんと、可愛げのないガキだよ。お前は」

 クリストが木刀を片手に近寄って来る。

「何を言っているんだ。こんなにも幼気いたいけな少年を、大人達が寄ってたかってイジメて……恥ずかしくはないのか?」

 俺は露骨ろこつにうんざりした表情でクリストに苦情を申し立てた。

「うるせえよ。さっさと始めるぞ。やられた奴らは脇に寄って休んでいろ」

 問答無用と言わんばかりの態度でクリストが俺に木刀を突き付ける。
 いつものパターンか……俺は半ば諦めつつ、木刀を目の前の相手に向けた。
 お互いに構える中、特に合図もなく試合が始まる。
 先手を打って攻撃を仕掛けてきたのはクリストだった。俺を打ち負かそうと、あらゆる角度から鋭い剣術を放ってくる。その容赦のない一撃を受け流しながら俺は、まったく大人げないよなあ……と、胸の内で毒づいた。

「は!」

 クリストは上段から、長いリーチを生かした斬撃を繰り出してきた。自信をみなぎらせて大口を叩くだけもあり、その剣の腕は技にみがきをかけたベテラン剣士の妙技みょうぎそのものだ。その上、攻防パターンも豊富で驚かされる。
 ただし――。

「よっと」

 現在では俺の身体能力が高くなりすぎてしまい、そんなクリストの剣すらも軽々と避けられるようになっていた。
 俺に回避されてバランスを崩したクリスト。そのわずかな隙を見逃さない。すかさず反撃に出た俺の木刀が、クリストの首筋に突き付けられる。

「おしまいだね」
「く……」

 納得のいかない顔でクリストが睨んでくる。
 おお……怖い怖い。
 それにしてもクリストさんよ。あなた仮にも教師という立場なんだから、そんなマジな殺気は自分の生徒に向けちゃいけないと思うんですけど?
 騎士学校の教師の面目めんぼくを潰しちまって、悪いっちゃあ悪いんですが、これもなんていうか、正当防衛? ってやつなんで勘弁してもらえると……。
 とはいえ、この構図はやっぱあんましよろしくないか。
 どうしたもんかな……俺が後始末に困っていると、どこからともなく声が掛けられた。

「そこまでじゃな」

 聞き覚えのあるその声の持ち主はノア様だった。
 クリストとの戦いで気づかなかったが、いつの間にか修練場に現れたノア様が、飄々ひょうひょうとしたすずしげな表情で、何故か木刀を片手に持って立っていた。

「ノア様……」
「……何でこんなところに?」

 クリストと俺は互いに木刀を引いて姿勢をただし、ノア様のほうに向く。ノア様は俺の質問を黙殺もくさつし、クリストをねぎらう。

「クリストよ。なかなかの剣技だった。鍛錬たんれんの成果が窺えたぞ」

 ノア様はクリストの肩に手を置く。

「あ、ありがとうございます」
「うむ、お主もさらに精進しょうじんするのじゃぞ。此奴こいつは儂が直々に懲らしめてやろう。少し下がっておるのじゃ」

 一方的にノア様が宣言すると、そのたかのような目を俺に向ける。
 それは天下無双てんかむそうの武人だけが備えた視線だった。真正面から放たれた恐るべき殺気に、俺の背筋をかつてない緊張感が走り抜ける。
 その場をクリストが離れると、ノア様の威圧感がさらに増す。
 ちょっとコレ、本気で怖いんですけど……俺、逃げてもいいすかね?

「小僧よ。そんな無手勝流むてかつりゅうでは、いつまで経っても剣術の熟練度は上がらないぞ?」
「いや……真剣にはやっているつもりなんですがね」

 俺は頬をぽりぽりきながらノア様に反論する。
 しかし、どうにも歯切れが悪い。ノア様の指摘もある意味ではまとているからだ。確かに、俺の剣術の熟練度は【剣術(中)レベル10】から伸び悩んでいた。剣術の中クラスのレベル10と剣術の大クラスのレベル1では、天と地ほどのへだたりがある。
 まぁ……俺は自分の才能の限界と諦めたいのだけど、どうやらノア様は許してくれないらしい。

「無意識に加減することを身体が覚えてしまったのかも知れぬな」
「では、どうすれば?」
「ほっほ。まったく面倒な奴じゃの」
「……あの、ノア様。面倒って、表情には見えないんですけど。どちらかと言えば、ウキウキしてません? ……俺の気のせいですよね?」
「いやいや、本当に面倒じゃぞ。この儂が自ら剣術の極意ごくいとは何たるかを叩き込んでやらねばいかんとはな!」

 ノア様はそう言うや否や、その場から一瞬で姿を消した……かに見えた。
 いや、そうではない。ノア様の必殺の一撃が、目にも止まらぬ速さで俺の脳天のうてんを目掛けて振り下ろされていたのだ。
 俺は危うく瞬殺しゅんさつこそ免れたものの、勝負は実に一方的な形で幕を閉じた。


「イテテ……あの爺様じいさまは、手加減ってのを知らないのかね」

 俺は頭に出来たたんこぶを撫でながら愚痴ぐちこぼす。
 相手が俺だからこそ、たんこぶくらいの怪我で済んでいるが、常人なら頭蓋骨ずがいこつ陥没かんぼつしていてもおかしくはない。
 まったく、とんでもない爺様だよ。
 そんなことを考えながら、俺は修練場の床の上をなんとはなしにコロコロと転がっていた。

「……」

 ……べ、別に、負けて悔しいというわけではないぞ?
 ただ、ちょっと今は、気分的に転がっていたいだけなのだ。

「……っ!」

 だが天井を仰ぐ俺の脳裏には、ノア様の姿が焼き付いて離れない。
 コテンパンに負けて悔しいだなんて、本当に俺は、これっぽっちも思ってなんか……。

「……くそ!」

 俺は胸の内側から湧き上がる思いを強引に打ち消し、知らず知らずの間にくだらない言い訳じみた考えで自分を誤魔化そうとしていた。
 俺の口から今自然と漏れ出てしまった「くそ……」という言葉は、悔しいからじゃない。
 ……そう、ちょっとトイレに行きたくなっただけなんだ。
 みじめな現実から目をそむけるかのように、俺は床の上で無闇矢鱈むやみやたらと何度も寝返りを打つ。

「【プランク】以外の魔法が使えてたら、勝負は分からなかった」

 事実、本当にそうなのだ。
 これは負け惜しみや負け犬の遠吠とおぼえじゃない。
 つまり、なんていうか、その……そう、客観的事実ってやつだよ!
 王国随一ずいいち剣豪けんごうであるノア様が相手であっても、俺は時空間魔法とか氷魔法なんてすごい魔法が使えちゃうし。授業内の制約さえなければ、十分に対抗できていたはずなんだ。
 にもかかわらず、この胸の内側からじわじわと溢れてくる感情は何だろう……。

「はぁ……むなしい」

 その表現が的確かどうかは分からなかった。でも、言葉にするとそんなふうな感覚。俺は自分の得意分野においては、誰にも引けを取らない絶対の自信がある。けれども、剣術ではノア様の足元にも及ばないのか……。
 上手く説明のつかない虚しさに苛まれながら、俺は溜め息を吐き独りごちた。
 そこへ突然、大勢の人間の足音が聞こえてきて、俄かに修練場が騒がしくなる。

「あ……アイツです! ラント先輩」

 どこかで耳にした声が聞こえてきた。俺が起き上がって視線を向けると、なんと総勢三十人くらいの騎士学校の生徒が集まっているではないか。

「なんだ? 何か用?」

 俺は嫌な予感に首を傾げつつ、ぞろぞろとこちらへ歩いて来る連中に問い掛ける。
 すると、包帯で全身をぐるぐる巻いた変な奴が非難がましい言葉を発した。

「わ、忘れたとは言わせないぞ! ……あ、あれ……? さっきまでは平気だったのに、なんだか急に……お腹が痛くなってきた」
「あー、昨日の学校帰りに、五人で俺を囲んで決闘を申し込んできた……ナルナル君だっけ? アレ? それともサバサバ君だっけ? いや……チャット君だっけ? えっと……何だったかな。ここまで出ているのに」
「ルフ・ナラディアだ! 一文字も合ってないじゃないか! う……くそ! すみません、ラント先輩、コイツ締めてください……俺、先輩……ちょっと、トイレに」

 まるでミイラ男みたいなルフは、腹を押さえて内股のまま修練場を出て行く。
 あぁ……そう言えば、ルフには俺に近づくとお腹が痛くなる【呪】を仕掛けていたんだ。
 ルフがいなくなった修羅場は妙な空気が流れていた。すると、ラント先輩と呼ばれていたスキンヘッドの奴が声を張り上げる。

「おい! 本当にトイレに行くのかよ……!!」
「あの、何の用ですか?」

 今度は俺がラントに尋ねる番だ。
 その質問を待ってましたとばかりに、ラントは不敵な笑みを浮かべる。

「俺の可愛い後輩が世話になったようだなぁ……?」
「あぁ……まったく本当だよ。いい加減にしてくれないか? 俺も暇じゃないんだから。可愛い後輩なら、ちゃんと世話しておけよ」

 俺は溜め息混じりにラントへ文句を返す。
 ラントはスキンヘッドに血管を浮き上がらせて敵意を剥き出しにした。

「そういうことを言ってんじゃねーよ! 話が噛み合わねーな! もういい! やっちまうぞ! 構えろ!」

 ラントは周りの連中に目配せした。彼らはその命令を受けて俺とラントを囲うような態勢を作る。
 その行動を見て、俺は顎に手を当てて感心する。

「ほー、なんだ、一対一でやり合うつもりか?」
「たりめーだろ。このラント様が年下相手に徒党を組むなんてそんな汚ねぇマネ出来るわけねーだろ! コイツらは、お前が逃げないようにするためのもんだ!」
「そうか……。つい最近さ、無意識のうちに俺が力を加減してるって指摘されたばかりでね。ちょっと、試しに本気を出してみようと思うから、気を引き締めてくれよ」

 俺の中で、何やらふつふつと怒りに似た熱い感情が湧いてきた。……どいつもこいつも俺の平穏な生活の邪魔ばかりしやがって。まあ、ある意味、丁度いい八つ当たりの相手かもしれないな。
 俺は先ほどまで使っていた木刀を拾い上げて構えた。
 いつの間にか、さっきまで心に沈殿していた虚無感が消えている。
 ……とっとと片をつけてしまおう。
 奇声を上げて襲い掛かってくるラントに、俺は木刀を振り上げる。


 ――およそ数分後、修練場には三十人のむさ苦しい男達のしかばねの山が築かれることとなった。



 第二話 春休みは幻想のようなものだった。


 今日は騎士学校も妖精の国での修業も休み。
 というか、春休みに入っていた。騎士学校の休みは日曜日以外では年に二回、春と秋に長期休暇がある。春休みは半月ほど、秋休みはおよそ一カ月間だ。
 騎士学校の生徒達は大抵この時期に里帰りする。だが俺の場合は帰省に片道一週間くらいの時間が掛かるため、実家に顔を出すのは秋休みだけにしていた。
 そんなわけで春休みの間は、王都の別宅で惰眠だみんむさぼろうという素晴らしい計画を立てていた。

「ふぁあぁぁぁ……お布団最高」

 最近、新調した毛布の感触が心地好すぎて、なかなかベッドから起き上がれない。
 まぁ……いずれにしても今日は休みなので、布団から出る気はさらさらないのだけど。
 ローラにも昨日のうちから「午前中は、ずっと部屋で休んでいるから」と言ってある。彼女は呆れながらも、渋々了承してくれた。
 さて、もうひと眠りするかな……。
 そんなことを考えていると俺の部屋のドアがノックされた。
 トントントン。

「……」

 俺は無視することを決め込み、布団にくるまる。

「失礼します。あー、やっぱり寝てる」

 この声は……リムか。

「なんだ、何か用か? 俺は二度寝を楽しんでいる真っ最中だというのに」

 俺は布団に潜り込んだまま、メイドのリムに問いかけた。

「ふふん」
「なんだ。その自慢げな声は」

 俺は布団から顔だけを出して、リムに視線を向ける。

「少しだけどのことが分かってきたみたいなんだよ」
「は?」
「だから、少しなら『プシーカの籠手こて』を使いこなせるようになったって言ったの!」
「嘘か冗談のどちらだ?」

 俺はリムの言ったことが理解できなくて聞き返す。ちなみに、プシーカの籠手は『聖具』と言われる七つの武器の一つである。

「違うから、本当にちょっと使えてるんだから」
「マジ? 嘘って言ってもいいよ? 別に怒んないから」
「マジだよ。あの籠手には、プシーカ・サン・シーという精霊が入っていて、放たれた魔法を吸収できる力があるんだよね」
「……」
「まだ魔法の吸収は下級魔法が限界みたいだけどね」

 俺は無言のまま布団の中に顔を突っ込み、芋虫のように丸くなる。
 ――嘘だ。
 俺よりもリムのほうが後に聖具の修業を始めたのに……。
 この俺にすらまったく使いこなせていないというのに……。

「嘘だぁ~」
「ほんとだよー」

 リムとこんなやり取りをしていると、またもや部屋の扉がノックされた。
 トントントン。

「んー?」
「失礼します。ユーリ様。お客様です」

 俺が再び布団から顔を出して返事をする。するとローラがお辞儀をして部屋に入って来た。

「……俺は今日忙しいから、また日を改めてくださいと伝えてくれる?」
「そうだよね。ユーリは今日、私の買い物に付き合ってくれるんだもんねー?」
「……いや、リムよ。俺はそんな約束をした覚えはないのだけど」
「もちろん、今から約束すればかまわないよね?」
「リムよ。今日忙しいから、また日を改めてくれ」
「忙しい!? 私には惰眠を貪っているだけに見えるけど?」

 俺とリムはふざけた軽口かるくちを叩く。
 すると、ローラがピシッとした口調でいさめてきた。

「ユーリ様、リムさん、真面目に聞いてください」
「うわ……リムのせいでローラが激おこだよ」
「む……ユーリだって」

 俺とリムが顔を見合わせて、互いに「あーだこーだ」しゃべっていたら、ローラの顔が冗談抜きに怖いものになっていく。

「二人とも」
「「……は、はい」」

 ローラに怒られて、俺は仕方なくそのお客様に会いに行くのだった。


 ◆


「げ、お客様って……アンタかよ」
「もぉ~アンタとはいけずねぇ。ユーリちゃんは」

 俺が応接室に入っていくと、ルンデルがソファに座って待っていた。彼(?)は、王都の冒険者ギルドを統括しているギルドマスターだが、その口調からも分かるように所謂オネエ系だった。正直なところ、屈強な体躯たいくの男が体をくねくねさせている光景は、俺の精神衛生上よろしくない。

「それで用件は何なんだ? 俺は凄く忙しい身なんだよ?」

 俺はルンデルの対面のソファに腰を下ろし、溜め息混じりに問いかける。するとルンデルは、ゴツい腕で自分の肩を抱きながら、やれやれといった様子で答えた。

「うふん。せっかく貴方あなたが欲しがっていたブラックベルの情報を集めてきてあげたっていうのに」
「そうか、よくやってくれた」

 俺は憂鬱ゆううつな表情を仕舞い込み、ルンデルをめ称えた。軽い笑みを浮かべる俺の顔を見て、ルンデルは呆れた声を出す。

「んもー。現金な子だこと」
「それで情報は?」
「分かったわ、せっかちね。私が調べた限りでは――」

 ルンデルは数枚の資料を鞄から取り出した。俺はテーブルの上に並べられたそのうちの何枚かを手に取り、素早く目を通していく。
 ブラックベルとは、ルーシー神を唯一絶対の神として信仰している組織らしい。本部の場所は謎に包まれているものの、一説によればシャンゼリゼ王国にあるのではないかと噂されていた。
 その中で現在判明している主要メンバーは――。
『毒鬼』の二つ名を持つゼオル。長身で頬に傷があり、毒の扱いに長けているという。
 次は『黒嵐』のデュフィ。黒豹の獣人だけにしなやかな筋肉を備え、鋭い爪で相手の首を素早く掻っ切る技を得意としているそうだ。
 最後は『石塊』のグロット。二メートルを超える大男で土魔法を操る。その巨体から繰り出される攻撃は、周囲に地震を巻き起こしたという逸話いつわがある。

「これだけか?」

 俺は首を傾げつつ、ルンデルに尋ねた。
 この程度の情報ならば、すでに俺自身でも入手済である。

「うふん、有力な情報はここからよ」
「なんだ、その気色の悪い目は……今すぐやめろ」
「もーほんとつれないわね」
「それなら、早くしようぜ」
「まずは貴方が口にしていたケルンという奴。これまでこいつの情報はほとんど出てこなかったんだけど、今回の調査で獣人の国を襲った犯人が、そのケルンだというのが分かったのよ。しかもその時に、獣人の国で国宝指定されていた魔導具の『ケイリのぎょく』を盗んだのだとか。……その道具を用いれば、対象者を永遠の夢に閉じ込められるらしいわね」

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