毒視姫(どくみひめ)の憂鬱

翠晶 瓈李

文字の大きさ
6 / 31

招かれざる客〈5〉

しおりを挟む
 ♢♢♢♢♢


 ラスバートは客間ではなく別室でリシュを待っていた。



 使用人に訊くまでもなく、リシュはラスバートの場所がすぐに判った。



 なぜならそこは、彼がこの館の中で一番好きな場所だからだ。



 そこはリサナが生前よく使っていた部屋だった。




「来るなら少しは片付けたのに」



 窓辺に立つラスバートの後ろ姿に、リシュは声をかけた。




 そしてテーブルの上に積まれた書物を、空いている机の上へ移動させた。




「いいよ、そのままで。椅子があればいい。俺の感想じゃ、昔よりは綺麗になって片付いてる方だと思うよ」




 ラスバートは部屋をぐるりと見渡しながら、椅子に腰掛けて苦笑した。




 もともとここは書斎部屋だったのだが、リサナは研究室と呼んで使っていた。



 狭いからと言って壁を壊し、使っていない隣室と繋ぎ部屋になるようにと改装したので、かなり広い部屋になっている……のだが。



 書物はもちろん、リサナが遺した研究サンプルと称される様々なものが、籠や小瓶などに収められ、至る所に置かれ、積まれて並んでいる。



 館の高い位置にあるこの部屋には大きな出窓も備わっているのだが、室内は物で溢れ薄暗く、おまけに部屋に漂う匂いは薬草の茶葉を燻したような香りに似ていて、お世辞にも良い香りとは言えない。



 リシュは慣れてしまったが、館の使用人達は気味悪がって近寄らない。



 リシュも昔、この部屋に初めて入ったとき「ほんとの魔女のお部屋みたい……」と呟いたほどだ。



「今は君がこの部屋を管理しているのか?」



「ええ、そうよ」



「リサナの研究を継いだのか。毒の研究を……?」



 リシュは首を振った。



「研究を継ぐとか、今の私はまだそんな段階じゃない。今はまだ母様が書き記した書物や遺された資料を読んで勉強中よ」



「リサナもそうだったが、君が今以上に毒の知識を必要とする理由が俺には判らない」



「必要とするのではなくて、追求したいのよ」



 調べて研究して。


「毒」というものの真実を。



 たぶん、母はそうだったのだ。



 自分たちが一体何者なのか。


 答を得たかったのかもしれない。


 普通の人間とは違う自分達が存在する意味などを……。


 疎ましいと、薄気味悪いと周りから嫌われる魔性の真実を。



 けれどリシュはこの力を今まで疎ましいと思ったことは一度もなかった。



 リサナがそんな考えを許さない人だったのだ。



 たとえ周りにどんなことを言われても間違った行いをしなければ、その力は人に誇れるものだと、リサナはよく言っていた。



 母は常に前を向いて堂々と生きる、強くて美しい人だった。


───大好きだった母のように、私も堂々と生きたい。


 たとえこの力が、魔性のものでも。



「人間の探究心に終わりはないって母様はいつも言ってたわ。それは無限だって……」



 リサナにも毒について知らないことはたくさんあったのだ。


 調べたり、研究しなければ。



 たとえその身が毒を視て感じる異質な体質であっても……。




「調べてみないと解らないこともあるって、母様はよく言ってたわ。……たとえばそうね。おじ様が今、服の下に隠し持っている毒のことだって、どんな種類のものかまでは、私でも言い当てることは難しいのよ」



 その香りを感じたのは、客間でラスバートと挨拶を交わしたときだった。



 どんなに微量な毒でも、リシュは気付く。



 毒のある場所や毒を持つ者からも、必ず発せられる香りがあった。



 どんなに多種多様な毒でも匂いは同じ。


 ただ一つだけの『毒の香』だ。



 母リサナと娘リシュだけが感じることのできる甘い香りだった。




 ラスバートはやれやれ、というように上着の胸裏ポケットから小指ほどのガラス瓶と、折りたたまれた白い紙を取り出した。



 小瓶の中には、白い粉が入っている。




「匂っていたか……」




「ええ、微かにね。でも触れてはいないのね」



 毒に触れた者には、その指に黒紫の色が付く。



 リサナとリシュにだけ視える色。
 

 それが毒を視る瞳の力。



 皮肉にもそれは、母と自分の瞳と同じ色だった。



「触れられないほど強い毒?」



「いや、触れても平気だが、飲むと劇薬だ」




「その紙は?」



「これは毒と一緒に出回ってる怪文書。この毒とセットで、二週間ほど前から、王侯貴族の屋敷に送り付けられててね。宮廷中大騒ぎだ」




 リシュが渡された紙を開くと、黒い文字が目に入り、毒の香りが鼻に触れた。





 ~~宴の夜

           輝夜かぐやの姫、豊穣の贄となり

        マーシュリカの花と共に

          永久の眠りにつくであろう~~




「輝夜の姫って……確かオリアル様?」



 前王ルクトワの第五妃の娘。

 リシュより一つ年下の姫だ。



「覚えているかい? 君とはあまり面識はなかったはずだが」



「親しくはなかったわね。彼女の母上様は私たち親子を毛嫌いしていて、オリアル様を近付けようとしなかったもの。でもオリアル様が、月光のように美しい髪で、王宮では輝夜の姫と呼ばれていたのは知ってる」




 この文面から予測すると、オリアル姫は何やら物騒なことに巻き込まれそうだ。



「ちょっと貸して」



 リシュは毒粉の入った小瓶のコルクを抜き、中の粉末を舐めた。



「おいっ⁉」



 ラスバートが慌てて声をあげ、蒼白になった顔で呻くように呟いた。



「……まったく。君の身体に毒が効かないっての知ってはいてもね、目の前でそういうことされると肝が冷えるよ」




 母と娘に備わった毒の効かない身体。


 そして毒薬を舌に乗せるだけで解ってしまうことがある。



 その種類、配合、効能。



 そして解毒には何がどのくらい必要か。



 舐める量によっては正確に測れないときもあるが、およその検討はつく。



 あとは自分で作るなり、調べるなり、自らの舌で確認していけばいい。


(……この毒、消せるわ)


 リシュは紙とペンを用意すると何やら書き記し始めた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...