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招かれざる客〈5〉
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♢♢♢♢♢
ラスバートは客間ではなく別室でリシュを待っていた。
使用人に訊くまでもなく、リシュはラスバートの場所がすぐに判った。
なぜならそこは、彼がこの館の中で一番好きな場所だからだ。
そこはリサナが生前よく使っていた部屋だった。
「来るなら少しは片付けたのに」
窓辺に立つラスバートの後ろ姿に、リシュは声をかけた。
そしてテーブルの上に積まれた書物を、空いている机の上へ移動させた。
「いいよ、そのままで。椅子があればいい。俺の感想じゃ、昔よりは綺麗になって片付いてる方だと思うよ」
ラスバートは部屋をぐるりと見渡しながら、椅子に腰掛けて苦笑した。
もともとここは書斎部屋だったのだが、リサナは研究室と呼んで使っていた。
狭いからと言って壁を壊し、使っていない隣室と繋ぎ部屋になるようにと改装したので、かなり広い部屋になっている……のだが。
書物はもちろん、リサナが遺した研究サンプルと称される様々なものが、籠や小瓶などに収められ、至る所に置かれ、積まれて並んでいる。
館の高い位置にあるこの部屋には大きな出窓も備わっているのだが、室内は物で溢れ薄暗く、おまけに部屋に漂う匂いは薬草の茶葉を燻したような香りに似ていて、お世辞にも良い香りとは言えない。
リシュは慣れてしまったが、館の使用人達は気味悪がって近寄らない。
リシュも昔、この部屋に初めて入ったとき「ほんとの魔女のお部屋みたい……」と呟いたほどだ。
「今は君がこの部屋を管理しているのか?」
「ええ、そうよ」
「リサナの研究を継いだのか。毒の研究を……?」
リシュは首を振った。
「研究を継ぐとか、今の私はまだそんな段階じゃない。今はまだ母様が書き記した書物や遺された資料を読んで勉強中よ」
「リサナもそうだったが、君が今以上に毒の知識を必要とする理由が俺には判らない」
「必要とするのではなくて、追求したいのよ」
調べて研究して。
「毒」というものの真実を。
たぶん、母はそうだったのだ。
自分たちが一体何者なのか。
答を得たかったのかもしれない。
普通の人間とは違う自分達が存在する意味などを……。
疎ましいと、薄気味悪いと周りから嫌われる魔性の真実を。
けれどリシュはこの力を今まで疎ましいと思ったことは一度もなかった。
リサナがそんな考えを許さない人だったのだ。
たとえ周りにどんなことを言われても間違った行いをしなければ、その力は人に誇れるものだと、リサナはよく言っていた。
母は常に前を向いて堂々と生きる、強くて美しい人だった。
───大好きだった母のように、私も堂々と生きたい。
たとえこの力が、魔性のものでも。
「人間の探究心に終わりはないって母様はいつも言ってたわ。それは無限だって……」
リサナにも毒について知らないことはたくさんあったのだ。
調べたり、研究しなければ。
たとえその身が毒を視て感じる異質な体質であっても……。
「調べてみないと解らないこともあるって、母様はよく言ってたわ。……たとえばそうね。おじ様が今、服の下に隠し持っている毒のことだって、どんな種類のものかまでは、私でも言い当てることは難しいのよ」
その香りを感じたのは、客間でラスバートと挨拶を交わしたときだった。
どんなに微量な毒でも、リシュは気付く。
毒のある場所や毒を持つ者からも、必ず発せられる香りがあった。
どんなに多種多様な毒でも匂いは同じ。
ただ一つだけの『毒の香』だ。
母リサナと娘リシュだけが感じることのできる甘い香りだった。
ラスバートはやれやれ、というように上着の胸裏ポケットから小指ほどのガラス瓶と、折りたたまれた白い紙を取り出した。
小瓶の中には、白い粉が入っている。
「匂っていたか……」
「ええ、微かにね。でも触れてはいないのね」
毒に触れた者には、その指に黒紫の色が付く。
リサナとリシュにだけ視える色。
それが毒を視る瞳の力。
皮肉にもそれは、母と自分の瞳と同じ色だった。
「触れられないほど強い毒?」
「いや、触れても平気だが、飲むと劇薬だ」
「その紙は?」
「これは毒と一緒に出回ってる怪文書。この毒とセットで、二週間ほど前から、王侯貴族の屋敷に送り付けられててね。宮廷中大騒ぎだ」
リシュが渡された紙を開くと、黒い文字が目に入り、毒の香りが鼻に触れた。
~~宴の夜
輝夜の姫、豊穣の贄となり
マーシュリカの花と共に
永久の眠りにつくであろう~~
「輝夜の姫って……確かオリアル様?」
前王ルクトワの第五妃の娘。
リシュより一つ年下の姫だ。
「覚えているかい? 君とはあまり面識はなかったはずだが」
「親しくはなかったわね。彼女の母上様は私たち親子を毛嫌いしていて、オリアル様を近付けようとしなかったもの。でもオリアル様が、月光のように美しい髪で、王宮では輝夜の姫と呼ばれていたのは知ってる」
この文面から予測すると、オリアル姫は何やら物騒なことに巻き込まれそうだ。
「ちょっと貸して」
リシュは毒粉の入った小瓶のコルクを抜き、中の粉末を舐めた。
「おいっ⁉」
ラスバートが慌てて声をあげ、蒼白になった顔で呻くように呟いた。
「……まったく。君の身体に毒が効かないっての知ってはいてもね、目の前でそういうことされると肝が冷えるよ」
母と娘に備わった毒の効かない身体。
そして毒薬を舌に乗せるだけで解ってしまうことがある。
その種類、配合、効能。
そして解毒には何がどのくらい必要か。
舐める量によっては正確に測れないときもあるが、およその検討はつく。
あとは自分で作るなり、調べるなり、自らの舌で確認していけばいい。
(……この毒、消せるわ)
リシュは紙とペンを用意すると何やら書き記し始めた。
ラスバートは客間ではなく別室でリシュを待っていた。
使用人に訊くまでもなく、リシュはラスバートの場所がすぐに判った。
なぜならそこは、彼がこの館の中で一番好きな場所だからだ。
そこはリサナが生前よく使っていた部屋だった。
「来るなら少しは片付けたのに」
窓辺に立つラスバートの後ろ姿に、リシュは声をかけた。
そしてテーブルの上に積まれた書物を、空いている机の上へ移動させた。
「いいよ、そのままで。椅子があればいい。俺の感想じゃ、昔よりは綺麗になって片付いてる方だと思うよ」
ラスバートは部屋をぐるりと見渡しながら、椅子に腰掛けて苦笑した。
もともとここは書斎部屋だったのだが、リサナは研究室と呼んで使っていた。
狭いからと言って壁を壊し、使っていない隣室と繋ぎ部屋になるようにと改装したので、かなり広い部屋になっている……のだが。
書物はもちろん、リサナが遺した研究サンプルと称される様々なものが、籠や小瓶などに収められ、至る所に置かれ、積まれて並んでいる。
館の高い位置にあるこの部屋には大きな出窓も備わっているのだが、室内は物で溢れ薄暗く、おまけに部屋に漂う匂いは薬草の茶葉を燻したような香りに似ていて、お世辞にも良い香りとは言えない。
リシュは慣れてしまったが、館の使用人達は気味悪がって近寄らない。
リシュも昔、この部屋に初めて入ったとき「ほんとの魔女のお部屋みたい……」と呟いたほどだ。
「今は君がこの部屋を管理しているのか?」
「ええ、そうよ」
「リサナの研究を継いだのか。毒の研究を……?」
リシュは首を振った。
「研究を継ぐとか、今の私はまだそんな段階じゃない。今はまだ母様が書き記した書物や遺された資料を読んで勉強中よ」
「リサナもそうだったが、君が今以上に毒の知識を必要とする理由が俺には判らない」
「必要とするのではなくて、追求したいのよ」
調べて研究して。
「毒」というものの真実を。
たぶん、母はそうだったのだ。
自分たちが一体何者なのか。
答を得たかったのかもしれない。
普通の人間とは違う自分達が存在する意味などを……。
疎ましいと、薄気味悪いと周りから嫌われる魔性の真実を。
けれどリシュはこの力を今まで疎ましいと思ったことは一度もなかった。
リサナがそんな考えを許さない人だったのだ。
たとえ周りにどんなことを言われても間違った行いをしなければ、その力は人に誇れるものだと、リサナはよく言っていた。
母は常に前を向いて堂々と生きる、強くて美しい人だった。
───大好きだった母のように、私も堂々と生きたい。
たとえこの力が、魔性のものでも。
「人間の探究心に終わりはないって母様はいつも言ってたわ。それは無限だって……」
リサナにも毒について知らないことはたくさんあったのだ。
調べたり、研究しなければ。
たとえその身が毒を視て感じる異質な体質であっても……。
「調べてみないと解らないこともあるって、母様はよく言ってたわ。……たとえばそうね。おじ様が今、服の下に隠し持っている毒のことだって、どんな種類のものかまでは、私でも言い当てることは難しいのよ」
その香りを感じたのは、客間でラスバートと挨拶を交わしたときだった。
どんなに微量な毒でも、リシュは気付く。
毒のある場所や毒を持つ者からも、必ず発せられる香りがあった。
どんなに多種多様な毒でも匂いは同じ。
ただ一つだけの『毒の香』だ。
母リサナと娘リシュだけが感じることのできる甘い香りだった。
ラスバートはやれやれ、というように上着の胸裏ポケットから小指ほどのガラス瓶と、折りたたまれた白い紙を取り出した。
小瓶の中には、白い粉が入っている。
「匂っていたか……」
「ええ、微かにね。でも触れてはいないのね」
毒に触れた者には、その指に黒紫の色が付く。
リサナとリシュにだけ視える色。
それが毒を視る瞳の力。
皮肉にもそれは、母と自分の瞳と同じ色だった。
「触れられないほど強い毒?」
「いや、触れても平気だが、飲むと劇薬だ」
「その紙は?」
「これは毒と一緒に出回ってる怪文書。この毒とセットで、二週間ほど前から、王侯貴族の屋敷に送り付けられててね。宮廷中大騒ぎだ」
リシュが渡された紙を開くと、黒い文字が目に入り、毒の香りが鼻に触れた。
~~宴の夜
輝夜の姫、豊穣の贄となり
マーシュリカの花と共に
永久の眠りにつくであろう~~
「輝夜の姫って……確かオリアル様?」
前王ルクトワの第五妃の娘。
リシュより一つ年下の姫だ。
「覚えているかい? 君とはあまり面識はなかったはずだが」
「親しくはなかったわね。彼女の母上様は私たち親子を毛嫌いしていて、オリアル様を近付けようとしなかったもの。でもオリアル様が、月光のように美しい髪で、王宮では輝夜の姫と呼ばれていたのは知ってる」
この文面から予測すると、オリアル姫は何やら物騒なことに巻き込まれそうだ。
「ちょっと貸して」
リシュは毒粉の入った小瓶のコルクを抜き、中の粉末を舐めた。
「おいっ⁉」
ラスバートが慌てて声をあげ、蒼白になった顔で呻くように呟いた。
「……まったく。君の身体に毒が効かないっての知ってはいてもね、目の前でそういうことされると肝が冷えるよ」
母と娘に備わった毒の効かない身体。
そして毒薬を舌に乗せるだけで解ってしまうことがある。
その種類、配合、効能。
そして解毒には何がどのくらい必要か。
舐める量によっては正確に測れないときもあるが、およその検討はつく。
あとは自分で作るなり、調べるなり、自らの舌で確認していけばいい。
(……この毒、消せるわ)
リシュは紙とペンを用意すると何やら書き記し始めた。
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