5 / 31
招かれざる客〈4〉
しおりを挟む
ラスバートに甘えてはいけない。弱くなるから。
彼は居心地の良い場所を与えるのが上手な人だから……と。
───でも、それじゃダメなのよね……。
リサナは苦笑してこう言っていた。
甘えてばかりだと自分の足で立てなくなってしまうもの。
前を見て歩き続けたいのなら、ラスにはあまり心を許してはいけないわ、と。
『あ、でもリシュは少し特別かな。もう一人のお父さんだと思って甘えてもいいのよ。ただし、リシュに特別な人が───恋人が現れるまでね。』
(特別な人……?)
そんな人はまだ現れていない。
恋人が欲しいと思ったことも。
ここで暮らしていく限り現れる予定も、この先もないような気がする。
とはいえ、ラスバートにこれからも甘え続けるわけにもいかないとも思う。
親離れは二年前、リサナが亡くなったときに済ませた。
───おじ様のことは嫌いではないけれど。
彼は母と私が嫌っている王家の人間なのだ。
「おじ様、そろそろ詳しく聞かせてほしいわ。私を王宮へ誘う、本当の理由を」
なんとなく、予想はつくけれど。
毒視姫。
ラスバートはリシュをそう呼んだ。
かつて王宮で暮らしていたときに呼ばれていた名前を。
リシュの問いかけにラスバートの瞳が暗く揺れた。
「部屋で話すよ。ここじゃ話せないんでね。……ご馳走様。君はゆっくり食べてからおいで。先に行ってる……」
ラスバートは立ち上がり、食堂を出て行った。
♢♢♢
もしも私が、普通のリシュアルド・ラシュエンだったら、どうだったろう。
ひとりになった食堂で、リシュは残った朝食をゆっくり食べながら考える。
もしもルクトワの実子で、普通の姫だったら。
異能など持たずに暮らす普通の娘だったら?
普通の、人間だったら……。
リシュと母親のリサナは普通ではなかった。
普通の人間には無い体質を持っていた。
母と娘には毒を視ることのできる瞳と感じることのできる嗅覚、そして身体にはどんな毒も効かない耐性力があった。
これは限られた者だけが知る秘密だ。
リサナは毒に関する知識も豊富な女性だった。
王都で名高い医師も宮廷の薬学師も、毒に関してはリサナの知識を上回る博識者はいなかった。
しかしそれが毒であったために母は気味悪がられ、怖れられてもいた。
けれどそれは王家に必要な力だった。
前王は秘密を知り、母を娶ったのだ。
そして同じ体質を継いでいる娘も一緒に王宮に住まわせた。
実子でもないリシュに王家の名まで与えて……。
普通ではない妃と姫は王宮で囁かれていた。
まるでサリュウスの花の化身のようだ、と。
猛毒の魔花。
伝説の花……幻の花。
猛毒を恐れた人々の手によって、遥か昔にその花は絶えたと言われているが……。
この国のどこかに、まだその花はあるという言い伝えも残っていた。
どこかでひっそりと咲き続けているという。
眠りながら……。
花は待ち続けているという。
いつか誰かが摘むときを。
いつか誰かが目覚めさせるときを。
【サリュウスの魔女】
これがリサナの呼び名。
【毒視姫】
これがリシュの呼び名。
母と娘にとって王宮とは、常にその身が嫌悪と悪意の中にさらされていた場所だった。
彼は居心地の良い場所を与えるのが上手な人だから……と。
───でも、それじゃダメなのよね……。
リサナは苦笑してこう言っていた。
甘えてばかりだと自分の足で立てなくなってしまうもの。
前を見て歩き続けたいのなら、ラスにはあまり心を許してはいけないわ、と。
『あ、でもリシュは少し特別かな。もう一人のお父さんだと思って甘えてもいいのよ。ただし、リシュに特別な人が───恋人が現れるまでね。』
(特別な人……?)
そんな人はまだ現れていない。
恋人が欲しいと思ったことも。
ここで暮らしていく限り現れる予定も、この先もないような気がする。
とはいえ、ラスバートにこれからも甘え続けるわけにもいかないとも思う。
親離れは二年前、リサナが亡くなったときに済ませた。
───おじ様のことは嫌いではないけれど。
彼は母と私が嫌っている王家の人間なのだ。
「おじ様、そろそろ詳しく聞かせてほしいわ。私を王宮へ誘う、本当の理由を」
なんとなく、予想はつくけれど。
毒視姫。
ラスバートはリシュをそう呼んだ。
かつて王宮で暮らしていたときに呼ばれていた名前を。
リシュの問いかけにラスバートの瞳が暗く揺れた。
「部屋で話すよ。ここじゃ話せないんでね。……ご馳走様。君はゆっくり食べてからおいで。先に行ってる……」
ラスバートは立ち上がり、食堂を出て行った。
♢♢♢
もしも私が、普通のリシュアルド・ラシュエンだったら、どうだったろう。
ひとりになった食堂で、リシュは残った朝食をゆっくり食べながら考える。
もしもルクトワの実子で、普通の姫だったら。
異能など持たずに暮らす普通の娘だったら?
普通の、人間だったら……。
リシュと母親のリサナは普通ではなかった。
普通の人間には無い体質を持っていた。
母と娘には毒を視ることのできる瞳と感じることのできる嗅覚、そして身体にはどんな毒も効かない耐性力があった。
これは限られた者だけが知る秘密だ。
リサナは毒に関する知識も豊富な女性だった。
王都で名高い医師も宮廷の薬学師も、毒に関してはリサナの知識を上回る博識者はいなかった。
しかしそれが毒であったために母は気味悪がられ、怖れられてもいた。
けれどそれは王家に必要な力だった。
前王は秘密を知り、母を娶ったのだ。
そして同じ体質を継いでいる娘も一緒に王宮に住まわせた。
実子でもないリシュに王家の名まで与えて……。
普通ではない妃と姫は王宮で囁かれていた。
まるでサリュウスの花の化身のようだ、と。
猛毒の魔花。
伝説の花……幻の花。
猛毒を恐れた人々の手によって、遥か昔にその花は絶えたと言われているが……。
この国のどこかに、まだその花はあるという言い伝えも残っていた。
どこかでひっそりと咲き続けているという。
眠りながら……。
花は待ち続けているという。
いつか誰かが摘むときを。
いつか誰かが目覚めさせるときを。
【サリュウスの魔女】
これがリサナの呼び名。
【毒視姫】
これがリシュの呼び名。
母と娘にとって王宮とは、常にその身が嫌悪と悪意の中にさらされていた場所だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる