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魔性の王〈1〉
しおりを挟む「お疲れ様でした、リシュ姫さま」
ダンスの練習を終え部屋に戻り、ぐったりと椅子に腰を下ろしたリシュにリィムは微笑んだ。
「昼食はこちらへお運びしますから、待っていてくださいね」
「あの人に……ルルアさんにもう一度謝っておきたかったわ。何度も足を踏んでしまったから」
リィムは首を振り、そして言った。
「そのようなこと、お気になさらずとも。足を踏んでしまったのは最初だけで、姫さまはすぐに感覚を取り戻していましたし、ルルア様も褒めていましたもの。姫さまにあまり教えることはないって。私も見ていてそう思いました。リシュ姫さまはきっとダンスがお好きなんだって」
「嫌いじゃないけど……。母が、どちらかと言えば好きだったみたい」
踊っていて思った。
ルルア、という講師を務めてくれた女性の背丈は、母であるリサナと同じくらいの長身で、生前よくダンスの相手をさせられたリシュにとってはリサナの雰囲気と重なって、とても踊りやすかったのだ。
「ルルアさんが上手くリードしてくれたから、昔の感覚を取り戻せただけよ。でもルルアさんってなんだか不思議な人だね」
その容姿は女性として羨ましいくらい魅惑的なのに、物腰はどこか男性的だった。
「ですよねっ。ルルア様は以前からスウシェ様の側近を務めていらして。宮廷でも御婦人方にとても人気がおありなんです」
「リィムも好きなのね、ルルアさんが」
ふふ、と笑って訊いたリシュに、リィムの頬が紅く染まった。
「いえっ、あのッ。憧れているだけで……私は……。あ、あの、姫様。午後の予定はいかが致しますか? 何かご希望があれば伺うようにと」
希望ね……。
「昼寝がしたいわ、リィム」
「お昼寝、ですか?」
「ええ。私、眠るの大好きだから。少し疲れてもいるしね」
「かしこまりました。では今から昼食を用意しますので、もう少し待っていてくださいませ」
一人になった部屋で、リシュは想う。
あの金色の鍵のことが気になるけれど。
何も考えず眠らなければ。
眠っておかなければ。
今夜、私は彼の前に立つ。
母様が魔性の血を与えたために、その容姿さえも変わってしまった彼の前に。
そしてたぶん、容姿だけではなく、力も……。
魔性の力も備わったであろう彼の前に、
恐れず、真っ直ぐ……立っていられるように。
彼が、どんなつもりでここへ来るのか……。
何を話すつもりなのかは、わからないけれど。
逃げたりはしない。
リシュはそう思った。
♢♢♢♢♢
「なんだ、ユカ。あまり食べてないな」
首斬りと斬った首を正門に掲げる作業にことのほか時間がかかり、遅めの昼食に同席させていたユカルスにロキルトが訊いた。
「陛下は……あのような作業の後で、よくそんなに食べられますね。まぁ、食欲旺盛なのは良い事ですが。私はもうこれ以上は食べられそうにありませんので」
「育ち盛りなもんでね。でもおまえ、最近ホント、浮かない顔してるよな。……そんなにあの娘を俺の傍に置くのが嫌なのか?」
「陛下の御趣味に私が口出しするつもりはありませんよ。ただ……私はあなたのお身体が少し心配です」
「身体?」
「もう長いこと、しっかり眠っていないのでは?」
「なぜそんなこと、ユカに判る?」
白に近いくらい薄い水色の眼を可笑しいというように細めて、ロキルトは訊いた。
「真夜中でも部屋に明かりが灯っているのを何度も見ましたから。眠れないのかと……」
青年の銀縁眼鏡の奥に見える薄茶色の瞳が、気遣うような眼差しでロキルトに向けられた。
「眠れないんじゃない。眠らなくてもいい身体なんだろ、きっと。眠りたい、と思ったこともないしな」
「でも陛下……」
ユカルスは、遠慮がちに言葉を続けた。
「最近、疲れているのでは……」
「疲れてる? 俺が?」
ふはは。 と、笑いながら食事を口に運ぶ少年王に、ユカルスは言う。
「ときどきぼんやりされているじゃありませんか。以前は無かった仮眠や昼寝も……最近は多いですし」
これでも自分は彼が幼少の頃から付き従っている身なのだ。
ほんの僅かな変化でも、腑に落ちない引っかかりを感じ取るときがある。
大概、そんなときは良くないことの前兆だったりするのだ。
「ユカが俺のことを想って毎日観察してくれんのは有難いが……」
ロキルトはどこか楽しそうに笑いながら言った。
「ぼんやりしてしまうのは、あの花を想うときだし。俺が心地良く眠れるときがあったのは……今はもういないあの魔女と……リサナと戯れていたときだったからな。だからとは、まだ言いたくないし、ユカにしか話したこともないが……。
俺がまたしっかりと眠れるようになるには、あの娘の力が必要かもってとこだな。……だがこれは秘密にしておけよ、ユカ」
こう言って、彼が向けてきた眼差しは、ひどく懐かしいもので。
ユカルスの遠い記憶を揺さぶった。
「そういや、リシュはまた寝てしまったらしいな」
リシュに関する午後の情報を思い出したのか、ロキルトは苦笑した。
「昼寝だそうだが。しかし、よく寝る女だな。リサナもそうだったが」
呆れたような言い方でも、その中にある感情は決して侮蔑や蔑みなどではなく……。
愛しさ……なのだろうか。
そう感じながらも、ユカルスは彼に問う。
「あの魔女の娘を傍に置くことが、陛下にとってどれほどの価値があるのですか?
あの日、サリュウスの魔女が、あなたに施した治療が、どんなものだったかは知りませんが。彼女をこちらへ戻すことは……あの日のように災いを呼び込んでしまうのではないかと……私は心配なのです」
「ユカルス。それ以上の発言は許さない。二度とアレを災いなどと呼ぶな」
「……わかりました。申し訳ありません」
「ユカ、おまえは俺に戻ってほしいのか? 昔の俺に。穢れを知らなかった……あの頃の俺に……」
遠い……
遠い。
昔に……。
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