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その4
しおりを挟むドアをそっと開けて、侍女達が配置に付く。
日は既に高く昇っているが、殿下の部屋の分厚いカーテンは閉じられており、部屋はまだ薄暗い。
数人の侍女が、カーテンを開けた。
眩しい光が部屋へ差し込み一気に明るくなる。
そこで、徐にロレッタ様が殿下のベッドへ近づいた。
私はロレッタ様に頷かれたので、私も近づけという意味だと思い、ロレッタ様のすぐ後ろへ立つ。
「ミシェル殿下、そろそろ起床の時間でございます。お起きになって下さい」
とロレッタ様が少し大きめな声を殿下に掛けると…
「〇@%#※☆▼*♂」
ん?獣?獣の鳴き声?
どこからか、地を這うような低い獣の唸り声が聞こえたかと思うと、私の目の前に居たロレッタ様がさっとしゃがんだ。
…と思ったら、私の目の前に何かが物凄いスピードで近づいてきた。
もちろん、私に避ける余裕などなく、その何かは私の顔にクリーンヒットした。
…痛い…
そうして直ぐにロレッタ様が叫ぶ。
「ボーッとしてないで!また次が来るわよ!」
私はその声にハッとすると、また何かが飛んで来ていた。
今回はギリギリ何とか躱す。
落ちたその何かを認識する事が出来た。枕だ。
その後も、何個も何個も枕が飛んで来た。
何個枕を置いてるんだろう。私がそんな疑問を感じていると、
「さぁ、ミシェル殿下。もう投げるものはございませんよ?そろそろ起きて下さいませ」
とロレッタ様がミシェル殿下のベッドへ一歩近づく。
「うるさい!!!眠いったら眠いのよ!このブス!どっかいきなさいよ!」
今回の言葉はちゃんと言葉として認識出来た。
でも…ロレッタ様は美人ですよ?なんて、今は関係ない事を思い、目の前の惨状から気を逸らそうとしてみる……まさかこの口が悪く不機嫌な女性がミシェル殿下?
私の記憶にあるミシェル殿下は花の妖精のようであった。
薄い金髪の巻き毛がフワフワと腰の辺りまで伸びており、瞳は薄い水色。砂糖菓子のような甘さの漂う可愛らしい容姿であった筈だ。
私の目の前の不機嫌に顔を歪ませた破落戸のような目付きの女性ではない筈だ。
髪の色と瞳の色は確かにミシェル殿下と同じに見えるが…
「殿下。とうの昔に日は昇り、既に真上にまで来ております。
さすがにそろそろ起きませんと、午後からのお勉強に間に合いません」
ミシェル殿下は今、ベルガ王国について勉強中なのだそうだ。
かくいう私も昨日から勉強中だ。私は独学だが。
言葉についてはこの大陸の共通語を使える為大丈夫だが、やはり慣習や風土、作法等々覚える事は多岐にわたる。
私も勉強は好きな方だが、なんせ時間がない。
「勉強なんてしたくないわよ!私は嫁ぎたくないの!あんな野蛮な戦狂いのいる国になんて、絶対に行かないから!」
そう言ってミシェル殿下はまたベッドへ潜ってしまった。
ロレッタ様がため息をつく。周りの侍女もみな諦めが顔だ。
「…しかしミシェル殿下。これは陛下のお決めになった事。謂わば王命です。
殿下が例え嫌がっても、この婚礼は決定事項なのです。
今、お勉強をしておかなければ、後々お困りになるのは殿下でございます」
「嫌よ!お父様もお母様も私が嫌と言えば今までは許して下さったもの!
今回もきっと許して下さるわ!!」
ベッドの中からくぐもった声が聞こえる。
今まで皆がワガママを許してきたのだから、これはミシェル殿下だけが悪いのではない。
散々ワガママを許したのに、ここに来て梯子を外す周り大人も悪いのだ。
ミシェル殿下はまだ16歳。この国の成人の年齢とはいえ、まだ幼さが残っている。
しかし、このままでは埒が明かない。私はロレッタ様の横へいき、
「ミシェル殿下。私はシビル・モンターレと申します。
今回のミシェル殿下の輿入れに専属侍女としてベルガ王国への同行が許可されました。
これからは私シビルがミシェル殿下と共におります。
どうぞよろしくお願いいたします」
ベッドに潜っている殿下には見えないだろうが、私は頭を下げた。
そうすると殿下はそっと頭を出して私を見ると、
「あなたも可哀想ね。あんな国に行かされるなんて。御愁傷様」
そう言うとまた亀のように頭を引っ込めた。
その様子をみたロレッタ様は、
「…今日はもうダメね。諦めましょう。
この件は王妃陛下へ報告する事になってるの。シビル、着いてきて」
とロレッタ様はミシェル殿下のベッドに背を向け、寝室を出ていく。
私も急いでその後を追った。
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