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その89

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私の話しなのに、本人は置いてきぼりで話しが進んでいく。

既に話しが婚約式の話しに移っている。
私は、たった今覚悟を決めたばかりの、言わば生まれたての小鹿だ。
プルプルしながらも自分の脚で必死に立とうとしているのに、全速力で今すぐ走れと言われている気分だ。全然、心がついていかない。

そんな私に気づいたイヴァンカ様が、

「ちょっと待って。婚約式も、シビルの護衛も、結婚式もとりあえず待って。
シビルは、ミシェル殿下がランバンに輿入れするまでは、ミシェル殿下の侍女で居たいのよね?」
と私を見て確認してくれる。

私は必死に首を縦に振った。
何故かクリス様は不服そうだが、そう約束していた筈だ。私は侍女としての仕事を全うしたい。

イヴァンカ様はそれを受けて、

「ね。とりあえず、シビルには今はミシェル殿下のお世話に尽力してもらいましょう。
もう後1週間もすれば、アルティア王国の王太子殿下がいらっしゃるのよね?
せめてそれまでは、シビルはミシェル殿下の専属侍女でいさせてあげましょう。
ミシェル殿下も今、シビルと離されてしまえば、心細く思う筈よ。王太子殿下…それでよろしいですわね?」

イヴァンカ様の訊き方は有無を言わさないものだったので、クリス様も渋々頷いた。

イヴァンカ様は重ねて、

「それと…シビルが殿下の結婚を了承したからと言って、彼女の心が手に入った訳ではないのですよ?
彼女の心を動かしたいのであれば、殿下は今までと同じ態度では、無理かと思いますわ。
彼女の心が必要ないのであれば、それはそれでよろしいかもしれませんが、殿下のその自分本意の考え方を改めなければ、一生シビルの気持ちが殿下に向かう事はないとお覚悟なさいませ」
とクリス様を釘を刺した。
なかなか厳しい言葉ではあるが…その通りだ。

今、この状況で、クリス様を好きになれるかと言われれば、それは難しいとしか言えない。


 クリス様は、

「わかっている。……努力する」
と呟いた。

今までの事を思えば、私にやたらと絡んできたのも、食事の時の『あーん』も、私に好意があった上での言動であったのだろうと思い当たるが、その時は、まさか私が、一国の王太子殿下から好意を向けられているなど想像すらしていなかったのだから、ただ、困惑して恐怖を覚えただけだ。
そこから、私がクリス様を『好き!』とはなり難い。

クリス様が私に好意を持っているとわかった今なら、そういったクリス様の行動も、素直に受けとる事は出来るようになるだろう…多分。

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