死にたがりのうさぎ

初瀬 叶

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「どうする?このまま病院に向かう?」
前を向いてハンドルを握ったまま、ミミは私に問いかけた。

「いや……家に帰って。少し休めば良くなると思うから」
と私が言えば、

「わかった」
とミミは短く答える。

ミミは私を無理やり病院に連れて行く事はない。全て、私がしたいようにさせてくれている。

私はそれに、

「ありがとう」
と答えた。
出来る限り、ミミには『ごめんなさい』ではなく『ありがとう』を伝えたい。
『ありがとう』とミミに感謝を伝える回数は日に日に増えていく。
『ありがとう』と言われて気分を害する人は殆どいないと思うのだが、私がそれを口にする度に、ミミは悲しげな顔をした。

家に着くとミミは私を抱きかかえて車から降ろす。玄関で器用に私の靴を脱がせると、そのまま私の部屋へと連れて行ってくれた。

「直ぐに水を持ってくる」
ミミはそう言うと藥袋から薬を取り出す。飲む薬も随分と増えてしまった。病気を治す薬ではなくて、症状を抑える薬。……こんなにたくさん飲まなければ、普通に生活をしていく事も困難になるのだろうかと思うと、怖くなった。

私はこのままミミを縛り付けていても良いのだろうか。
私の介護をする為にミミは居るんじゃない。
私の当初の目的はミミに生きる意味を与える事だった筈だ。最期を看取って欲しいなんて、強引で自己中な、理由のわからないモノがミミの生きる理由になるなんて、あの時の私ってば、何を考えていたんだろう。

いつの間にか俯いていた私の目の前にペットボトルが差し出された。もちろんキャップは外してある。

「ありがとう」
そう言う私に、ミミはまた悲しげな顔をしながら、

「さっさと飲んで寝ろ」
と一言言った。

薬を飲んで横になる。目を閉じると瞼の裏に色んな幾何学模様が見えるのは何故なんだろう。

目を閉じても眠れない。私は今恐怖と戦っていた。
私が恐れているのは、自分の死ではない。……このままミミの時間を奪ってしまう事だ。私に残された時間がどれだけあるのかわからないが、若い時の数ヶ月が大切なモノである事は理解している。私だって若かった。嫌、本当はまだ若いのだ。だから分かる。時間の大切さが。

ここにきて、私は初めて迷っていた。


薬が効いてきたのか、目眩は治まってきた。
お風呂に入りたいな……と思うが体が思うように動かないし、今入ると確実に倒れる自信がある。
こうして出来ない事が一つずつ増えていくのかと思ったら、泣けてきた。
天井を見つめながら声を出さずに涙を流す。枕に涙がどんどんと吸い込まれていくが、拭う為のティッシュを取るのも億劫だ。

すると、私の視界が真っ白になった。
それがティッシュだと気づいたのは、

「泣くのも体力使うぞ」
と言うミミの声だった。

私はそのティッシュで涙を拭う。

「ミミ、鼻をかむには、ティッシュが足りないよ」

「ほら」
ミミが数枚のティッシュを追加で私に手渡してくれた。

ミミは私の涙の理由は聞かずに、泣き止むまで頭を撫でていた。
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